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第十六話:アンナの本音

 ガストンが死んで、アンナ以下農民軍のみんなが意気消沈しているところに悪い知らせが続々と入ってきた。


 会議でオデールが報告する。

「例のジャックリーの連中がやられました。九千人のジャックリーの兵がたった四十人の騎士たちに木っ端微塵に粉砕されたようです。一方的に殺戮されたらしい」

 九千人もいたのに、たった四十人の騎士にやられてしまうなんてと俺は驚いた。


「ジャックリーたちは指導者が貴族に騙されて捕まり処刑されて、混乱状態だったようです。この前、アンナさんが暗殺されかかったのも指導者を殺害して我々の戦意を失くそうとしたんでしょう」


 しかし、ジャックリーたちが混乱状態だったとは言え、騎士とはそんなに強いものなのか。


「ごろつきどもがやられただけじゃない」

 アンナは強気なのだが。


「それに各地で蜂起した農民たちも態勢をたて直した貴族の軍に次々と一掃されているようです。貴族の軍隊は農民狩りをやっているらしい。われわれの占領地にもそれから逃れるため大勢逃げて来ています」


 そんなところに農民兵士が報告にやって来た。

「ヴァロワ軍がこちらに向かってます。精鋭騎士部隊を他の貴族から借りてきたようです。数は千人。騎士が六十人、弓兵が三百人、残りは一般兵など。このままだと明日の昼頃にこちらに到着すると思われます」

「またあの草原で戦うのかしら」


 アンナの質問にオデールが答えた。

「その可能性が大きいでしょうね。さて、どうしましょう、アンナさん」

「今、うちの軍隊はどれくらいの人数なの」

「七千人ほどですね」

「じゃあ、あなたが作戦を考えて。明日は決戦よ。前回勝ったのよ、今回もあたしたちは大勝利する!」

 アンナはそう言ったが、このオデールに頼んで大丈夫かなあと俺は思った。



 その夜、エミールと一緒に地下の倉庫部屋で寝ていると、また弟の奴が屁をこきやがった。

「おい、エミール、臭いぞ。ちょっとは遠慮しろよ」

「わ、悪い、兄貴。あ、明日のことが心配で、怖くてお腹が痛くなった。それでオナラしちゃった。し、死ぬのかなあ、と僕は思うんだ」

「そんなことわからねーよ」


 そういや、隣のガストンが使っていた部屋は誰もいないんだよな。

 ガストンは死んだからな。

 こんな倉庫で二人で寝る必要はないだろう。


「俺は隣の部屋で寝るよ」

「あ、兄貴は、ぼ、僕のことが嫌いになったの」

「違うよ、隣の部屋はガストンが死んで誰もいない。俺がいないほうがお前も広々とこの倉庫で眠れるだろ」


 俺が廊下に出るとアンナとばったり会った。

「お前、こんな時間にこんなとこでなにやってんだよ」

「眠れないから別荘の中を散歩してんの。あんたこそ、どこへ行くのよ」


 アンナもヴァロワ軍のことが気になるのだろうか。

 人数はこっちが多いが、ジャックリーたちは指導者がいなくなったとは言え、九千人がわずか四十人の騎士にやられた。

 俺たちも木っ端微塵にやられるかもしれない。


「俺はガストンが使っていた部屋で寝るんだ。倉庫で寝ていたんだが、エミールはデカいから二人で寝るには狭くてな」

「そう」

 アンナはさっさと階段を上って行ってしまった。


 小さいベッドで寝る。

 明日、騎士たちが攻めてくる。

 今回は前回のように油断はしないだろう。

 農民軍が勝てるとは思えない。


 もう、俺の人生も終わりなのか。

 死の恐怖に怯える。

 うまく眠れない。

 

