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細工師と白龍、召し抱えられる

奇しくも俺はミュルダー出のパーティとして最も期待されていた一行のメンバーだったので、途中で抜け出ることともなれば陛下の御前に参って報告するのが当然の責務であろう。


…………一応、俺の脱退についてはあの嫌味な野郎(ルーネア)が報告を入れてあるとは言っていたが……


「……チッ」

「どうかなさいましたか主様」

「ああいや……すまない、悪態ついちまって」

「ここでならまだいいですが……王城の中ではくれぐれもご留意ください。否応なく主様の今後に関わります」

「ああ……気をつける」


思わず舌打ちをしてしまい、ベルにお咎めを受ける。

なんだってこんな時にもあんな奴の顔が脳裏に浮かぶのやら。


今すぐ全ての記憶から追放してやりたいくらいだというのに、くそっ。

人間、嫌な奴ほどよく覚えているのかもしれないな、なんてことを考えながら王城へと足を進める。


 ◇◇◇


市街の中心部に向けて歩みを進め続けると、やがて広場が見えてくる。

そこから更に上でに見える格調高そうな階段や、広がる庭園やらは相変わらず、一種の威圧感を感じさせて来る。


「ルーネア・ジークスの一団に居りました、【細工師】のリノアです」

「伝達は既に。どうぞ、此方へ」

「ありがとうございます」


ここまでで既に軽く胃にダメージを感じながら、番兵の先導に着いて謁見の間まで向かう。

まだ門をくぐって城の中へ入ったに過ぎないが……


「(何度来ても慣れないな、ここは……)」


格式張った作りの廊下やら、豪勢な絨毯やらは、普段自由と冒険の中に生きる自分達冒険者にとっては十分すぎるほどに緊張を与えてくるのだ。


心做しか、顔色が悪くなっているような気さえする。


「主様、気をしっかり。まさか首を撥ねられるようなことはありませんでしょうが、万が一には私が必ずお守り致します」

「うん……ありがとう……」


また違うベクトルの重みがのしかかって来るのを身に染みて感じながら、件の間へと進んだ。


 ◇◇◇


「【魔剣士】ルーネア・ジークスが筆頭の冒険者一団の所属でありました【細工師】リノア、只今参上致しました……隣は……旅の途中にて弟子として取りました、ベルと言う者です」

「ベルでございます、グロア陛下」


さっ、と膝を着いて頭を垂れる。


「うむ……先ずは此度の任のこと、ご苦労であった」

「はっ……!」


俺とベルの前に座する、白い髭を蓄えた老翁。

ミュルダー王国現国王、グロア・ミュルディアその人だ。


(おもて)を上げよ」

「はい」


俺とほぼ同じタイミングで、ベルも顔を上げる。

陛下は結構、と言うように頷き、続ける。


「此度の事次第は、既にルーネアから一報が入っておる」

「はい…………陛下からのご支援を賜りました上に、ご期待には添えず、誠に申し訳ございません」


俺がそう言うと、陛下が返された答えは思惑と違うものだった


「何を言っておるか。元々冒険者稼業に向かぬ天命(ギフト)のお主がパーティ連れとはいえ、カロウルにまで到達出来たのだ。関心こそすれ、何を詫びることがあるか。もっと己の成果を誇るが良い」

