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第十五話:アンナが暗殺されかかる

 アンナの農民反乱軍は一旦、本拠地のヴァロワ卿の別荘に戻った。

 表向きは黒死病発生で一時撤退ってことになってるが、実際は完敗も同然だ。

 ヴァロワ城攻めでは敵の一兵も倒すことが出来なかったんだからな。


 しかし、なぜかますます農民たちが集まって来た。

 一応、一般人には酷い事はしていないからだろうか。

 仕方なく草原に野営してもらっているが、食料やらをどうするか別荘で会議を開くことになった。


 なぜかエミールも参加しているが、椅子に座らせないで立たせている。

 アンナがイライラするとエミールを殴る。

 欲求不満解消のためらしい。


 ガストンから報告があった。

「ジャックリーから同盟しないかって連絡が来たんだがどうする」

「なによ、そのジャックリーって」

「俺たちに刺激されて西のボーヴェ地方で蜂起した農民たちだよ。貴族をかたっぱしから殺しまくっているらしい。ほかの地方でも農民が反乱を起こしているがこのジャックリーって連中が一番過激だな」

「あら、最高じゃない」


「それが貴族たちを、より残酷な殺し方をした奴が出世していく組織のようだ」

「なにそれ、あたしより狂ってんじゃないの」

「騎士を捕まえて柱に縛り付けて、その前で奥さんや娘さんたちを乱暴したり、殺した騎士を暖炉で焼いてその肉を家族に食べさせたりとやりたい放題らしい」

「え、それはやりすぎじゃないの」


 ガストンがじろっとアンナを見つめて言った。

「お前も傭兵のボスを暖炉で焼き殺さなかったかい」

「さすがに食ってはいないわよ。それにあれはあたしの家族を殺した復讐よ。貴族だって女性や子供を殺すつもりはないわ。後、一般人も」


 エミールが口をはさんだ。

「こ、この前の別荘で殺した使用人って、い、一般人だ、と僕は思うんだ。それに、こ、黒死病で死んだ一般人のご遺体をヴァロワ城に放り込んだりしたのは酷い、と僕は思うんだ」


「うるさいわね、その時はわからなかったのよ。黒死病の奴は、死んでんだからどうでもいいでしょ」

 そう言うなりアンナはエミールの腹を蹴とばして壁に叩きつけた。

 エミールがぐったりしている。

 アンナは本当に頭がおかしい。


「で、どうすんだ。同盟すんのか」

「しないわよ、そいつらはごろつきじゃない。あたしらは正義の軍隊なのよ」

「そうか。そこで考えたんだが、ジャックリーたちからこっちへ逃げてきた貴族たちを助ける。その貴族たちを通じてヴァロワ軍と和平交渉をするってのはどうだ」

「あんたまだ交渉とかにこだわってんの、そんなの無駄だって」


 これには俺もアンナの意見に賛成だった。

 なんせ、ヴァロワ城に黒死病で死んだ人の遺体を放り込むって酷い事をしたんだから。

 もう相手は交渉になんか応じないだろう。


「じゃあ、どうするんだ」

「農民を訓練するの」

「間に合わないぞ。このままじゃあ、ジリ貧だな」

「とにかく武器を揃えて、農民の戦闘訓練。貴族の連中が反撃する前に完了させる。以上、会議終了」

 アンナは無理矢理会議を終わらせた。


 最上階の広間から出るとき、俺はアンナに呼び止められた。

「ちょっと手伝ってよ。ガストンとエミールも来て」

「何を手伝うんだよ」

「ヴァロワ卿の豪華なベッドは軍資金のために売り払ったのよ。そこで、あたしが村で使っていたベッドを持ってくるのを手伝ってほしいのよ」


 エミールが少し不満げに言った。

「自分のベッドなんだから、じ、自分で持ってくればいい、と僕は思うんだ」

「うるさい! あたしは力が弱いんだよ。か弱い乙女なのよ。重たいものは持てないわよ」

 アンナがエミールの腹を思いっきりぶん殴る。思わず体を曲げたエミールの顔面を膝蹴りする。


「い、痛い、痛い。わ、わかりましたよ、アンナさん、と僕は思うんだ」

 アンナに文句を言っては殴られて怯えるエミール。

 学習しない奴だな。

 

「どこがか弱い乙女なんだよ」とガストンが俺に囁く。

 こんな女の指示に従いたくはなかったが殺されたくないので、仕方なくプレミエール村に行くことにした。


 村に行く途中、例の貴族が落馬して死んだ場所を通った。その後、この村道が暴風雨のため川のようになったそうだが、貴族が頭を打ち付けた石は流されずに残っている。

 あの時は、こんな事になるとは夢にも思わなかった。

 すぐにヴァロワ卿に報告しとけばよかったかなあと再び思った。

 しかし、今さら考えても仕方がないか。


 プレミエール村に到着した。

 誰もいない。

 村長も逃亡したし、村は離散したらしい。

 この村へ来てジャンヌに会うのが楽しかったなあ。

 あれから二か月も経ってない。

 

