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細工師と白龍、仕事を行う

騒がしく夕飯の時間が過ぎ、諸々のことを済ませて就寝。

いやはや流石は王城、ベッドの寝心地の良さと言ったらない。快眠は当然のこと、数日の疲れまで消えていきそうな夢見心地……というより夢を見る事もないくらい寝ていた。


ちなみにベルが先に起きていた。少し得意げな顔をしていたのが可愛らしいな、と感じた。


朝食は食堂で摂るかこの部屋に運んで来てもらうかが選べるようだったので、よそよそしいようなのは窮屈かもしれない、ということで運んで来てもらうことに。

メニューはブレッドとスープにサラダ、それからここでも目にかかりましたホリル鳥の焼き物。


朝食だけあってがっつくようなメニューでなく、鳥もさっぱりとした味付けで直ぐに食べ終えた。

ベルは……味もそうだが、物を食べられることに感銘を受けているらしかった。やはり、ベルは食事をするのが好きらしい。


 ◇◇◇


「この辺りで合ってるよな……」

「はい、確かにこの周辺です」


朝食を済ませた俺達は、昨日指定された場所に来ていた。

昨日見た庭園とは裏側、言うなれば裏庭の一角。石工や彫刻を行うのに良い場所ということだ。


「んーっ……いい所だな」

「はい、心地がいいですね」


すっきりした空といい、心地の良い風といい、開放的な空間は気分を良くしてくれる。これなら仕事も気分良く出来そうだ。

さて……仕事はっと。


「これか」

「はい、石を用いた神像の制作です…………大きいのを()()……」

「三体……俺の背丈よりでかいのを三体……」


思わず頭が痛くなりそうになる。彫刻家でさえ一つでひと月はかかりそうなものを、三体……


「本当に考えられた仕事の量なんだろうな……?」

「主様の天命(ギフト)の【細工師】ならば、作業量を極限まで減らして良い出来の物が造れるから……と推察します」

「まあ、じゃなきゃ回ってこないだろうしな……」

「ええ。それに今日一日で終わらせろというお達しでもございませんし」

「……三日、だろう……一日一体の計算かあ」


天命【細工師】の能力は、ガラス細工やら装飾品やら、彫刻や造形が得意になったり、罠を手早に仕掛けることが出来たりする。


俺の場合は天命の習熟度を上げたお陰で、その発展形にあたる「何処をどう削って彫れば理想の形を掘り出せるかが分かる」までに至っている。


通常、彫像を作る時にはかなり慎重に、それでいて的確に削っていかなくてはならない。紙にサラサラっと書いた絵と違い、やり直すのがほぼ不可能だからだ。

だが、俺のように天命を習熟させれば、それより遥かに早いスピードで作業を進められる。


なんたって、全体の何処をどのくらいやればいいかが分かっているのだから、あとはその通りやるだけだ。なんの問題も無い。


「よい、しょ……」


コンッ、コンッ……と、ノミに金槌を打ち付ける音と、次第に石が削れていく乾いた音が静かな裏庭に響く。


「主様、私は何をすれば」

「ベルは……そうだな、俺が彫った箇所をよく見て、仕上がりが荒れていたりヒビが入っていないかチェックしてくれ」

「承知致しました」


自分のスキルには自信を持ってはいるが……万一ということがあってはならない。まして今の俺は宮廷細工師。媚びるようなことをするのは少々不服ではあるが、ここに置いてもらうためには貴族方のご機嫌取りもせねばなるまい。


「(そうは言っても)」


やはり、俺やベルを見る視線を思い出してしまう。


「(気にしないのが吉だ、リノア。今は目の前の仕事に集中するんだ)」


今の俺には、こんなに傍に頼りになる使いがいる。それが何より頼もしく、心強く……嬉しく思った。


 ◇◇◇


集中していると、あっという間に時間が過ぎるもの。

一体目の神像の進捗が凡そ半分を超えるほどに差し掛かった頃、朝日はすっかり昇っていた。


「ベル、今どのくらい経った?」

「少々お待ちください」


おもむろに懐中時計を取り出し、カバーをぱかっと開く。


「午前十時を少し過ぎた頃です。私の記憶では作業の開始は朝六時三十分頃でしたので、主様は凡そ三時間半の間作業を続けておられました」

「三時間半!?……そんなに集中してたのか……」

「はい。途中二度ほどお声掛けをさせて頂きましたがまるでお気づきになられませんでした」

「それはその……すまない」

「いえ、別段重要な用事はありませんでしたので」


ご安心下さい、と言いながら時計を仕舞うベル。

しかし十時か……微妙な時間だな。昼食にはまだ早いが……


「昼食の時間まで、進める所まで進めてしまおうか」

「承知致しました、主様」

「今のところ、荒っぽかったりヒビが入ってたりは無かったか?」

「ありませんでした、続行致しましょう」


先程までは神像の後ろ側、背格好と髪型なんかを彫り出していた。次は前側……ご尊顔や、手に持った得物なんかを彫り出していく工程だ。

ここが最大の難所にして、最高に楽しいと思える箇所だろう。

勇ましいお顔や穏やかなお顔など、その神々のイメージにあった表情と、服装や装備品のディテールを施していく。


ベルの出自もそうだが、子供の頃の読書好きが高じて、今でも神話を詳しく覚えている。この方はどんな神様で何をしたんだ、とか、この神様は何を武器にしている、とか。そうした記憶の中から引っ張り出してきたイメージを、そっくりそのままではなく、多くの人がこれを見た時に広く理解出来て、且つ感銘を受けるようなものに仕上げる。

