第二話:村が焼き討ちに遭う
俺はエミールを引っ張って森の中を自分たちの小屋に向かって走る。
途中で雨が降って来た。どうやら土砂降りになりそうな気配だ。
本格的に雨が降る前にやっと小屋にたどり着いた。
食料が入った袋をテーブルに置いて少しほっとしていると、またエミールがブツブツと言い始めた。
「や、やっぱり、さっきの貴族の人、道にほったらかしはいけない、と僕は思うんだ」
「お前、どうする気だよ」
「ぼ、僕、ヴァロワ卿のとこへ行ってくるよ。あ、あの人、雨に打たれたままでかわいそうだ、と僕は思うんだ」
「やめとけ、息子が死んだなんてわかったら、お前その場で殺されるかもしれないぞ。俺まで巻き込まれちゃうだろ。それにかわいそうもなにも、もう死んじゃったんだからしょうがないだろ」
事の重大性をわかっていない弟をなんとか俺は引き留めた。
俺と弟のエミールはプレミエール村近くの森の中に木造の小屋に住んでいる。
俺は十九才。弟は十八才。俺の弟は体がデカい。しかし、うすのろで何をやっても失敗ばかりだ。いつも、ボーっとした顔をしている。そんな弟に腹が立ったのか親父に暴力を振るわれたりして、お袋がよくかばっていた。俺もエミールを親父の暴力から助けたことがある。
しかし、その両親もすでに病気で亡くなってこの世にはいない。
狩猟で生計を立てているのだが、弟が役に立ったことは一度もない。弓矢を教えても今まで一匹も獲物を仕留めたことはない。せいぜい、弟が出来るのは俺が仕留めた獲物を運ぶことだけだ。
獲物を運びながらエミールがぶつくさ言ってた時もあった。
「血だらけだよ、このウサギ。あ、兄貴、なんか、かわいそうなんだな、と僕は思うんだ」
「しょうがないだろ。俺たちも生きていかなきゃならないんだから」
かわいそうと言いながらも、その日はウサギの肉を料理してやると美味しそうに食べてやがった。弟は頭が呆けているな。
たった一人の親族なんで仕方なく世話をしている。他人だったら、とっくの昔に家から放り出しているところだ。
だいぶ風がひどくなってきた。こりゃ暴風雨だな。小屋全体が風で揺れる。
「あ、兄貴。小屋がつぶれるかもしれない、こ、怖い、と僕は思うんだ」
「そんなこと言ってないで、さっさと外に出て補強しろよ」
俺たちは外に出てそこら辺の木の棒を使って、小屋全体を補強した。
すっかりびしょ濡れになってしまった。
小屋に戻って服を着替える。
「あ、兄貴。ふ、服が脱げないよ」
雨のせいで服がエミールの体にぴったりと張り付いている。
「しょうがねえなあ、お前、太りすぎだよ」
仕方なく、俺はエミールの着替えを手伝ってやった。ダメな弟の面倒は疲れる。
さて、例の貴族が落馬で死んだ件だが、俺たちはしばらく様子を見ることにした。すぐに遠くへ逃げようとも思ったが急にいなくなったらかえって疑われるかもしれないと思ったからだ。
それに、別に俺たちがあの貴族を殺したわけでもないし、以前からなにかいざこざがあったわけでもない。単に村道ですれ違っただけだ。
で、その時、弟が屁をこいたりしなきゃなあ。そういや、腹の調子はどうなったんだ、こいつは。
「おい、エミール。お前、腹の具合はどうなんだ」
「あ、忘れてた。オナラしたら、す、すっかりよくなったよ」
エミールは腹の調子が治ったのか機嫌がよさそうだ。心配性のくせに、その原因をすぐに忘れちまうんだよなあ。
「あのさあ、お前、わかってんのか。もしかしたら貴族様に殺されるかもしれないんだぞ」
「けど、さ、先のことなんてわからない、と僕は思うんだ」
「お前、いつも先のこと心配してんじゃねーか」
「そ、そうだけど、やっぱり人生ってどうなるのかわからない、運命とは不思議、と僕は思うんだ」
「なにかっこつけてんだよ。お前に似合わない言葉だぞ」
呆けた弟を相手にする気を失くした。
夕食は干していたイノシシの肉にキノコを加えたシチューだ。料理は俺が作る。弟に任せると料理がめちゃくちゃになってしまう。