 気がつくとなんだか甘い香りがする。

 なんか変だなと思いランプを点けた。

 眼帯をした女がいた。

 アンナがベッドの横に立っている。

「うわ!」と俺は飛び起きる。


「な、なんだよ。俺を殺す気かよ」

「何言ってんのよ、なんであんたを殺さなきゃいけないのよ」


 薄暗いランプの光でアンナの姿が見えた。

 あれ、アンナの奴、素っ裸だ。

 付けているのは黒い眼帯だけ。


「お、お前、なんで裸なんだよ」

「……なんでって意味わかるでしょ、女に恥かかせる気!」

「は? お前、俺の事嫌っていただろ」


 アンナが少し悲しそうな顔で言った。

「嫌ってなんかいないわよ」

「大嫌いとか馬鹿とか意気地なしとかやたら言われた記憶があるんだけど」

「嫌いな人を大嫌いなんて言わないわよ。本当に嫌いだったら近づかない。何も言わないわよ。好きだから嫌いって言ったのよ。この乙女心がわからないの!」

 どういうことか混乱する。

 だいたい、今まで散々、人々を殺戮している姿を見た後にはとても乙女って言葉が似合わない。

 悪魔だろ。


「あんたはあたしのことが嫌いなの」

「いや、別に嫌いじゃないけど……」

 嫌いじゃないけど、正直言って怖い。


 アンナがベッドの敷き布を引っ張って体に巻くと、端っこに座った。

「あたしね、本当はもっと前にあんたに告白しようと思ってたんだ」

「は? いつのことだよ」

「あの時よ。貴族が落馬したときよ。あの日、あんたに告白しようと思って後をつけてたの」


「ウソだろ。お前、確か散歩してたんじゃなかったっけ」

「夕方にあんな追いはぎとか出る危ない場所、女一人で散歩なんてするわけないでしょ。けど、エミールがいるからできなかったのよ。なんとかあんたがエミールと離れないかなあと思ってたんだけどね。いっそ、エミールがいてもいいから告白しちゃおうと思ったんだけど、勇気がなくてさ。あの木偶の棒、いつもあたしの邪魔をして。あんたにあんずを贈ったのに、あのアホが全部食べて思いが伝わらなかったじゃない」


「なんのことだよ。なんであんずを贈ることが思いを伝えるんだよ」

「あんずの花言葉よ。『臆病な愛』とか『乙女のはにかみ』よ。あんたに伝えたかったのに」

「果物にもそんな意味があるとは知らなかった。って、そんなことわからないよ、男には! だいたいお二人にって言ってエミールに渡したんだろ。せめて、あんずにはこういう意味もあるのってそれとなく教えてから、おひとつどうぞって俺に渡してくれればこちらもお前の気持ちがわかったのに」


「だからわからなくてもわかってほしいって、乙女心がわからないの!」

 また乙女心って言ってる。

 似合わないんだけど。


「ジャンヌねえちゃんはあんたのことが好きだったんだけどね。あの靴下もあんたにあげようと作ってたのよ」

「確か俺の事、頼りなさそうな人って言ってたんじゃないのか」

「そんなの、あたしのウソよ」

「え、じゃあ、なんで髪飾りをお前にあげたんだ」

「……あたしがねえちゃんから盗んだのよ」


「お前、ジャンヌと仲が悪かったのか」

「逆よ。もの凄く仲が良かった。ジャンヌねえちゃんは本当に優しくていい人で。けど、あたしはあんたが好きなの。あんたがねえちゃんにあげた髪飾りが欲しくなったの。けど、盗んだ後、ねえちゃんが大事な髪飾りを失くしたって悲しそうにしてたから、悪い事したなあと思って、それで返そうと思ったんだ。けど、あんたとねえちゃん、すごく仲が良くてまるで恋人同士みたいだったじゃん。あたしがあんたに話しかけても全然相手にしてくれなくて。あたしの存在なんて全く気にしていなかったじゃないの。あたしが側にいることさえ気付かないんだから。ジャンヌねえちゃんの方しか見てなくて。もうあたしは嫉妬に苛まれて。それでもあんたのことが好きだから告白しようと思ったの。うまくいかなかったら髪飾りもねえちゃんに返そうと思ったんだ。結局、うまくいかなかった。それどころか、村が傭兵たちに襲撃されてめちゃくちゃになった」


