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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生すると黒竜に求婚されましたが、私の魂を掠めとった元凶だったので殺し合うことになりました。

作者: 久蔵伊織




 僕は彼女の前世を知っている。

 そのまた前の前世も。

 そのずっと前の前世も。


 僕が飲み込んだ彼女の魂の欠片を、彼女が取り戻しに来るのを待っている。簡単には返してあげないけれど。



 そうして待って、ずっと待って、彼女が来た。

 今度の彼女には前世の記憶があるらしい。

 けれど、僕については覚えていない。それは悲しい。寂しい。それでも自分の魂の欠片が僕の喉元にあると察して、柳眉を逆立てて。 ──とても綺麗。




 

「アデル、えっとね……けっこん?をしよう」

「………………………は?結婚?そう言ったのか?」

「うん、人間ってけっこんをしたら、ずっと一緒で、他の人に取られなくなるんでしょう?」

 アデルは眉間に皺を寄せ、求婚者を見上げる。

「──良いか、ノワルスール」

「うん?」

「結婚には様々な意味が付き纏う。結婚すれば絶対に相手と添い遂げなければならないものでもない」

「?そうなの?」

「まず──お前、雄というか、男なのか?」

「えっと、分からない」

「お前が男だとして、子を望んだとして、私がそれを受け入れたとして、」

 アデルはノワルスールを見上げたままに、呆れ果てた。


「──龍のナニが私に入るわけがないだろう」


 ノワルスールは───巨躯の古い龍だ。

 形状としては翼の生えた巨大な蜥蜴。黒曜石のように美しく鋭利な鱗が並び、鬣は黒々と、そして波打っている。龍にも癖毛がいるらしい。後肢はしっかりと大理石の床を踏み締め、深紅の双眸はアデルだけを映している。

「ナニってなぁに?」

「……生殖器のことだ」

 今度は黒龍が黙った。

「……………………無いかも」

「は?」

「僕達は世界に生み出されて、そして殖えない。最初から八柱いて、ずっと変わらないし、不可侵だ。番うことなんて有り得ない」

 アデルにとっては壮大な創世秘話の一端ではあったが、ノワルスールは長く太い首を下げ、悄然としている。

「生殖器がないと駄目なの?」

「………駄目とは言わないし、結婚に性交は付き物だが、性交だけが結婚ではない」

「じゃあ、それで!アデル、性交なしで結婚して」

「その前に考えろ。私は馬鹿でかい龍に踏み潰されそうになりながら人生を終えたくない」

 黒龍はそっと頰を寄せる。しかしその懐くような仕草に、彼女は片眉を上げた。

「懐くな。図体の大きいのに纏わり付かれるのは好かん」

 少女のぴしゃりとした拒絶の言葉に、黒龍は少しばかり寂しそうに首をもたげて、改めて一人の少女と黒龍は向き合った。

「大きいのは嫌?」

「人間の大きさとお前のそれとでは比較にもならん」

「そっかぁ───じゃあ人ぐらいまで縮むね」

「縮めるのか」

「うん。あ、頑張ったら人間になれるかも」

「──先にやれ」



 ノワルスールは大きな翼を広げて首を擡げ、その身体はするりと縮んでいき───やがて一人の青年の姿へと変わる。

 癖のある長い漆黒の髪、鋭い深紅の瞳。褐色の肌。すらりと伸びた背。美丈夫。光の加減によって黒にも白にも色を変える不可思議な衣を纏い、立っていた。

 銀髪紫瞳のアデルと、黒髪紅瞳のノワルスールは、対のように向き合う。

 黒龍たる青年はそっと指を伸ばし、少女の頰に触れた。少女は許してやるといわんばかりの態度でその挙動を静かに見つめている。

青年は嬉しげに求婚し、少女は僅かに眉を顰めた。

「アデル!人の姿になってみたよ!これで性交出来るかな?」

「私が知るかこの×××予備軍」

 世界創世の龍に対してのあまりの暴言だったが、それは致し方ないことだった。


 神官達も、巫女達も、全てが彼らの前では無意味に等しい。彼らはただの観客だ。固唾を呑んで彼らの挙動を見守るばかり。

 ──まさか神にも等しい古い龍が、求婚に失敗しているし、×××予備軍だとは、誰が想像できただろうか。


 人となったノワルスールは首を傾げる。子どものように。 

「いんぽってなぁに?」

「………………男性器が性交可能状態にならないことだ」

「どうなったら性交出来るの?」

「おい、誰かこの馬鹿龍に性教育を叩き込め」

 アデルは全てを放棄した。




 アデルこと、アデライード・ロザリンダ・リュヌはノワルスールを置いて神殿からさっさと退出した。疲れた。その一語に尽きた。

 とんだ十八歳の誕生日だと思う。

 そろそろ婚約者である王太子が、神殿の巫女との“真実の愛”を理由に婚約破棄をしてくるだろうとは踏んでいたし、そちらの対策は十全にしていたのだが。竜に何もかも持っていかれた。