「お、美味しいなあ。兄貴の料理は最高だ。これより美味しいのはお母さんの料理しかない、と僕は思うんだ」
「そうかい、そりゃありがとさん」
「ああ、死んだお母さんにもう一度会いたい。お母さんは綺麗だったなあ。そ、そう言えば、兄貴ってお母さんに似てて美男子だね、と僕は思うんだ」
「あっそ、ほめてくれてうれしいよ」
正直、呆けた弟にほめられてもうれしくないな。
シチューを食べながら、俺はあの死んだ貴族のことを考えた。騎士なんだから馬が立ち上がったくらいで落馬してほしくはなかったな。ただの村道なんで油断していたのだろうか。
なんとなく嫌な予感がしてきた。
目の前でシチューを何も考えずに美味しそうに食べている弟の間抜けな顔を見ているとなおさら不安になってくる。
夜になっても暴風雨はおさまらない。エミールはぐっすりといびきをかきながら寝てやがる。さっきまで怖がっていたくせに能天気な奴だ。
俺はベッドで寝ながら、再びあの貴族の息子のことを考えていた。俺たちに責任があるのだろうか。しかし、今さらどうしようもない。風が強いせいであちこちから小屋がきしむ音が聞こえてくる。その音がうるさくて、俺はよく眠れなかった。
次の日。
雨はすっかり上がって快晴だ。
昼過ぎ頃、俺たちのように森の中に住んでいる木こりのガストンがデカい斧を持ってやって来た。木こりなんで立派な体格をしている。こいつは、今は木こりだが昔は傭兵をやっていたらしい。顔は無精ひげだらけだが、その左頬に大きな傷がある。無精ひげでも隠せない傷だ。戦闘で出来たものかどうかは知らない。年齢は三十才くらいか。暖炉用の木片を持ってきてくれた。
小屋の中に入ったガストンが椅子に座って俺に頼んだ。
「喉が渇いた。水をくれないか」
俺が水の入ったコップを差し出すと、それを飲みながらガストンがプレミエール村で起きた事件について話し出した。
「お前、プレミエール村のこと知ってるか」
「なんかあったの」
「午前中に、兵士たちがやって来て村を焼き討ちしたらしいぞ。森の中に逃げ込んできた村人から聞いた」
「え、なんでそんなことになったんだ」
「村の誰かがここら辺の領主であるヴァロワ家の次男フランソワ様を殺したって話だな」
「殺したって、どういうことなんだ」
「フランソワ様の死体が発見されたんだ。昨日、暴風雨で村道が一時的に川みたいになったんだ。今は水はほとんど引いたようだけどな。ただ、ちょっと大きい水溜まりが出来ていてそこにフランソワ様が頭を割られて沈んでいたのが早朝に見つかったんだよ」
「その死体ってどこで発見されたんだ」
「村の入口あたりだな。それから、フランソワ様が乗っていたと思われる馬が村の中で見つかったらしい」
俺はガストンの話を聞いて驚いた。落馬した場所と全然違うじゃないか。昨夜の暴風雨のせいで村道が川みたいになったせいで死体が移動しちゃったのか。そしてあの馬は主人の死体を追いかけたんだろうか。多分、あの後頭部を打った石についた血も全部洗い流されてしまっただろう。落馬で死んだってことを誰も気づかないってことになる。
俺は焦り始めた。
まさか、昨日あの貴族が落馬して死んだことで村に疑いがかかるとは。しかも焼き討ちまでされるとは思わなかった。
弟のエミールもおどおどし始める。
「や、やっぱり、オ、オナラが悪かったのかな、と僕は思うんだ」
「馬鹿、お前は黙ってろ」
ガストンが弟の発言を聞いて訝し気な表情を浮かべた。
「ひょっとしてお前ら何か知ってんのか」
「いやいや、何も、全然、一切知らないっすよ」
俺が必死にごまかそうとするが、ガストンが疑わしい目で俺たちを見ている。
「村で何人か兵士に殺されたらしい。まさか、お前たちがフランソワ様を殺したのか」
「そんな、貴族様を殺すわけないでしょ。だいたい、そんなことする理由もないし」
ガストンがさらに疑わしい目で俺たちを見ている。
しかし、急にさめたように言った。
「まあ、俺には関係ないからな。面倒だし」
どうやらガストンは面倒な事には関わりたくないらしい。
少しほっとしていると小屋の扉が激しく叩かれた。