細工師、天命を開花させられる
………………遠のいていた意識が、徐々に戻ってくる感覚。おかしいな、俺は確かに死んだはずじゃあ……。
いや、死んだことなんて無いから確信は持てないけど、今さっきの感覚は紛れもない現実のそれだった。
魔人の魔力の圧縮された一撃を喰らってボロボロになり、挙句胸を貫かれ、身体は地面に無惨にも転がっていたはずだ。
「(…………だったら今、俺はどうなってるんだ)」
俺はゆっくりと、瞼を開ける。するとそこには────
「大っ変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
────俺に向かって土下座する、よく分からないけど声の大きな人が居た。
◇◇◇
「えーっと……何から説明すればいいですかねぇ……」
白い衣を着た金色の髪の青年は、忙しなく両の人差し指をくるくるとやりながら言う。
「とりあえず……ここは何処で、貴方はどちら様ですか」
「はい……ここは天界、私は人類担当部署の一柱やらせてもらってます、天使のキルマと申します……あっ、一応リノアさんの個別担当です……」
キルマと名乗った天使様は、なんだか申し訳なさそうに口早にそう言った。
「それでキルマ様」
「様は結構ですよぉ……」
「じゃあキルマさん」
「さんもちょっと……まあいいです……」
なんだか天使らしくないというか……随分俗っぽい気がするぞ、この天使様。態度もなんだか自信なさげだし、本当に大丈夫なのか……?
一先ず、俺は確認を取る。
「率直に言って、俺は死んだんですか」
「はい、そりゃあもうぐちゃっと」
死んでましたお疲れ様でした。
「死んでたんですけれどぉ……」
「けれど……?」
何か続きがあるような口ぶり。一体何を言い渡されるんだろうか?生前の行いで扱いが決まるとか……
「今から生き返ってもらいますぅ……」
「なんだ生き返る……………………生き返る!?」
「はい、ぱーって」
ちょっと待ってくださいね天使様、頭の中で情報が整合しません。
「そりゃなんでですか?」
「そのですね……今回のことは担当である私の大失態でして……」
「大失態……?」
「はい……リノアさんの人生は本来ここで終わることは無かったんですよぉ……」
両手の人差し指を付き合わせながら、焦りの色を浮かべ続けるキルマさん。
「元はと言うと……リノアさんに授けた天命が未だ完全に発現していない状態にあるってことなんです……」
「完全に発現していない……ってことは、まだ何か能力があるって事なんですか?」
「その通りです……それも、そんじょそこらの細工師とは違います……世界中どの国を回っても、リノアさん以外には居ないんです……」
なんだそりゃあ。驚いたなんてもんじゃ収まり切らない。世界に一つしかない天命を持ってるのか、俺が……。
「なんですけれど……予定してたより発現が大分遅くって……人生が上手くいっていないか心配だったので下界に人の姿で様子見に行ったんですよぉ……」
「下界に……人の姿で……?」
一瞬、脳裏に心当たりのような、気づきのようなものがよぎった。
「まさか……高地に居た子供……!?」
「………………はい……」
すこぶるバツの悪そうな顔をし、目線をちら、と逸らす。
成程、『大失態』というのはこの事だった訳だ。
天命の完全な発現が予定より遅れているのに気づいたキルマさんは、子供の姿で俺の様子を見に来た。
そんなことは当然知る由もない俺は、迷子か何かだと思って子供もといキルマさんを庇い、あの魔人に敗れて死んでしまった、ということだ。
「申し訳ないですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ頼みますから上申だけは勘弁してくださいいいいいいい」
ぐりぐりぐり、と摩擦熱で煙でも出そうなくらい頭を擦り付けるキルマさん。
「えっとつまり……生き返らせて天命も開花させるから黙っといてくれって事ですか」
「『黙っといてくれ』じゃないですよぉ……いつの日か人生を終えた時に『僕のミスで一回死んだってことを言わないで』ですよぉ……」
同じだろうがそれ。
要するに蘇生と天命の開花は刺し詰めお詫びの気持ちをつけた口止め料ってところだろう。
まあ、人生が安泰なら文句は無いが……
「それってどんな力なんです?」
「口で説明するのがめんど……んんっ、難しいので一先ず生き返ってからでいいですかねぇ……?」
「貴方今めんどくさいって言おうとしましたよね」
「してませんし言ってませんよぉ……」
「そうですか…………」
出会って数刻しか経っていないが、これ以上の問答も無意味だろうと何となく察し、俺は追及を諦めた。
そろそろ蘇生して能力を説明される頃かという時分、ふと一つのことが気になった。
「すみませんキルマさん」
「あっ、なんですかぁ……?」
「俺の身体ってまだ彼処の高地にあるんですよね?」
「はい、時間は経ってますが蘇生に問題はありませんよ、なにか……?」
