第三話:村娘のアンナが逃げてくる
俺は例の村を焼き討ちしたとかいう兵士たちがやって来たのかと怯えた。
しかし、聞こえてきたのは女の声。
「た、助けて……」
あわてて小屋の扉を開ける。
そこには、スカート姿で左目を手でおさえて服が血まみれの小柄な女が立っていた。
顔も傷だらけだ。
知り合いの村娘アンナだった。
「アンナじゃないか、どうしたんだよ」
「村に兵士が十人くらいやってきて、あたしのねえちゃん、それに父ちゃんも母ちゃんも殺しやがったんだ。あたしも片目をやられたよ。もう、あたしも死ぬ……」
そこまで言うと小屋に入ってぶっ倒れるアンナ。
気絶している。
「おい、しっかりしろ」
俺はベッドにアンナを寝かせてやる。エミールがただアンナが寝ているベッドの周りをおどおどしながらウロウロしているので怒鳴りつける。
「おい、水持ってこい。それから薬も」
「は、はい、と僕は思うんだ」
俺は布でアンナの血だらけの顔を水で拭いてやる。その後、薬草を煎じた薬を傷口に塗ってやった。
「……い、痛い」
アンナがうめく。
「今、薬を傷口に塗っているんだ。少し、しみるかもしれないが我慢してくれ」
ただ、アンナの顔をよく見るとそこら中切られてはいるが、顔面の傷は見た目ほど大したことはないようだ。それぞれの表面の傷は浅い。多分、治りそうだ。しかし、左目は全部くり抜かれている。こちらは完全に失明だな。
俺はアンナの顔に布を巻いてやった。
ガストンに聞かれた。
「かわいそうに。ひどい目にあったなあ、この娘。お前知り合いなのか」
「ああ、よく知ってる。プレミエール村に住んでいて、年は十七才だったかな」
アンナとは村に行くと必ず会った。なぜかと言うとこのアンナの姉、ジャンヌが美人だったからだ。肌が雪のように白い。輝くような綺麗でまっすぐな金髪で目鼻立ちも完璧。はっきり言って俺は惚れていた。告白はしてないが、木製でしゃれた彫刻がしてある髪飾りを贈り物としてあげたことがある。亡くなった母親が使っていた形見ではあるんだが、今は男である自分たちが持っていても仕方がないという理由であげた。彼女は最初、俺たち兄弟の母の形見ということで遠慮していたが、わざわざ持ってきた俺に悪いと思ったのか受け取ってくれた。彼女の「ありがとう。一生、大事にするわ」という言葉とその笑顔が忘れられない。
実はこの髪飾りの彫刻の模様が俺の狩猟用のナイフの柄の部分にあるものと一緒だった。同一人物の職人さんが作ったものだろうか。同じ模様のナイフと髪飾りを男女がそれぞれ持っていることで勝手に恋人同士になったという妄想をしていた。
しょうもない奴と自分でも思う。
それでなにかというとジャンヌのとこへ行ってたんだが、そうすると必然的に妹のアンナとも親しくなった。残念ながらアンナの方は姉とは全然違って、肌は浅黒く器量はよくなかった。髪の毛も茶色でボサボサ。ただ、やたら村を走り回ったり、木登りが得意でいきなり木の枝から「シャー!」と叫んで俺の目の前に飛び降りてきて驚かしたりと陽気な娘だった。
「今のシャー! ってなんだよ」
「山猫の真似したの」
「そうか、それにしてもずいぶんとかわいい山猫だねえ」
「え、かわいい、かわいいって。うれしい、ありがとう」
その時のアンナはニコニコと嬉しそうに笑っていたなあ。
俺は山猫ってあんまり見たことないけどな。しかし、今やアンナは家族を皆殺しにされ、自分は片目を失って、顔面傷だらけで虫の息。悲惨だ。
ジャンヌのことを思い出す。ああ、彼女はもうこの世にいないのか。なんか信じられないなあ。いくつだったっけ。俺より一つ下だから十八才か。まだ若いなあ。俺が行くといつも嬉しそうに微笑んでくれたのに。
俺がぼんやりとジャンヌのことを考えているとガストンが話しかけてきた。
「関係ないとは言え、やっぱり気になる。なんで村が襲撃されたんだろう」
「いや、俺にはなんのことやらわからないなあ」
俺はとぼけた。貴族が落馬して死んだのを目撃した件を話さなかった。ガストン同様、面倒事には巻き込まれたくない。
ガストンが首をひねっている。
「おかしいんだよな。フランソワ様が死んだ理由はよくわかってないらしい。頭部の傷が原因ってことだけだ。事故かもしれないし、殺されたとしても犯人は村の人とは限らないじゃないか。それでいきなりプレミエール村を焼き討ちするなんて変なんだ。これは多分、傭兵の仕業じゃないかな。傭兵って、ろくでもない連中ばかりなんだよ。みんな人間の屑みたいな奴ばかりだ。俺も少し関わっていたからわかる。多分、領主様が臨時に雇った兵士が勝手に暴走したんじゃないかな」
「そうか、まあ、俺にはさっぱり見当もつかないよ」
そんな事をガストンと話していたら、いつのまにかアンナがベッドから起き上がって俺をにらんでいる。
顔に巻いていた布をはぎとっていて、顔面傷だらけで片目がくり抜かれているのでもの凄い形相だ。
「お、おい、アンナ。もう起きて大丈夫なのかよ」
少し驚きながらも俺が声をかけた。
すると、
「うそつけ、この野郎!」とアンナが突然俺に襲いかかった。