第十七話:ヴァロワ軍との最終決戦
王国の精鋭部隊が近づきつつあった。
昼頃にはこちらに到着すると思われる。
敵軍の人数は千人。
俺たちは別荘で作戦会議を開いた。
例のオデールが発表する。
「一万人を四つの部隊にわけます。一番隊は千人。隊長は不肖、私ことオデール。二番隊は四千人。隊長はアンナさん。我が軍の精鋭部隊です」
アンナが率いる部隊は若い奴が多くて戦意もある。
そして、三番隊が俺が指揮をとる二千人。残念ながらいまいちな人が集まっている。
武器もあまりいいものが揃っていない。
けど、おかしいぞ。
俺はオデールに質問した。
「ちょっと待てよ、一万人ってどういうことだ。七千人じゃなかったのか」
「こちらへ逃亡してきた人たちが三千人いるんですよ。これは四番隊。指揮官は私が併任です」
どうやら、負傷した人や老人、女性、それに子供の集団らしい。
「予備兵として後方にいてもらうだけですね」
「かえって邪魔になる。どこかへ避難させておいたほうがいいんじゃないか」
「大人数で相手をビビらせるんですよ。敵は千人。我が軍は一万人。敵の十倍となる」
敵が怯えるとは思えないんだがなあ。
「女、子供を戦争に巻き込む気かよ。武器は持ってるのか」
「武器は石ですね」
「石って、そんなものが通用するのか」
「三千人で投げれば相当なもんですよ。まあ、実際は戦闘に参加させる予定はありません」
「あんたが考えたのって、いったいどういう作戦なんだよ」
俺の質問にオデールが詳細に答える。
「一旦、私の一番隊が前線に出て、敵を挑発。私の部隊は弓兵が五百人含まれています。しばらく戦った後、左後方へ撤退。敵が追撃してきたら、アンナさんの率いる精鋭の二番隊が戦う。その間にあなたの三番隊が秘かに右に回って攻撃。私の部隊も再度出撃、左に回って攻撃。相手を包み込むかたちで敵を全滅させる。これが私が考えた、名付けて『包囲殲滅陣』。どうです、完璧な作戦でしょう」
オデールが自信満々に胸を張った。
「敵が追撃してこなかったらどうすんだよ」
「えーと、その場合は、うーんどうしましょう」
急に焦りだすオデール。
頼りない人だなあ、この人。
ヴァロワ城攻撃の際も失敗ばかりだった。
大丈夫かな。
アンナが口を開いた。
「その場合は、あたしの部隊が突撃するわ。そうすれば敵も出撃してくるでしょう」
「お前が先頭で突撃するのか」
「あたしの部隊が戦っているうちに、オデールとあんたの部隊が左右から攻撃。そうすれば『包囲殲滅陣』とやらが出来るんでしょ」
「そうです。そうしましょう」
オデールが満足気に言った。
アンナが立ち上がった。
「奇跡の勝利を生んだこの草原であたしたちは再び勝利する! 会議は終了。じゃあ、みんな準備して」
俺も立ち上がって、部屋から出ようとするとアンナに呼び止められた。
「このナイフやっぱり返す。ジャンヌねえちゃんにあげた髪飾りと同じ模様なんだから、いつまでもねえちゃんのことを忘れないでね」
なんだか憑き物が落ちたように落ち着いている。
「お前、今日なんか落ち着いているなあ」
「うん、昨日の夜に失恋したからね。さっぱりしたわ」
アンナがにっこりと笑う。
「失恋って、俺は別にお前の事嫌いじゃないけど……」
俺の言葉を聞いてないような素振りでアンナが窓の外を見る。
「いい天気になりそうね。今日は絶好の死に日和だわ」
「死に日和って……縁起良くないぞ」
しかし、アンナは俺を無視して、こちらを振り返らずに階段を下りて行った。
昼過ぎにヴァロワ軍が例の別荘前の草原に到着。
以前と違い、俺たち農民軍を見ても全く笑わない。
整然と並び静かにしている。
かえって不気味だ。
真っ黒い鎧で固めた騎士たちが見えた。
これが貴族側の精鋭騎士部隊か。
農民軍は一番前線にオデールの一番隊、次にアンナの二番隊、続いて俺の三番隊。
後ろにいる予備兵の四番隊を見てみる。
女、子供、老人が多く、負傷した人もいて座り込んでいる人が多い。
