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第十三話:ヴァロワ城へ向けて進軍する

 思わぬ勝利で調子に乗ったアンナたち農民軍は南にあるヴァロワ家の本拠地、ヴァロワ城へ向けて進軍を開始。ヴァロワ軍が草原に置いていった武器や食料は全て戦利品として自分たちの物とした。

 俺やエミール、ガストンもアンナの命令でついていくしかなかった。

 アンナがついてこないと殺すと言ったから仕方がない。


 アンナが怖い顔で俺たちに命令した。

「あんたたちはあたしの補佐役よ」

「おい、ガストンは元傭兵だからわからないでもないが、俺やエミールはただの狩人だぞ。戦争のことなんて知らないぞ」

「いいの。とにかく、あんたはあたしの側にいるの」

「なんで俺なんだよ」

「うるさい! あたしの言うこと聞かない奴は殺す!」

 狂ってる。

 


 それから、軍隊なんで一応軍旗を作った。

「エミールは旗を持つこと。あんた無能なんだから旗持ってるしかないでしょ。それしか役に立つことできないんだから」

 ヴァロワ卿の紫のガウンを旗に作り変えた。紫一色の旗。特に意味はないらしい。


「は、旗とか持ってると敵に目立って、こ、攻撃されて殺される、と僕は思うんだ」

「うぜーんだよ、お前は! あたしの言うことに逆らうな、このバカタレ!」

 エミールは嫌がったが、例によってアンナに半殺しにされて仕方なく旗を掲げる役目になった。


 まあ、逃げても仕方がないだろうと俺は思った。行軍の途中で、逃亡したプレミエール村の村長の死体を見つけてしまったからだ。どうやら貴族たちに捕まったらしい。馬車の車輪の上に両手両足の関節を粉砕されたまま放置されていた。カラスが村長の死体を食っていた。アンナたちから逃げられても、貴族か傭兵に捕まることになるだろうな。


 アンナたちが戦争に勝利してヴァロワ軍の騎士たちを全滅させたことは瞬く間に世間に広がったようだ。

 続々と農民出身の志願兵が集まって来た。


 ただ、俺の見るところ志願兵もさえない人たちが多いような気がする。最近の干ばつで食えなくなった人たちも大勢まじっているようにも見える。アンナたちについていけばとりあえず食事にはありつけるからな。途中の村からも食料を調達したが、一応、代金は払ったので今のところアンナの農民軍は評判はいい。


 それに思わぬ兵士たちが参加してきた。

 草原での戦いから逃げ出した弓兵の一部が参加を申し出てきたのだ。

 五十名くらいいる。

 代表はオデールという人物。農民出身らしい。


「この前の戦いで、アンナさんが草原を先頭きって突撃してきたのに感動したんですよ。すごい勇敢な女性だなあって。この女性と戦いたいと思って参加しました」

 そんな事を言うオデールだが、この人は勘違いをしているんじゃないのか。

 アンナは勇敢じゃなくて狂っているだけだぞと俺は言いたくなったが、黙っていた。

 アンナに殺されたくはない。

 それに戦場を経験した人たちが参加してくれるのは心強い。


 行軍の途中にヴァロワ軍の小さい砦が三か所あったが、あっさりと攻略した。

 攻略と言うか、全く戦っていない。

 アンナたちが近づくと騎士たちはさっさと逃走して、農民から徴兵した連中だけが残された。

 そういう連中は助命してアンナの軍はますます膨れ上がっていく。

 農民兵から聞くとヴァロワ軍は当主を失って混乱状態にあるらしい。


 気が付けば三千人までふくれあがっていた。

 怪しげな馬車までついてくる。

 あれは移動式の売春宿だな。


「こんな農民反乱軍についてきて、大丈夫なのかね、あの人たち。下手したら貴族たちに殺されちゃうかもしれないのに」

 俺はガストンに聞いてみた。

「いや、大丈夫じゃないか。こちらが負けそうなら貴族側の方へ移動するだけだろう」

「たくましい人たちだな」


 懐かしいことを思い出した。あれは二年前だ。

 村祭りをやっているときも近くに怪しげな小屋ができた。

 娼婦の皆さんにお世話になったなあ。


「お前はああいう店に行ったことがあるのか」

「二年前にエミールを連れてそういう女性たちがいる小屋に入ったことがあるよ。弟は直前で逃げちゃったけど」

「そうか、エミールは経験がないのか」

 ガストンがニヤニヤと笑っている。


「そ、そんな経験無くたって、に、人間生きていける、と僕は思うんだ!」

 エミールが珍しく怒っている。


 怒るエミールを笑いながらも、俺は二年前のことを思い出した。

 あっという間に終わったなあ。三十秒で終わった。

 相手の娼婦さんは「別に気にしなくていいのよ。初めてだったんでしょ」とお優しい言葉をかけてくれたっけ。まあ、お金はきちんと取られたけどな。

 経験と言えば、あれ一回切りだな。

 後はジャンヌを思いながら自ら慰めるだけの日々を送った。

 しょぼくれてるなあ、俺。


 しかし、よく考えてみれば貴族の軍隊に襲われて俺は明日死ぬかもしれないんだよなあ。

 あの三十秒間だけってのはちと情けない。

 再戦を試みたくなった俺はガストンを誘ってみた。


「ちょっとあの馬車の様子を見に行かないか。敵兵が紛れ込んでいるかもしれない」

 珍しくガストンが笑った。

「敵兵がいるわけないじゃないか。じゃあ、エミールも連れていくかな」


 嫌がるエミールを無理矢理連れて、俺とガストンは怪しげな馬車まで行ってみた。

 農民兵たちが行列をつくっている。


「こりゃ、当分待たなきゃいけないなあ」

「あ、兄貴、戻ろうよ、と僕は思うんだ」

 逃げようとするエミールをガストンがニヤニヤと笑いながら捕まえる。

「観念しろ。こういうのは一度経験したほうがいいぞ」


 そんなところにアンナがやって来た。

「何よ、この行列は!」

「あ、いや、これは男にとって大切なことなんだよ」

 俺は言い訳する。


「男っていやらしいわね。まあ、いいわ。けど、あんたはだめ」

「なんで、俺はダメなんだよ」

「あんたらはあたしの補佐役よ。変な病気に罹ったらまずいでしょ。どうしてもって言うんなら殺す!」

 なに考えてんだ、こいつは。

 狂った潔癖症か。


「そ、そうだ、そうだ! ア、アンナさんは正しい、と僕は思うんだ!」

 なぜかやたら嬉しそうなエミール。


 結局、アンナに脅かされて俺たちは娼婦さんたちに会えなかった。

 明日、あの世逝きかもしれないって言うのに。

 残念だ。

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