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細工師と白龍、警戒する

目を瞑り、意識が落ちることを祈り続けて、どうにか眠りにつくことができた。


翌朝はあまり宜しくない目覚めだった。すっきりしないというか、もやもやするというか……カーテンを開け、夜明けの空を眺めても気分は晴れない。

椅子に腰掛け、紅茶を一杯飲む。引っかかりはまだ頭にあるが、ひとまず気分は落ち着いた。


今日もベルは俺より早くに起きていたようで、昨夜のよく寝付けなかった様子を不安そうに聞いてきた。

ひとまず俺の方は心配いらないから、目の前の仕事にかかろう、と言うと、少々心配そうな顔をした後に「わかりました」と一言言って済ませてくれた。


「(そうだ……何を置いても最優先は仕事だ)」

身の危険も確かに感じるが、仕事で住まわせて貰っている手前、何もせず警戒だけして自室に閉じこもるわけにもいかない。

ベルは強い。俺一人を守りきることくらいは容易いだろう。俺の方かてそれなりに腕のある冒険者をやっていた身だ。余程多数で攻めてこられない限りは心配いらない。


より気を引き締めて仕事にかかる、との方針を話した上で決め、二人で食事をとった。


 ◇◇◇


昨日に引き続き、彫像の制作。

大まかな形は彫り出してあるので、あとは細やかに姿を整えていく。

例の視線やら何やらは確かに怖いが……気にしていては仕事が手につかない。目の前の石塊に面と向かい、像に魂を吹き込むことに注力する。

「ふーっ……ふーっ……」


髪を整え、ベールを彫り出し、服の細かな高低差を削り出す。

戦神の鎧のラインとは違う、柔らかさを含んだ優しげな線を描いていく。

女神像と言えば、こと神聖で荘厳な場所に飾られる物が多いが、その表情はほとんどが温和で慈愛に満ちた顔をしている。


「見る者の心を救う為、なのかもな」

「……?」

「あっ、いや……」


思わず口をついて言葉を出してしまい、小恥ずかしくなって顔を逸らす。

ベルにガッツリ見られていたし聞かれた。どうやら集中し過ぎる余り、返って意識が一種無防備な状態に陥ってしまっていたらしい。


「主様」

「……なんだ、ベル」

「何も聞いていませんのでご安心ください」

「…………ありがとう」

気を遣わせてしまった。

ミスをしたのは俺だろうに、カバーまでさせてしまって少し申し訳なく思った。いや……感傷に浸るくらいはあってもいいかな……うん。


 ◇◇◇


たまに吹く風を感じながら小槌を打ち付け続け、石を削り、形を彫り出していると、時間が過ぎるのはまさにあっという間だ。

が、先述の通り、この気を張った状態ではまともに警戒をすることは出来ないので、ベルに警戒とチェックを交互にしてもらう形を取っている。


「っと、ひとまずこんなもんかな……」

昨日の型取りもあって、昨日より大分と進みが早い。

まだ昼も前だと言うのに、完成間近にまで到達してしまった。


「この分なら昼過ぎまで頑張れば終わりそうだな」

「今のところ修正が必要な箇所も見当たりませんので、このペースで行けばきっと終わるでしょう」

節々を見回し、よし、と頷きながら言うベルにひとつ聞く。


「周りに怪しい人影とか、例の変な視線は感じなかったか?」

するとベルはふるふる、と首を横に振り、


「特に何も感じませんでしたので、作業を続行して問題は無いと思います」

と言った。なるほど、ひとまずは安心できそうだ。

「よし、昼まで続けよう」

「わかりました」


ベルが首肯したのを見て、俺は再び作りかけの彫像に向き直る。

残る箇所は顔……あの柔らかな表情を彫り出していく事になる。【細工師】の天命(ギフト)を十分に習熟させているこの状態なら、失敗してあらぬ場所を削ってしまうなんてことはまさか無いだろうが、それでも女神の顔を彫るとなると少しばかりの緊張が走る。