大丈夫だろうか、あんな人たちを戦場に出して。
俺は嫌な予感がしてきた。
俺たちの軍の一番前にいるオデールが出撃した。
弓兵で敵に矢の雨を降らして、兵士が突撃。
ヴァロワ軍も一般兵が出撃して応戦している。
しばらくして作戦通りにオデールの部隊が撤退してきた。
しかし、敵はそれ以上追撃して来ず、全然動かない。
どうするんだろう、会議で言ってたように突撃するのかと俺はアンナの方を見た。
すると、アンナが振り返った。
俺に向かって大きく手を振っている。
ニコニコと微笑んでいる。
狂ったアンナじゃない。
昔、村で木の枝からサッと降りてきて可愛かったアンナだ。
それからアンナは前方を向き、
「突撃!」と叫んだ。
アンナの指揮する二番隊四千人が大声をあげて敵に向かって突撃していく。
アンナは一番先頭を走っている。
本当に死ぬ気なんだろうかと俺は思った。
敵も一般兵士が全員出撃してきた。
人数だけではアンナの部隊が圧倒している。
見ていると、戦いはアンナの部隊が優勢のようだ。
アンナの部隊の活躍を見ていた俺にエミールが囁いた。
「あ、兄貴。戦闘に参加しなくていいの、と僕は思うんだ」
「ああ、わかってるよ」
俺は作戦通り静かに部隊を右方面に移動することにした。
そして、アンナたち二番隊の右側面あたりまで進んだその時、突然、後方から悲鳴があがった。
予備兵の四番隊に敵の騎士が突っ込んでいく。
人数はわずか五騎だ。
いつの間にか秘かに後方へ回っていたようだ。
農民たちはうろたえている。
騎士たちは老若男女、病人かまわず槍で殺しまくっている。
農民たちは、ただ四方八方に逃げ惑うだけだ。
果敢に石を投げつける少年兵もいたが騎士は容赦なく槍で突き殺す。
四番隊の農民たちは大混乱になった。
なかには転んで味方に踏み殺されてる人もいる。
「みんな落ち着け! 石を投げるんだ!」とオデールが叫ぶ。
しかし、そのオデールを騎士の槍が貫いた。
今度は十騎ほどの騎士が左から回り込んで攻撃してきた。
隊長が倒れ、そして四番隊の人たちが逃げ惑う渦に巻き込まれてオデールの一番隊が総崩れとなる。
その騒ぎを見て、アンナの二番隊も動揺しているようだ。
そこに前方から敵の騎士たちが出撃してきた。
大声を上げて突撃してくる。
アンナの部隊も混乱状態となった。
騎士の突撃に怯えて逃げる奴も出てきた。
俺はアンナを探した。
スカート姿の女が倒れるのが見えたような気がした。
一番、先頭を走っていたからもう絶望的だ。
アンナの部隊が崩れていく。
そして、今度は十五騎ほどの騎士が俺の部隊に突撃してきた。騎士の突撃を見て俺の部隊も崩壊し始めた。全く、歯が立たない。
俺たちは敵を包囲するどころか、逆に騎士たちに囲まれてしまった。わずかな人数の騎士なのに何倍にも見える。
恐怖が農民軍全体を襲った。
アンナの農民反乱軍は完全に崩壊した。
俺も死の恐怖に怯えて、エミールに言った。
「おい、エミール、逃げるぞ」
「ア、アンナを見捨てるのか、と僕は思うんだ」
「しょうがないだろ、この戦いは負けだよ」
俺はエミールを連れて逃げることにした。
戦場は騎士たちが一方的に農民兵を殺戮する場とかしている。
とにかく遠くへ逃げようと俺は走った。
走って近くの森の中に逃げ込むことにした。
すると、エミールが叫んだ。
「あ、兄貴、危ない」
エミールが俺に覆いかぶさる。
矢が飛んできて、エミールの大きい背中にたくさん刺さっている。
俺は右腕だけ矢が刺さっただけだ。
倒れたエミールに俺は叫んだ。
「おい、エミール、しっかりしろ!」
しかし、エミールはほとんど反応がない。
「……も、もうダメなんだな」
「おい、エミール、死ぬな!」
「あ、兄貴、は、早く逃げろ、と僕は……」
エミールが動かなくなった。
敵が攻めてくる。
「エミール、すまん」
俺はエミールをそのままにして、戦場から逃げ出した。