この神様は……


「…………よし、これで行こうか」


再びコンッ、コンッという金槌を打ち付ける音。

服を彫り、顔を彫り……腕、手、そして得物。大まかに形取ると細かく自然な形に削り、細かな飾り付けを施していく。


「おぉ…………」


彫り出しのチェックを行うベルが、思わず見とれている所もあった。

こりゃあ、仕上がりに自信が持てそうだ。あの天使様も褒めてくれていたのだし、もう少し自信を持ってもいいのかもしれない。

俺の頭からは、貴族方の嫌な視線だの何だのといったことは、すっかり消え失せていた。


 ◇◇◇


そのまま作業に没頭し続け、時刻は既に正午を過ぎていた。件の像はもうほとんど完成といった具合で、良い頃合いと見て昼食を摂ることに。

甲斐甲斐しく食事を届けてくれた使用人の方に感謝を述べた後、頂くことにした。


「んっ……これ旨いな……」

「んむむ、んんっ……んうぅ、ん」

「すまない、何も分からない」


口を見せる訳にいかないとの思いからか、口元に手をかざして何か言っている……が、当然よく聞こえない。

食べるのか話すのかどちらかにしろ、と言うと、どうやら食べることに集中するよう舵を切ったようだった。


「非常に風味が良く、食感も素晴らしかったです」

「あぁ、これは驚いた」


咀嚼していた物を嚥下し、ベルがそう言う。

食べていたのはシンプルな窯焼きのパンだが、恐るべきかな王宮の食事。

ネアズの宿の朝食も美味しいものだったが、これはその時の上を行くような出来栄えだ。


「ここの人達はいっつもこんなの口にしてんのか……」

「正直……少々。ほんの少々、羨ましいです」


じとっ、とした目付きになりながら恨み言のような何かを言うベル。食べ物が絡むと、普段のクールそうな顔つきも崩れるようだ。


「まあ、これからはこういう物を頂けるんだなぁ……」

「感謝と敬意と……ありがたさを一身に感じ続ける日々になりそうです」


昼食の入っていたバスケットを宗教画よろしく拝みながら言うベル。

こうして、穏やかな昼餉のひとときは過ぎていった。


 ◇◇◇


「ふぅ……よし、これで完成だな」

「お疲れ様です、主様」


ようやく一体目、戦神の像が出来上がる。得物の長剣を抜き身の状態で地に突き刺し、凛然とした立ち姿を以て真っ直ぐに向こうを見据える姿。

我ながら、なかなかシビれる出来のものになったと思う。


「それじゃあ……客観的な感想とかあるか?」

「感想、ですか……ふむ……」


暫し顎に手を当てて思案するベル。しばらくして、


「刀身に彫ってある呪文の部分が凄く荘厳で綺麗、でしょうか」


との答えが返ってくる。

力を入れた部分なだけに嬉しく、思わず笑みがこぼれる。こんな事ならば天使様の言う通り、最初から細工の仕事をしていた方が良かったんじゃなかろうか。そうすればそれなりの稼ぎを得て、故郷に根を下ろして……


……いや、ベルと出会えて、この宮廷細工師としてやっていけてることを考えると、このままでもいいかもしれない。


「さて……では報告に上がろう、陛下もお待ちだろうし」

「はい、早速向かいましょう。この出来ならばさぞかしお喜びになりますよ」

にこり、と凛とした笑みを浮かべたベルと共に、今朝食事を運んで来てくれた騎士の方に彫刻の番を頼み、陛下の元へと向か……


……おうとした、その時だった。


「…………っ……!?」


()()()()を感じた。

あの嘲るような、蔑むような……嫌な視線。間違いない。誰か……嫌味な貴族連中の誰かが、こちらを見ている。

何処だ……何処に……


「……はっ……!」


ふと視線を送った植え込みの辺りに一人、金髪の男がいた。男は俺と目線が合うや否や脱兎のごとく駆け出し、姿をくらませた。


「……何だったんだ、あいつ一体……」

「…………わかりません。ですが危害も加えてこなかった以上、今は追うべきではなく、あくまで報告を優先するべきかと」

俺が怪訝な顔をすると、ベルはそう言って促す。それには同意だ。

俺達は足早に、陛下の元へと向かった。


 ◇◇◇


「はぁ……はぁ……」


危ねぇ、あの細工師に見つかっちまった。

だがいいや、目当てはあんなつまらねぇ奴じゃねぇんだ。


「……マグダス様の仰っていた通りだ……あの娘、ただの見習いなんかじゃねぇな……感じる魔力の量が桁違いだ……へへ」


じゅるり、と品位のありそうな風体に似合わぬ舌なめずりをして、男は独りごちた。



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