が、やるべきことは変わらない。ただまっすぐに槌を打ち、削り彫るだけだ。


 ◇◇◇


「さてと、これで仕上がりだ」

最後にカツンと一つ、胸元の飾りを削って仕上げ。

ひらひらとしたヴェールを形作るのは少し難儀したが、それでも中々に出来の良いものを作り上げられた。


本来ならば昨日のように一度陛下に一報を、と思ったが……

「特に障害もないことだし、昼を食べたらこのまま進めようか」

「了解しました」


そうと決めて絶好の時間とばかりに昼食を頂いた。ベルは本当によく食べるな、と言ってみたところ、


「お言葉ですが、私は量をガツガツと食べたい訳では無く……あくまで『食事』という行為が好きなのです。量に限らず、です」


との事であった。

……まあ、量を取って出しても質を取って出しても、どちらでも楽しそうに美味しそうに食べるのだろうな、この子は。


「さてと、作業再開だ」

「はい」

腹ごしらえが済めば三体目、この仕事分なら最後の一体に取り掛かる……のだが、こいつが一番の曲者だ。


「ここで来たか、天使像」

天使像はなんと言っても特徴的な背中の翼だ。他の神像ならば翼はあったりなかったり様々だが……基本的に天使像には欠かせない。

それ故に、不自然でない形に、それでいて個性的な両翼を造らねばならないのだ。


「三体の集大成としては申し分ないか……」

あまり細工師に本腰を入れていなかった手前、こんなことを口にするのは気が引けるが……


「腕の見せ所、か」

俺自身の技能と習熟度、それに加えてこれまでこの王城で像を造ってきた全ての細工師や彫刻家に対する敬意の念をぶつける時が来たようである。


「それじゃ一丁……お願いします」


気合い一発、【細工師】の技能によって()()()様に槌を振るい、ノミを打ち込んだ。


 ◇◇◇


……果敢な戦士の如くに石に挑み、早いもので数時間。

日は既に落ち始め、夕闇が刻々と迫っているのがわかった。

俺はと言うと……


「はー……はー……づっかれたぁ……」

柄にもなく熱を込めて打ち込んだお陰か、全身から力が抜けていくような疲労を感じていた。

庭の地べたに大の字に倒れ込んで、じわじわと暗がりが広がる空を見上げる姿勢。


天使像の方は、翼を造るのみに留まっており、肢体は全く手付かずで限界を迎えてしまった。


「お疲れ様です主様……その分ですと本日これ以上追加で作業をするのは難しいのでは無いでしょうか」

「そうかもな……よいしょっと」


流石にずっとその姿勢でいる訳にも行かず立ち上がり、誇りを丹念に払う。これから陛下に一報を入れに行くのだから、当然汚れた格好では行けない。


最悪、一度自室に戻って服を変えなければならないが……幸運か、それとも管理が行き届いているのか、砂埃や枯葉の類もさして服についてはおらず、軽く払うだけで見た目もしっかりとしたものに戻すことができた。

ゴミが落ちる様子もない。

「(どうにか大丈夫そうだな……けど)」

「一度部屋まで戻ろうか。汚れが出るかもしれない服で向かうのは失礼に値するしな」

「同意します」

「(ベルは汚れてないと思うけど……)」


ともあれ、一度部屋へと寄り道を経て、陛下の元へ行くこととなった。


 ◇◇◇


「昨日に引き続きご苦労だったな、二人」

「はっ」

「有難うございます」

陛下に進捗の報告に来た俺たちは、まず労いの言葉をいただく。

陛下は相変わらず穏やかなお顔で、俺達の報告を嬉しそうに聞いてくださる。


「昨日二人が下がった後、儂も戦神像を見させてもらったが……あれはなんとも素晴らしい!リノアに任せて良かったと心から思うぞ」

「なんとも、有り難きお言葉……」

「今日も女神像を完成させたのじゃろう?また楽しみが増えてしもうたわい、はっはっは」

「いやあ、恐縮でございます」


そのまま暫く、作品についてお褒めの言葉を頂いたりとんでもない程良い評価をされたりと、少し照れくさくなる様な時間が続いた。


笑いあっていると、ふと陛下がお聞きになった。

「そういえば二人とも、なにか不自由してはおらんかの?」

「っ……!」

「……!」


ぎくり、とした。もしや陛下は気づいておられるのだろうか。俺が命を狙われているかもしれないと。

どうしたものか。ここで言えば助力を得られる。しかし言えば陛下を危険に晒す……昨日も感じた、この感覚がまた来るとは。


「ああいや、言い難いことならば無理に聞き出しはせん。じゃがのう……あまり不自由をさせておくのも申し訳無いものでな」

「いえ……今のところ、特に問題はございません。良いものを食べさせていただき、良い睡眠をし、良く働かせて頂いております」

「私も、主様……いえ、師に同じく」


やはりここは、誤魔化しの一手を打つしかなかったのだった。


 ◇◇◇


「ふぅ……一日お疲れ様、ベル」

「お疲れ様です、主様」

部屋へと戻って来ると、息をつきながら腰を下ろし掛ける。彫像二体分くらいの体力を消費してしまったのは流石に身に堪えるようだ。


軽く腕を動かしたりしてみると、ピリピリと痛みが走るのを感じる。まだまだ彫像造りには技量こそ足りども体力が追いついていないのだろうか。


「まあとにかく……ついさっき夕食を持ってきてもらったから食べようか」

「はい」


相変わらず食事のこととなると目が一段ときらきらしてるよなぁ……。

テーブルに並べられた皿を前にしながら、そんな様子のベルを見てひとつ思った。


「それじゃ、頂きま……」

水入りのグラスを手に取り、まず一口……


「待ってください、主様」

止められた。


「えっ……なんだ、どうかしたのか?」

「一応ですが、毒味をさせていただきます」

「いや、そんなこと」

「ですからあくまで一応……です」

言って、ベルは俺のグラスを取り上げるように手に取り、ぐいっ、と中の水を飲み干した。


「んっ……」

「……どうだ……?」

口元をきゅっと手の甲で拭ったあと、一呼吸置いて彼女は言った。

「主様──」


「──毒を、盛られております」


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