第十四話:ヴァロワ城攻略に失敗
ヴァロワ卿の別荘前の草原での戦いに勝利したアンナ率いる農民反乱軍は、南下してヴァロワ城を目指した。ヴァロワ城は高い城壁に囲まれていて、今までのような砦とは段違いに守りが堅い。
攻略できるのだろうか。
ヴァロワ城には一般人も住んでいて、アンナの反乱軍を見て逃げ出してきた奴を捕まえて聞いてみたところ、一般兵士で逃げ出すのが続出するなど士気も落ちているようだ。
前回の戦いで当主が農民なんぞにやられたんだからなあ、そりゃ士気も落ちるだろう。
捕まえた奴は臨時で作った木の牢屋にぶち込んで、アンナは意気揚々と城を攻め始めたがうまくいかない。
そもそも俺たちのほとんどは戦いの訓練なんて全然受けてない農民の集団にすぎない。
「まずは我々が城を攻めます」
例のオデール率いる弓兵が攻撃したが、敵も城の高い城壁から射ってくる。高い方が有利なのでうまくいかない。やたら火矢を射る奴が居て、どういう仕掛けなのかそれとも特殊な薬品を使用しているのかわからないが、その火矢が刺さるとすぐに燃え上がる。何人かの農民に当たり焼け死んだ。
オデールが戻って来た。
「攻城塔を使って城の門を攻めましょう」
うまくいかないので、オデールは農民たちに命令してヴァロワ軍から奪った兵器を使うことにしたようだ。
攻城塔で城に迫る。
農民たちが高い塔を大勢で押していく。
塔の中には何人かの農民兵が入って攻撃の準備をしていた。
しかし、途中でぬかるみにはまった。
「おい、立て直せ!」とオデールが命令するが、時すでに遅し。
攻城塔を倒してしまい中の農民や下にいた何人かを下敷きにして死亡させたうえ、それはバラバラに壊れた。
「ちょっと、何やってんのよ、オデール」
アンナがイライラしている。
「申し訳ありません。破城槌を使ってみます」
オデールが破城槌という大きい丸太を釣った武器で城の門を破壊することを試みた。
門の近くまで行くと、振り子の原理を利用して丸太を何度も叩きつける。
しかし、例のヴァロワ軍の火矢を使う敵兵が、矢を発射。
破城槌に命中してあえなく燃えあがり失敗。
焦ったオデールは最後に投石器を使って門に向かって攻撃したが、放った石は門を遥かに越えて城内に落ちただけ。
どうもこのオデールって人物は戦いの才能がないんじゃないかなと俺は思った。
「どうなってんのよ。あの兵器とか全然役に立たないじゃない」
アンナがわめきちらす。
「だから訓練されてない農民がいくら頑張っても無駄だよ」
ガストンはしらけきった顔をした。
アンナが少し考えている。
「よし、こうなったら調略よ。命と財産は奪わない。ただ、税金を安くしろって、城に籠っている貴族に言うの。それで開城させて、中に入ったら皆殺しよ」
「無理だろ」
「どうして」
「お前が騙そうとするのは先方だって百も承知だよ」
「なんでよ」
「お前、この前の戦いで、笑いながら『生かすといって喜んでる奴を騙して殺すの最高!』とか叫んでたじゃないか」
「あたしそんなこと言ってたっけ」
「言ってたよ、忘れたのかよ」
ガストンはますますしらけた顔を見せた。
「じゃあ、どうすんの。この前は勝てたじゃない」
「あれは奇跡的勝利だよ」
「だったら、奇跡の再現よ。もう、あたしが先頭で総攻撃よ」
アンナが剣を振り上げて農民兵たちに宣言。
「今から全軍であの城に突撃を決行する! 全員整列!」
農民兵を全員集めて、城の門近くに並ばせて梯子を持って来させる。
「全員で突撃するのよ! 梯子を使って城壁を登って場内へ突入よ! あたしらは勝利するのよ!」
アンナが三千人の農民兵の前で鼓舞している。
そして、オデールの弓兵隊を一番後方に配置した。
「みんな、聞けー! 全員あたしに続いて突撃しろ! あらかじめ言っておくけど、裏切り者は容赦なくオデールの弓兵隊がハチの巣にするからね。聞いてんのか、コラー! 逃げた奴は殺す! 一歩でも後ろに下がったら殺す! 半歩でも殺す! 止まっても殺す! 歩いても殺す! 死にたくなかったら死ぬまで突撃しろ! どうせ、みんないつか死ぬんだよ、早いか遅いかの違いよ。一分後だろうが百年後だろうが同じ事よ。城内に突入したら敵は片っ端から殺せ! 突入できなくても殺せ! もう、みんな死ね! あたしも死ね!」
狂った女がわめきまくっている。
死にたくなかったら死ぬまで突撃しろって、もう論理的に破綻しているぞ。
俺やガストン、エミールも並ばされた。
頭のおかしな女のせいでこんな若さで死ぬはめになるのか。
しかし、農民兵たちに士気が感じられない。
オデールの数々の失敗でやる気を無くしたようだ。
城を落とすのは無理だろうと俺は思った。
「おい、ガストン。これ無茶苦茶じゃないか。アンナは味方まで狙い撃ちにするつもりだぞ。こんな無理して勝てるのかよ」
「奇跡は二度も起こらないだろうな。だいたいあんなしょぼい梯子でヴァロワ城の高い壁は越えられないぞ」