 アンナの家に行く。

 粗末な家に入ると血痕でいっぱいだ。家族三人殺されたんだもんな。

 遺体はすでにない。事件が起きた後、村人が埋葬してくれたようだ。


 部屋の隅っこに小さいベッドがある。

「このベッドでジャンヌねえちゃんと一緒に寝てたんだ」

 アンナはなんとなく悲しそうな表情をした。


「さあ、エミールとガストンで運んでよ。二人とも力持ちでしょ」

「はい、はい、わかりましたよ」とガストンが言って、エミールと一緒にベッドを家から運び出す。


 二人が家の外に出ると、アンナがナイフを取り出した。

 俺が使っていた狩猟用のナイフだ。

 びっくりする俺。

「な、なんだ。俺を殺す気かよ」


 アンナがしらけた顔をした。

「なんで、あんたを殺すのよ。ねえ、このナイフあたしにくれないかなあ」

 何人もの人間を血祭にあげたナイフなんて縁起が悪い。


「ナイフは他にも何本か持ってるからあげるよ」

「ありがとう。ところで、あんたさあ、まだジャンヌねえちゃんのこと好きなの」

「え、うん、好きだったけど、もうこの世の人じゃないからなあ」

「……そう」


 部屋の隅にひっくり返っていた木の箱の中をアンナが探す。

 靴下を取り出して俺に渡した。

「それ、ねえちゃんが作ってたんだよ。ナイフの代わりにあげる。ねえちゃんのことを忘れないでほしいんだ」

「これは男物だな」

「……多分、父ちゃんのために作ってたんじゃない」


 もしかして恋人がいてそいつに渡そうとしていたかもしれないな。

「まあ、思い出に貰っておくよ」

「それでさあ、今はもうジャンヌねえちゃんはいないじゃん」

「そうだけど」

「……今は好きな人はいないの」

「いないって言うか、そんなこと考えている状況じゃないだろ」

「……そうよね」


 アンナは何を考えているのだろうと思っていたら、変な匂いがしてきた。

 物が焼ける匂い。

 煙が入って来る。


「なに、これ、火事かしら」

 アンナも慌てている。

 出ようと思っても扉が開かない。

 閉じ込められた。

 俺が何度かぶち破ろうと体当たりをしていると、扉の表面から斧が飛び出てきた。

 外から大声が聞こえてきた。


「おい、大丈夫か!」

 ガストンの声だ。


「今、助けてやる!」

 ガストンが斧で扉をぶち壊す。

 俺とアンナが家から逃げ出した。

 家を振り返ると扉は重たい荷車でふさがれていたらしく、火矢が何本も家に刺さっている。


 突然のことに俺はびっくりしてガストンに聞いた。

「どうなってんだよ、これ」

「多分、アンナを殺しにきたんだと思う。ヴァロワ軍の刺客じゃないか」


「あ、あいつじゃないか、と僕は思うんだ」

 エミールが遠くを指さす。弓矢を持っている奴がいた。


 あの男、ヴァロワ城を攻撃したとき、やたら火矢を撃ってきた兵士に似ていると俺は思った。

 そいつが再び火矢を素早く何本もアンナ目がけて射ってきた。


「危ない!」

 ガストンが呆然としているアンナをかばう。

 ガストンの大きな背中に火矢が刺さり、着ていた服に火が点いた。

 あっという間に燃え上がる。


「おい、エミール、水を持ってこい!」

 俺が命令して、桶に水を入れたエミールがガストンに水をぶっかけた。


 矢が尽きたのか暗殺者が逃げだしたが、アンナが「この野郎!」と猛然と追いかけてナイフを投げる。

 そいつの背中に刺さった。

 倒れたそいつに追いついたアンナがナイフを引き抜いてとどめをさした。


「おい、ガストン。大丈夫か」

 返事がない。

 エミールに背負わせて、急いでガストンを別荘まで運んだ。


 矢の傷に加えて、ガストンはひどい火傷を負っていた。農民兵の中で医療に詳しい人を連れてきたが手の施しようがないらしい。


 ガストンが呟くように言う。

「……これは助からないよ」

「おい、ガストン。しっかりしろ」

「……俺はもう死ぬんだよ」

「そんなこと言うなよ、あんたが俺たちの中で一番まともな人なんだ。死なないでくれよ」


「これは報いさ」

「報いって……」

「……俺は傭兵の頃、大勢の農民を殺したんだよ。暖炉に叩き込んだこともある。ずいぶん酷いことをしてきたよ。女も子供も殺しまくった。ただ、ある時、自分が殺されそうになったんだ。物凄い恐怖にかられたよ。それから、死ぬのがすっかり怖くなってしまって、傭兵をやめたんだけどな。しかし、神様は見過ごしてはくれなかったらしい」


「し、死ぬなよ、ガストン」

「俺は地獄行きだろうな……」

 ガストンは息を引き取った。

 さすがのアンナも言葉が出ないようだ。

 悲しい顔をしている。


 俺たちはこれからどうすればいいんだ。

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