「はっ……何とも寛大なるお言葉、身に余ります」


再度頭を下げて言う。

陛下は満足そうなお顔だが……向かって右に控える側近のマグダスと、左に控えるバノウ将軍は、俺……いや、俺達に対して、あからさまな嫌悪の視線を向けていた。


理由は単純だ。

父親が早くに亡くなり、高貴な身分で無かった俺を、貴族出のルーネアが率いる一団に属する程の技量を付けるためと、陛下が幼い俺にご助力を下さったからだ。


生まれたご子息がことごとく早くに亡くなられたと聞く彼自身の過去故か、それとも単なる王侯貴族の気まぐれか……


何れにしても、側近連中が『平民上がりで優れた天命持ちでもないのに、何故そこまで』と、そう考えて疎ましく思っていることは、想像にかたくない。

だが……今の俺は最早冒険者ではない、一介の細工師。


これ以上陛下を頼る理由もない。王都で店を持ち、この貴族らの権力争いから逃れ、静かに暮らしていこう。

…………そう、思っていたのだが……。


「ではリノア、そなたは儂が召し抱えようぞ。宮廷細工師としてな」

「は……?陛下、それは……」


予想外だ。てっきりもう向こうから俺への干渉も無いものだと思っていた。


「む?無論待遇は良いぞ。そこな弟子のベルとやらも住まわせよう」

「い、いえ陛下、私共はそこまでして頂かなくとも」

「良い良い、食うにも良く賄える給金もあるし、住むに困らんぞ?それに、儂の見るところではお主はもうほぼ銭も無かろうて」


見透かされていた。

確かに今の状態では、泊まれて一泊。ましてや活気づいた王都、宿なんて高いところばかりだ。


僅か一日の間に店構えに、注文受けに、仕事……限りなく難しい。

いやしかし、ここで陛下を頼ってしまうのも……


「…………」

「……っ…………」


その時目に入ったのは、何処か物悲しいように眉を寄せる陛下の顔だった。


「(……ここで断るのも、陛下に対する無礼か)」


そう思った俺は、言葉を以て決めた。


「有り難き幸せ……謹んでお受け申し上げます」

「……お主は、そう言ってくれると思っておったぞ」


手と膝とを地に着き、頭を低く下げる。

この日から俺は宮廷……ひいては国王陛下直々のお達しで王城お抱えの細工師として働くこととなった。



 ◇◇◇



早速明日から仕事が入るものというので、俺とベルは割り当てられた王城の一室で休むこととした。

大浴場に行きたいとも思ったが……先程のこともあり、側近連中と顔を合わせるのは避けたかったので、部屋に備え付けてあるバスを利用した。


「ふぅ…………」

「お上がりですか、主様」


風呂から上がると、一礼してベルが迎えてくれる。


「うん、お先に」

「では、私も利用させて頂きます」

「ああ、行ってらっしゃい」


再度一礼して浴室に向かうベルを軽く見送り、軽くソファに座って考え事をし始めた。


「(側近マグダスにバノウ将軍……思えば昔から俺に対する目は厳しかったっけか)」


曲がりなりにも、彼らは良家の生まれ。血筋のみならず

、マグダスは多くの魔法を操る【大賢者】の天命を持っており、宮廷魔導師達をまとめ上げる。

バノウは身体能力と武器の攻撃力が飛躍的に上昇する【戦鬼】の天命を持ち、国王周辺のエリート達たる近衛部隊の首魁。

両者とも能力の上でも地位の上でも長けているものだから、さしもの身分に分け隔てなく接しようとする陛下でも登用しないわけにはいかない。


貴族特有の家柄や血縁の関係もあるだろうし、そういう意味でも俺をここまで重宝してくれるのは、なんというか一種「子代わり」のような扱いぶりだ。

陛下を疑うわけは無いが、こうなると寧ろ陛下の方が心配になってくる。

魔族に対しても穏健な考えを持つ御方で、現在の戦乱にて発生した難民の受け入れも積極的。

どころか、出来ることなら魔王軍側とも最終的には平和的な解決を望んですらいる。


魔王討伐はあくまで他国との足並みを揃えるためと……側近や貴族連中が魔族に対して強硬派ばかりで、取り決めなければやっていけないような状態になったからだ、と伝え聞く。


ならばそんな連中などクビを切ってやればいいのに、と俺も思ったのだが、話を聞いた限りでは……


────────


『陛下、何故マグダス様やバノウ様をご登用なさるのでしょうか?穏健派で通していくには、どうやっても彼らを筆頭とする強硬派は障害になります』

『なに、急がんでも良いのだ。じっくりと考えれ、諭せばきっと分かってくれる。頭が切れる奴じゃからのう……マグダスも……バノウもな』


────────


……こともあろうに、あの頭のお堅い側近連中も説得できるとお思いだ。

無謀と言おうか、お優しいと言おうか……温厚で人を疑わない陛下らしいと言えばそうだが……裏を返せば、自分がそうと決めていることはとことんまで、というようなある種の頑固とも言える。


それが、過激な徒党の人間を煽る引き金にならなければいいが……


「主様、上がりました」

そんな事を考えていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。どうやらベルが入浴を済ませて出てきたようだ。


「ああベル、ゆっくりできた?」

「はい、少々長風呂になりましたが」


長風呂になった、と言うことを聞くと、そんなに長い時間考え事をしてしまっていたか……と、せっかくいい場所でくつろげるのに面白くもないことに体力を使ってしまっていた自分を思い、思わず少し苦笑する。


「……?どうかいたしましたか?」

「ああいや……つまらないことを考えてたらベルが上がってきちゃったからさ。そんなことにずっと時間使ってたのかー、なんて」

「つまらないこと、ですか。具体的には何を」

「あー……政治的な話……?」

「ふむ……無計画な主様にしてはいい考え事だったと思います」


思ったよりガッツリ言ってくるなあ、この子。


 ◇◇◇


その後暫くゆっくりとしていると、お使いの騎士が書状を持ってやって来た。


どうやら早くも明日から仕事をさせてくれるようで、制作してほしい彫像の概要や、何時から何時まで、というようなスケジュールを口頭で説明された後に、改めて書き物を手渡された。


「作業初めは……朝早いな。今日は早めに休もうか」

「…………そうですね、この時分ですと昨日よりも早くになりますね……はい」


何だかベルのテンションが嫌に低い。むす、としたような顔をして、目つきもじとりとしたものになっている。


「どうしたんだベル、何か嫌なことでもあったのか」

「…………別に、何もありませんが」


いや何も無いわけないでしょそれ……


「何かあるだろ……何なんだ?」

するとベルはおもむろに口を開き、言う。


「夜ご飯食べさせてください」


……かくして。

浮いた今日の宿代は、全て城下町にて夕飯となり露と消えた次第である。


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