「俺たちも死ぬのかよ」
「そういうことになるんじゃないの。まあ、全滅だな。あの世逝きは決定だな」
いつも通りガストンは無表情で言った。
ガストンの言葉を聞いて、エミールがいつものように怯える。
「し、死にたくないですよ、に、逃げたい、と僕は思うんだ」
で、例によって、耳ざとくエミールの言葉を聞いたアンナが走って来る。
「てめー、逃げんのか、この野郎!」
アンナが逃げ出そうとするエミールに飛び掛かり押し倒す。
ナイフの柄で倒れたエミールの頭をガンガン叩く。
「い、痛い、痛い、やめてください、アンナさん」
「うるせー! 逃げようとしただろ、この木偶の棒。みんなの士気が下がるだろ、バカタレ!」
「ひい、殺さないでください」
「殺さないわよ、突撃してさっさと死ねって言ってんだ、このボケナス!」
アンナの狂態にますます士気が下がっていくような気がする。
「さっさと突撃しろ、アホンダラ!」
アンナはエミールを立ち上がらせると尻にナイフを刺す。
「ひい、殺さないで下さい、アンナさん」
「だから、突撃しろって言ってんだ、バカッタレ! 突撃! 突撃!」
そして、農民兵にアンナは命令した。
「ヴァロワ城向けて、全軍突撃ー!」
ウォー! っと叫んで三千人の農民軍が城の壁に向かって突進していく。
ヴァロワ軍も兵士の数が少ないので必死に壁の上から弓矢を射ってくる。
たちまち、城の壁の前は農民兵の死体の山。
それを見て、中には逃げようとする者もいたが、容赦なく後方にいるオデールの弓兵隊が射殺。
もはや地獄の光景だ。
エミールがすっ転んだ。
「なにやってのよ、この木偶の棒。あんた、我が軍の象徴である旗持ってんのに、それに泥を塗るつもり」
「ひい、殺さないで下さい。転んだら殺すって、アンナさんの命令にはなかったですよ、と僕は思うんだ」
「だーかーらー、殺さないわよ。突撃して死ねって言ってんだろ、クソボケ!」
アンナはエミールを無理矢理立たせると尻をブスブスと刺す。
「ひい!」と悲鳴を上げながらエミールは走る。
仕方なく、俺とガストンも走る。
しかし、そんなに全力では走らない。
こんな無謀な戦いで死にたくはない。
後ろからアンナがネチネチとエミールの尻をナイフで刺している。
「ア、アンナさん、盾にするのはやめてください、と僕は思うんだ」
「別に盾になんかしてないわよ、このボケ太郎! あんたが逃げないか見張ってんの」
しかし、デカいエミールの背中にアンナは隠れているようにも見える。
農民軍の中にはやっと梯子を壁に立てかけて、登ろうとする者もいたが、あっさり弓矢でやられて戦死。梯子を敵の兵士が押しやって、登っていたほかの農民兵も転落死。
こりゃ、だめだ。俺はアンナに叫ぶ。
「おい、アンナ、このままだと全滅するぞ」
「いいんだよ、全滅したって。突撃! 突撃!」
全滅していいって、何考えてんだ、このキチガイ女は。
そんな時、一人の農民が俺たちのもとへ青い顔で走ってきた。
「大変ですよ」
「どうしたんだよ」
「あの捕まえて牢屋に入れていた奴が死んだんですよ」
城から逃げ出した一般人か。けど、なんで死んだんだろう。
「死因は」
「黒死病ですよ」
「え、そりゃ、やばいぞ。とんでもない疫病じゃないか」
さっそく、アンナに伝えるとさすがに驚いている。
「戦争中止! 撤退よ、撤退。あ、けどいいこと思いついた。その死体を持って来なさい」
アンナが報告にきた農民に命令する。
「いやですよ、黒死病に罹った死体を触るなんて」
その農民が嫌がった。
すると、アンナはエミールに命令する。
「おい、木偶の棒。お前の持ってる旗で死体を包んで持ってこい」
「え、嫌なんだな。それにこの旗は我が軍の象徴ってアンナさんは言ってたんだな、と僕は思うんだ」
「そんな旗、もうどうでもいいわ」
「こ、黒死病になるのも嫌だな、と僕は思うんだ」
「うぜーんだよ、この野郎!」
エミールの顔面を百回くらいぶん殴るアンナ。
「うるさいわね、お前はあたしの命令に従ってればいいの。さっさとしないと殺すわよ」
「は……はい。わかりました」
俺は疫病が流行するのを防ぐために死体を土深く埋めるのかと思ったんだが。
エミールが死体を旗でくるんで持ってくると、アンナが投石器に置くよう命令した。
おいおい、何をする気なんだ、この女。
「その死体を城に向かって投げろ!」とアンナが絶叫。
紫の旗で包まれた死体が宙を舞ってヴァロワ城の中に放り込まれた。
何てことすんだよ、こいつは。
「おい! アンナ! お前、何考えてんだ。城内で疫病が蔓延したらどうすんだ」
「もともと、城内に住んでたんでしょ、あの人。丁重にお返ししただけよ。さあ、帰るわよ。それからあの投石器も役に立たないから捨てましょう。じゃあ、一旦、撤退!」
どこが丁重なんだ、このいかれ女。




