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細工師と白龍、何かを感じる

謁見の間に着いた俺達は、その足でなるべく早く陛下の元へ急いだ。

報告は迅速であるべきだと思っていたのもそうだが……あの違和感たっぷりの視線が、どことなく気味悪かったというのもあった。


「陛下、只今参りました」

「私も同じく」

膝をつき、頭を垂れる。面を上げよ、という声で前へと顔を戻す。陛下は微笑みをたたえ、いつもの機嫌良さそうなお顔だ。


「ご苦労だったな、二人とも。進み具合はどうか」

「はい、既に一体は完成しております。この分ならば、予定通りの期間で造り終えられるかと」

「そうかそうか、それは何より。この目に入れるのが楽しみじゃな」

陛下はうむうむ、と満足気に頷くと、ふと思い出したように


「そういえば先刻、随分慌てて此処へ来たと聞いたが……何かあったか?それともそんなに儂に一報入れたかったかの?」


あくまでも温和に、穏やかに聞く陛下。

どうするべきだろうか。件の視線のことを申し入れておくべきだろうか……いやしかし、俺一人の為に陛下のお手を煩わせると言うのも……

となれば……


「え、ええ!そうでございます!もう渾身の出来でしたので、これは一刻も早くご報告せねばと思いました次第で……」

……間違いは言っていない。事実、急ぎ足で来た理由の半分はそれだから。


「はっはっは、そうかそうか。尚のこと見るのが楽しみになってきたのう……」


どうやら誤魔化しは効いたようだ。陛下にこんなことを言うのは気が引けるが……これはひいては陛下自身の為でもある……きっと。幸いと言うべきか、今この場には側近連中は居なかった。

少しだけだが、落ち着いて話が出来た気がした。


「では、私共はもう少し作業にかかります」

「うむ、十分に気をつけ、無理はせぬようにな」

「はっ」


言って、俺達は庭園へと戻った。


 ◇◇◇


作業の場に戻ると、少し手早に制作を始めた。先の像とは違って複雑な作り込みをする箇所があまり無いので、大まかな輪郭だけでも急いで削り彫って行くことにした。

言えば、全てあの薄気味の悪い視線があったからだ。


「ふっ、ふっ……」

「…………」


なるべく目の前の石に神経を集中させて、作業に打ち込む。一瞬でも早く、作業を終えるべく……しかし、ミスが許されるわけはない。急ぎの中に慎重さを加えて、丁寧な作業を迅速にする、と心で何度も言い聞かせて彫り進める。


「…………ベル」

「はい、なんでしょう」

「……一応、本当に一応警戒しておいてくれ。万一ということがある」

「承知しました」


一度細部のチェックは後に回そう。細かな作業でない分、そこは多少省いても問題は無い……だろう。

ベルに警戒を任せ、残る背面の彫り出しにかかる。


ヴェールを被っている女神の像のため、前面の装飾は手を焼くが……背面は他の像とあまり変わりがないので、比較的直ぐに彫ることができた。


「ベル、もう大丈夫だ」

「今日はここまで……ですか」

「ああ、一応布を被せて隅の方に置かせてもらおう」


ベルの力で像と石を大掛かりな車輪付きの台に乗せて貰い、なるべく目につかないところに動かした。保管場所については事前にここだと聞かされていたので、問題はなかろう。

ひとまずの作業を終えた俺達は、早足で自室へと戻って行った。


 ◇◇◇


自室に着くなり、俺は扉の鍵を掛けた。

理由は分からないが……なんとなくそうしていたいような気分に駆られた、と言っておこう。


「ふぅ…………疲れたな」

「半日と少しの間作業続きでしたし、それに……」

「……わかってる、遠慮はしないでいい」

「……はい。あの視線、ですね」

「……ああ」


例の貴族と思しい男がこちらに投げかけていた視線……どうにも気になってしまっている。


「どう思う、ベル」

「単純に考えれば、冒険者から黒王直々に召し抱えられた主様が……例えば妙な気を起こさぬように見ていた、でしょうか」

「まあ……考えられるとしたらそうだな」

貴族連中は俺の登用を良く思っていない奴が大半だろう。

陛下のような誰に対しても平等に接する人間もいるにはいるが……そうでない人間が総じて多いのは何処も同じだろうか。


「或いは……主様の命を狙っている、というのは」

「俺のか?いや、俺はそんな狙われるような…………奴だな、うん」

「主様を見る側近や将軍様方の態度や印象から察するに、その線も十二分に有り得ることかと」

「否定は出来ないな……」


邪魔な人間を排除する、強い上昇志向を持つ人間ならばその考えに至ることは難くない。


「まだ断定は出来ないが……どうすればいいだろうか」

「ひとまず、私は一層主様をお守りすることに注力致します」

「ああ……ありがとう、ベル」

「恐縮です」


何とも言えない気分ではあるが、人としての営みはしておかねばなるまい。

今朝方に朝食を持ってきてくれた騎士の人(どうやら俺の部屋周りの世話になったそうだ)に事情を話して、早めに夕食を準備してもらい、食後には諸々のことを終えて、睡眠を取った。