「それでもう傭兵たちへの復讐心で恋愛のことなんて忘れて暴れたのかよ」

「そんなことないわよ。ヴァロワ卿の前であんたの隣に座っていた時に、あんたがねえちゃんの話をしているのを聞いたから。ねえちゃんを抱きしめたとか接吻したとか聞いてますます嫉妬に狂ってあたしはおかしくなったんだ」

 ヴァロワ卿殺しも俺のせいにする気かよ。


「おい、おかしいぞ。じゃあ、なんであらかじめナイフを用意してきたんだよ。最初からヴァロワ卿を殺す気だったんだろ」

「違うわよ。あのナイフ、あんたの小屋のテーブルに置いてあったのを見たとき彫刻の模様が髪飾りと一緒だったのに気づいたからよ。髪飾りは失くしたから、それで欲しくなって盗んだの。その時はヴァロワ卿を殺すとか全然考えてなかった。それで、あたしが髪飾りを落としたためにジャンヌねえちゃんが傭兵にひどい目に遭ったとか、傭兵たちへの復讐心とか、貴族への怒りとか、あんたへの思いとか、ねえちゃんにたいしての嫉妬心が湧き出てきて、頭がぐるぐる回ってなにがなんだかわからなくなってヴァロワ卿を殺したの。もう、あたしは狂っちゃたのよ」


「なんて言うか、それヴァロワ卿が不憫じゃないか。女の嫉妬心で無関係なのに殺されるなんて。その後も酷いことばかりしてたじゃないか。黒死病で死んだ人を城の中に放り込むとか」

「酷いと思ってもやったのよ。あんたへの愛であたしは狂っちゃったのよ。愛は世界を破壊することもあるの! それに無関係じゃないでしょ、あの傭兵たちを雇ったのはヴァロワ卿なんだから」


 愛は世界を破壊するなんて、ずいぶん大げさなことを言うなあ。

 やはり、アンナは頭がおかしいんじゃないのか。


「巻き込まれた人が悲惨だよ。今まで何人死んだと思ってんだ」

「そうよ、悪い事したと思ってるわよ。あたしはヴァロワ卿を殺したことでもう覚悟はしたわよ。貴族を殺したら死刑じゃないの。あたしはもう終わりだって。もう死ぬんだって」

「けど、その後もやたら張り切ってなかったか。貴族を皆殺しにして農民の国をつくるとか」

「口で言ってただけ。引っ込みがつかなくなっただけよ。もう、大勢の人を巻き込んじゃったし。それに、もう明日は貴族の軍隊に負けるのは決まってんのよ」

「お前、明日は大勝利するって言ったじゃないか」

「貴族の軍隊に勝てるわけないでしょ。今さら、降伏も出来ないし。そんなことしたってジャックリーみたいに皆殺しになるだけよ。だいたい、貴族たちには不満を持ってたから大勢の農民が蜂起したんじゃないの。こうなったら、たとえ死んでも貴族たちには一矢報いる覚悟よ」


「前は勝っただろ」

「あれは土砂崩れで勝てただけよ。本当はあの時の戦いで死ぬだろうなあと思ってたんだけど。突撃したら向こうが退却しちゃった。その後はただ勢いで攻めていっただけ」

「お前、えらく勝った勝ったって喜んでなかったか」

「無理矢理連れて行った農民たちの手前しょうがないじゃない」

 