 今朝、弟のギヨムに祝いとしてスティレットを貰ったのが懐かしく感じる。

 この国の習わしでは、十八歳を迎えると国の守護神である黒龍に拝謁することになっているので、従ったのだが──とんだことになった。

 馬車に揺られながら眉間の皺を揉む。

「──ねぇ、アデル」

「お前は神殿で性教育を受けてこい」

 気が付けば隣にはぴったりとノワルスールが引っ付いて座っている。龍に不可能は無いということか。

「アデルが教えてよ。知ってるんでしょう?」

「求婚者に手解きしろと?その辺りの娼婦にでも習え。金は弾んでやれよ」

「アデルじゃなきゃ厭だ」

「……」

 駄々を捏ねる彼は子どものようだった。

「ねぇ、人間って卵産むんだっけ」

「そこからか……!」

「違うの?じゃあ母体で育てるんだね」

 ノワルスールの骨張った手がアデルの腹を無遠慮に撫でる。

「子が出来たら、ここが大きく腫れるんでしょう?それは知ってるよ」

「……龍と人では随分種族が違うだろう。子が出来るとは限らない。そもそも、龍は殖えないとお前が言っただろう」

「殖えないよ。でも……アデルの腹を、僕の子で膨らませたい」

 アデルはノワルスールを睨みつける。

 黒龍の紅い瞳は笑みに細くなり──そしてそこにはどうしようもない独占欲とも支配欲とも言い難い、圧倒的な束縛を感じさせた。 舌打ち一つ。アデルはノワルスールの手を払い除け、逆に胸倉を掴む。

「──傲慢だな、流石は龍、といったところか」

 凄むアデルに対して、彼は単純にアデルが自分から触れてくれたことに喜びそして──そっと、唇を合わせた。

 冷たい舌だ、とアデルは思い──龍は変温動物に属するのか一瞬思考が飛びかけるも、突然の暴挙に対して、素早く仰け反り──


 ──渾身の頭突きを食らわせた。


「ノワルスール」

「なぁに」

「こうした接触は相手の許可を得るものだ」

「だって、アデルは良いって言ってくれないでしょう」

「当然だ」

「アデルは好きにしてる。だから僕も好きにする」

 アデルはノワルスールを突き放し、そして頬杖をついて嗜虐的に笑う。

「──お前との結婚は絶望的だ、ノワルスール」

 黒龍は真紅の目を瞬かせ、悲しそうに眉を寄せる。

「どうして?」

「互いを尊重出来ない結婚は破綻する」

「…………そんちょう」

「性教育の前に情操教育だな」

 お勉強する、と古い龍はすっかり悄気てしまった。そして本気で人間というものを学ぶつもりらしい。

 ──面倒臭い。

  

 とはいえ、国の守護神たる黒龍に教えを授けようという物好きかつ命知らずは居らず、アデルは子ども向けの道徳の教本を片手に授業を始めた。

 場所はアデルの屋敷。正確には父親であるリュヌ枢機卿の屋敷だ。国の守護神が滞在するとして、国を挙げての厳戒態勢が敷かれている。

 最高級の椅子と机に着くのは、人の姿となった黒龍。

 教鞭を執るのはアデル。


 ──何故こんなことに。


 頭を抱えた。

 アデルはただ、自身が持つ幾つもの前世の記憶について、魂の存在について、龍に問いたかっただけだ。結婚などカケラも望んでいない。

「人の嫌がることをしてはいけません」

「人の嫌がることってなぁに?」

「──そうだな。嫌がっている相手に求婚したり、キスをしたりするのは完全にアウトだ」

 ノワルスールの顔が曇りに曇る。 

「えっと……その……えっとね?ご、ごめんなさい……」

「ほう、じゃあ私への求婚は諦めるんだな」

「諦めないよ。今の君が死んでも、次の君に求婚する」

 アデルは奥歯を噛み締めた。

 前世の記憶がある──その事実が、アデルをどれほど苦しめたか。自身の正気と狂気を疑い、世界を疑い続ける生は苦痛だった。魂などというものさえなければと、憎んだ。恨んだ。

 アデルは思わずノワルスールの首を掴む。整えた長い爪が食い込むも、罅が入ったのは彼女の爪の方だ。痛む。血が滲む。それでも力を緩めない。

 ノワルスールの喉奥にある、アデルの魂の欠片。そこには全ての謎の答えがあるはずだ。

「この最後の一片を返さないのは、どういう理屈だ」

 彼を覗き込む。アデルの長い銀髪が、ヴェールのように覆う。ノワルスールは酷く嬉しそうな、陶酔しきった表情で謳うように語り始めた。 





「僕だけの、君が欲しかったんだ」


 愛の告白だ。

 執着の、欲望の表明だ。

 独占欲は止まることを知らない。

 人間に、かつての彼女に汚染された感情を、僕は身を委ねて楽しんでいる。

 彼女は興味を失ったように僕から離れようとする。僕は寂しい気持ちのままに彼女の髪を一房掴み、そっと口付けた。さらさらとした感触が面白い。

「人間は口で触れるの、好きとか、愛してるとか、そういうコトの表示なんでしょう?」

「殺されておいて『好き』だの『愛してる』だの、お前は被虐性愛でも抱えているのか?」

「?痛いのは嫌だよ。君の魂を砕いた時、凄く・・・綺麗だったんだ。誰のものにもしたくないって、思った。流転なんてさせたくない。ずっと、ずっと、僕のものにしたい。それだけ」

「成る程。───迷惑な話だ」

「ね、僕のこと、好きになって。ずっと、一緒にいて」

「さぁ、どうしたものか」

 彼女は片頬を歪めて嗤った。青紫の美しい瞳が嗜虐的に弧を描いている。また殺されそうな気がした。そしたらまた彼女の魂を砕いてしまうだろう。それはそれで、とても素敵なコトに思える。尾を噛み合う蛇のように、ずっとずっと、終わらないのだから。



 世界が、龍達が終わるのが早いか、

 僕達が、結ばれるのが早いか、

 どちらでも、とても素敵だ。



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