当然と言うべきか、すぐ寝付くことはなかったが。


 ◇◇◇


「んっ……ダメだ、寝られない」

あんな気を張っている状況で寝られないのは当然と言えるが……寝たいのに寝られない、こんなに辛いことは無いだろう。


「書庫で読み物でも探すかな……」

衣類を着直して、部屋を出──


「どこへ行かれるのですか、主様」


──ようとしたところで、見つかった。

主人が絡むとテコでも動かないベルを説得するのはほぼ不可能と思い、ため息をひとつつきながら同行を促した。


寝付けなくて少ししか経っていないとはいえ、今夜は曇り空なのか中々に暗くなっている。豪華なシャンデリアなんかは点いていないが、壁掛けのランプやトーチが等間隔に廊下を照らしている。

これはこれで趣と言おうかムードと言おうか、そういうものがあって良いな、と感じた。少しは心が落ち着いている証拠だろうか。


当番の怠慢なのか、はたまた好き者がいるのかは定かでないが、書庫の中は照明がついて明るめになっていた。

気配を感じないので、俺たちの他には誰もいないのだろうか、なんて思いながら足を踏み入れる。


「広いな……」

ここを隅から隅まで探すだけで一日過ごせてしまいそうなくらいの規模だ。いやはや流石は王城サイズ。


中は綺麗にずらりと並んだ高い本棚が沢山で、ともすれば迷いそうになる。

何か読んで眠気を起こそう、とベルに促して、適当なものを当たる。


「…………おっ、これは……」

「……?それは?」

俺は一冊の小さな本を手に取った。


「これだ」

「あっ……」


『白龍と護国の騎士』。他でもない、俺がベルを思い起こす理由になった白龍・フィルファーベルと騎士の物語だ。

「丁度いいかもな、ここいらで思い出に浸るのも」

「やめてください、自分の元を面と向かって読まれると思うと恥ずかしさこの上ありません」

「わかったわかった……さて、他をあたるかな……」

却下されてしまったので、致し方なしとばかりに他のものを探る。

が、どれもこれも小難しい魔導書だの魔族の研究資料だのといった、およそ寝たい時に読むものでは無いようなものばかり。


「はー……これなら自室にいた方が……」

「主様、これはいかがでしょうか」

そうため息をつきながら言った時、ベルが一冊の本を手渡してきた。

緑色をした本。中のページもそこそこ古そうだ。


「『魔狼ネオリア』……なんだ、これ」

「神獣の伝承のようです。先程の物はその……アレでしたが……これなら大丈夫です」

先程の、というのはもしかしなくともベルの元になったアレだろう。


「……ま、丁度いいかもな」

俺はそれを受け取り、パラパラと読み始めた。


 ◇◇◇


結論から言ってしまえば、凄く面白かった。

魔狼ネオリアに関する特徴等の記述は多くあったが、その多くに共通しているのが、

「風を司る神獣……か」

「主様も当然、魔法の属性はご存知と思います。その中の風魔法……どんな高位の魔法でも、我々は何の対価もなく……勿論魔力などの消費もなく使うことができます」

「凄まじいな……」


司ってる属性の魔法をノーコストで出せるなんて……使い方を謝れば天変地異が巻き起こりそうだ。


「ちなみに、ベルは何を司ってるんだ?」

「私は氷と雷です」


なんで二つも一人で請け負ってんだよズルいなかっこいいな。あれか。雷と氷で半分半分ずつバリバリやれたりするのか。

流石に強すぎませんか、天使様。


 ◇◇◇


「ふう……いやあ、面白かった」

「それは何よりです」


眠気との兼ね合いもあって、全てに目を通した訳では無いが……中々に熱中してしまった。

少しずつ、眠気も蓄積してきたようだ。


「んん……ベル、そろそろ戻ろうか」

「はい、主様」


そう言って歩き出そうとした瞬間。


「………んっ………!」

「これは……!」


()()()()がした。


「…………ベル、分かったか」

「はい、しかと感じました」


何処だ……今度は何処に居るんだ。

辺りを見回す。視線を感じるのは本棚に平行な直線のはず……そう思い、俺はゆっくりと、本棚の曲がり角に近づく。


「…………」


息を殺す。足音も寸分無いくらいにして、ゆっくり、角を曲がり……


「あっ……!」

「チッ……どけぇ!!」

「うっ!」


曲がり角に潜んでいた赤毛の男は、俺を視認するなり体当たりをして強行突破。そのまま出口へ向かう。


「ベル……!」

「……この手より(いで)よ、冷たき刃……『アイスダガー』」

鋭い氷の刃がベルの手のひらから生み出され……素早く飛んで行く。狙いは男の足元。逃亡者を捕らえるための初歩的な技能だ。


「がっ……!」

すんでのところでかわし……切れていない。僅かだが、男のズボンの脛の当たりに切れた傷が見える。だが傷の痛みも知らぬという風に、勢いよく出入口から出る赤毛。


「待てっ……!」

俺はよろけながら追跡を試みるが、時すでに遅し。

この間接照明の間を縫ったか、奴の姿は見えなかった。


「主様!」

ベルが駆け寄ってくる。

「お怪我はございませんか」

「大丈夫だ……それより、彼奴は」

「気配も感じられません……恐らくは転移の術式か魔道具を使ったものかと」

「くそっ……」


目的は結局、分からずじまいだった。

それどころか、「俺を殺さなかった」という点から、本当の目当ては俺の首では無いのかもしれないという疑念も生まれ、余計に頭の中が混乱しそうだった。


俺はその後、ベルと共に自室に無事戻り、鍵を厳重にかけ、今度こそ眠りについた。



今日節々で感じた『何か』が分かるのは、もう少し後の事だった。

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