 そして、またアンナが急に怒った顔で言った。

「だいたい、あんたはあたしのことなんて全然わかってない。あたしのこと、この世で一番のブサイクなんて言って、どんなに傷ついたかわかってんの」

「この世で一番のブサイクなんて言ってねーよ。あれ、言ったっけ」

「そんな事も覚えてないの。好きな人からこの世で一番のブサイクなんて言われたんだ。どんな気になったかわかる。完全に気が狂った。わかってんの。こんなに狂わせたのはあんたのせいよ」


「いや、その、ブサイクって言ったのは謝るよ。それから、ヴァロワ卿の前での話だけど、俺はジャンヌの事好きだったけど、抱きしめたことなんてないよ。ましてや、接吻なんてしてない。指一本触ったこともないよ」

「え、そうなの」

「弟にウソをついただけだよ」

「それであたしは嫉妬で狂ってヴァロワ卿を殺して、その後も使用人を皆殺しにして、窓から放り出して……」 


 またアンナが俺に殴りかかる。

「やっぱりあんたが悪いんだ、ウソなんかつくな!」

 アンナが俺をポカポカと殴る。


「痛い、痛い、やめろって。お前、めちゃくちゃだよ」

「あたしは明日死ぬのよ」

「まだわからないだろ」

「あんたはともかく、あたしは反乱軍の頭目なんだからただで済むわけないじゃん。あたしを狂わせたのはあんた。全部、あんたのせいよ。全部、あんたが悪い。だから、責任取ってよ!」

「ど、どうやって責任を取るんだよ」


 また急にアンナが大人しくなった。

「あ、あたし、男を知らないんだ……けど、こんな顔の女なんて嫌でしょうね。片目で顔面傷だらけ」

「あ、いや、そんなことはないよ」


 アンナが体に巻いていた敷き布を脱いだ。

 顔の傷は治りつつあるなあ。

 それにアンナっていい体つきしている。

 いつのまにこんなに成長したんだ。

 全然気付かなかった。


「そう、だったら、このまま、いいでしょ……」

 アンナが俺に覆いかぶさってきた。

 女性特有の甘い香りがしてくる。

 どうしようかなあと思ってたら、突然、部屋の扉が開いた。


「あ、兄貴、だ、大丈夫か!」

 エミールが飛び込んできた。

 いつの間に目覚めていたのか知らないが、アンナが俺を殴った音を聞いて、異変が起きたと思ったらしい。


「また、お前か。邪魔すんな、いいとこだったのに!」

 アンナが拳骨を振り上げて思いっきりエミールの顎を下から殴る。

 部屋の角にエミールが吹っ飛んだ。


「お前は、いつも邪魔ばっかしやがって、コノヤロー! 死ね!」

 エミールをボコボコにするアンナ。


「邪魔って、本当に何のことやらわからない、と僕は思うんだ」

「だから、その僕は思うんだって言い方、やめろって言ってんだろ、ボケ野郎! 大事なあんずを全部食べやがって、クソッタレ!」


「やめろよ、アンナ」

 俺が止めに入るが、

「もういいわよ」と敷き布を体に巻いて泣きながら部屋から出ていくアンナ。


「あ、兄貴。ア、アンナはなんで裸だったの、と僕は思うんだ」

「さあ、夏だから暑かったんじゃないの」

 

 アンナとやっちゃえばよかったのか。

 けど、あの娼婦さんでもあまりうまくいかなかった。

 アンナが相手なら萎えてたんじゃないか。

 それはそれで情けない。


 しかし、アンナがくれたあんずを食べ過ぎてエミールが腹を壊して屁をこいて、そのせいで貴族の息子が落馬して死んで、その原因を調べるようヴァロワ卿が傭兵たちに命令して、その連中が村を襲ってジャンヌが殺されて、アンナが大暴れして、傭兵やらヴァロワ軍をやっつけてと。それを聞いてほかの地域の農民も暴れだして大騒ぎになった。で、今や反乱を起こした農民たちは全員追い詰められている。


 運命とはわからないものだなあ。

 人生ってどうなるのかわからない。

 あれ、エミールも同じ事言ってたなあ。

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