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第一話:弟が屁をこいたせいで貴族が死んだ

 初夏の夕方。

 空は分厚い雲で覆われている。


 森で狩った動物の毛皮をプレミエール村で食料と交換した後、自分たちが住んでいる小屋に向かって村道を歩いていると弟のエミールが腹が痛いと言い出した。


「あ、兄貴、ぼ、僕のお腹がおかしな形でふくれてる。こ、これ変な病気じゃないかな。し、死ぬのかなあ、と僕は思うんだ」

「なに大げさなこと言ってんだよ。変なもんでも食って下痢でもしたんだろ」

「ア、アンナがくれた、あんずを、い、いっぱい食べたからかなあ、と僕は思うんだ」

「あれ、アンナは果物を持って来てくれてたのか。全然気付かなかった」

「お、お二人で食べてねって渡されたけど、あ、兄貴がジャンヌと長話しているから、つい全部食べちゃった」

「そんな意地汚いことするから腹こわしたんじゃねーのか」

「うーん、痛い、痛いよ、兄貴」

「ったく、そこら辺で用を足してこい。荷物の食料は俺が持っててやるから」


 エミールは図体はデカいが頭が弱いし気も弱い。なにかと言うと病気になったとか、死ぬんじゃないかとさわぐ。意気地なしのしょうもない奴だ。こいつはダメ人間だな。


 そんな弟にうんざりしていたら、馬に乗った高価そうな服装の若い男性が前方からやって来るのが見えた。

 ありゃ、貴族だな。腰に立派な剣を差している。領地の見回りでもしているのだろうか。

 ここら辺一体を支配しているヴァロワ家の次男のようだ。騎士としては評価が高いって話だ。


 この次男坊、近くに別荘があって休暇かなんか知らんが、このド田舎に親父のヴァロワ卿と一緒に数日滞在するって事をプレミエール村の村長から俺は聞いていた。本拠地はここから南の方にあって、普段はそこの城に住んでいる。確か親父はもう引退して、当主の職は長男に継がせたって話だ。今日は曇っているし、もう陽が落ちてきて薄暗くなってきたのに堂々としてやがる。ここら辺はたまに追いはぎとか出ることもあって、ちょっと危ない場所なのだが、そんな奴らは簡単に倒せる自信があるんだろう。


 まずいなと俺は思った。

 貴族からは、農民とか俺たちのような森で狩猟などをして生きているような者は人間扱いされてない。貴族が農民を殺しても罪に問われることは稀だ。


 俺は貴族さんの邪魔にならないよう、村道の端っこでさっと片膝立ちになって両手を下げて顔を下に向けて、その次男坊と目を合わせないようにする。貴族さんには難癖をつけられないようにするのが一番だ。ぼんやりとしている弟も促して同じようにさせる。


 弟のエミールが俺に囁いた。

「あ、兄貴、お、お腹が痛い。僕、我慢できないよ」

「黙って顔を下に向いたままにしてろ。とにかく、あの貴族さんが通り過ぎるまで我慢するんだよ。あの人はここの領主だったヴァロワ卿の息子だぞ。失礼なことすんなよ」


 貴族が馬に乗って俺と弟がひざまずいている前をゆっくりと通り過ぎる。俺たちのことなんて全然気にしていない。虫けらとも思っていないだろう。石ころ同然だ。なんとなく俺はむかついたが貴族が相手じゃどうしようもない。ただ、貴族さんが通り過ぎて、遠くへ去っていくのを待つだけだ。


 その時、突然、「ブホ!」って大きい音がした。辺りがものすごく臭い。なんと、弟の奴、屁をこきやがった。


 やばいぞ。


 貴族の目の前でこんな失礼なことをしたらどんな目に遭うか。俺が焦っていると、その臭いのせいか、それとも音にびっくりしたのかわからんが貴族が乗っていた馬がいなないて後ろ足で立ち上がった。


「うわ!」

 いきなり馬が前足を上げたんで、声をあげて貴族さんが落馬。

 ゴツン!

 嫌な音がした。

 落馬した貴族さんが道に横たわったまま全く動かない。


 恐る恐る近づくと、貴族さんの頭から血が大量に流れ出ている。落馬した場所に大きい石があった。運悪く、それに後頭部をぶつけたらしい。馬のほうは主人が死んだってのにのんびりとそこら辺の草を食ってやがる。


 大変なことになった。俺は怯えた。

 こりゃ、さっさとこの場から立ち去るしかない。


「あ、兄貴。こ、この人、死んでるよ」

「そんなの見りゃわかるよ」

「り、領主様、と言うか元領主様なのか、とにかく別荘にお泊りしているヴァロワ卿に知らせないと、い、いけないんじゃないか、と僕は思うんだ」

「何言ってんだよ、お前は。そんなことをしたら俺たちがこの貴族の息子を殺した犯人とかにされちまうだろ。つーか、実際、お前があんな臭い屁をしたのが原因だろが。下手したら死刑になるぞ」

「え、え、し、死刑は嫌だ。けど、やっぱり領主様には言ったほうがいい、と僕は思うんだ」

「貴族に因縁つけられたらお終いだよ。俺たちは人間扱いされてないんだから」


 幸いのところ周りを見回しても人の気配はない。誰にも見られていないだろう。多分、死体が発見されても、この状況を見ればこの貴族の息子さんが馬を操るのに失敗して誤って落馬、頭を石にぶつけて勝手に死んだってことになるんじゃないかなと俺は思った。


「とにかく逃げるぞ!」


 俺はボケーっと貴族さんの死体を眺めている弟の背中を押しやり、森の中にある家に向かって急いでその場から遁走した。

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