「だったら、俺を殺したあのデカブツ魔人がまだ居るんじゃないんですか?だったら悠長に説明されてる暇がないと思うんですけれど……」
「あっ、それは心配いらないですよぉ……先程からすこーし時間が経ってますので、魔人はあの高地にはいませんし、雨もすっかり止んでます、はい……」
復活できたとしても、あれがまだ居るのでは命がいくつあってもまともに説明なんて受けられるわけが無い……と思ったが、その心配も無用だったようである。自信なさげな印象があるとはいえ、流石は人間の行く末を握る天使様と言ったところだろうか。
「では、そろそろ復活させますので……よろしいでしょうかぁ……?」
「はい、お願いします」
「では行きますよぉ…………いち、にの……はいっ」
一瞬、ピカっと脳裏に閃光が瞬いたような錯覚。それと共に訪れたゆっくりとしたまどろみに身を委ねるようにして、俺は意識を手放した。
◇◇◇
『──────』
「(ん、んっ…………)」
脳裏で誰かから名を呼ばれたような感覚がして、ゆっくりと瞼を開く。柔らかな草に寝転がっているようだ。空は夕暮れ時らしい橙にじわりと染まっている。
先刻の事が気になって、思わず身体を起こして胸元を手で触る。
穴は……空いていない。身体を見回してみても、何処からも痛みや異常は感じられない。
つまり、そういうことだ。
「戻って来れた……か……」
安堵からもう寝てしまいたくもなりはしたが、この濡れ切った服では風邪を引いてしまいそうだと起き上がる。
すると、俺の頭の中にキルマさんの声が届いて来た。
『もしもし……聞こえてますでしょうかぁ……?』
「あ、はい……大丈夫です……」
おいおい、脳内会話でも自信が無いような声色とトーンなのはどういうことなんだ……本当に大丈夫か、この天使様。
『あっ、よかった……えと、じゃあ早速説明させてもらいますぅ……』
「説明……って、俺の天命ってしっかり開花してるんですか?特に何も感じないんですけれど……」
『それは安心してくださいぃ……蘇生と同時にやっておきましたからぁ……今のリノアさんは立派に唯一無二の細工師さんですぅ……』
貴方の声の調子だと安心できないんですよね天使様。
「は、はぁ……わかりました……お願いします」
『はいぃ……がんばりますよぉ……』
頑張るのは俺の方だと思うんだが……まあもういいか……
「それで……俺は何をすれば良いんですか」
『今、高純度の魔鉱石持ってますよね?』
「ああ、はい……あります」
俺はポーチから魔鉱石を取り出す。旅の区切りの餞別に貰ったあの魔鉱石だ。
『それで何でもいいので像を彫り出してください』
「像を……魔鉱石で……?」
【細工師】としてやってきた手前、魔鉱石や魔水晶で制作する彫像があるのは知っているし、自分もパーティにいる時分に依頼があったものだから作ることもあった。
だが、それをなぜ今……?
『早くやってくださいぃ……やらなきゃ進められません……』
「わかりました……」
高純度の魔鉱石や魔水晶なんかを彫る時には、専用の魔金属の彫刻刀やノミを使わなくてはならない。そうしなければ、綺麗で整ったものにならないからだ。
「んっ……んっ……」
コン、コン、と小槌をノミに当てて、大まかな形を彫り出していく。
我流になるが、ノミで形をとった後、魔金属の彫刻刀で削っていく……というのが手順だ。
通常の石材ならば彫刻刀は使えないが、魔金属製の彫刻刀は硬度が非常に高く引き上げられているため、魔鉱石を彫り出していける、という寸法。
「ふっ、ふぅ……」
ひたすらに削り、彫り、形を浮き上がらせる。
職人と呼べるほどのものでは無いが、退屈なようで精密で繊細、そして何より大事な時間が流れていく。
『器用ですねぇ……』
「【細工師】ですから。それが普通ってか当然じゃないんです?」
『【細工師】の方々の中でも中々に抜けてますよぉ……冒険者じゃなくてずっと職人さんだったら良く稼げてましたよぉ……』
耳の痛い話をされてしまった。
◇◇◇
陽が落ち、次第に空を暗い色が占め始めた頃。
「よし、そろそろ……っと」
『できましたかぁ……?』
「はい、できましたよ」
造り上げたのは、ドラゴンの彫像。威嚇するように口を開き、翼を広げた、躍動感のある像。元々手頃な大きさの魔鉱石の為に、そこまで大きな物じゃないが……小さいサイズでここまでというのは、我ながら感激できる出来映えだ。
ドラゴンの身体を台座から浮き上がらせる為に、尾を台座と接合させて立たせてある。
魔鉱石の硬度あっての芸当だ。
『おぉ〜、ぱちぱちぱち……』
感心してくれてる……んだろう、うん。そう思おう。
「それで……これがどうしたんです?」
彫像を作ったが、今のところ変わったことは何もない。
『ここからですよぉ……リノアさん、貴方の本来の天命はなんだと思いますかぁ?』
「本来……あっ、あらゆるものを再現出来たりする……とか」
『違いますよぅ……』
違った。もしそうなら凄まじいと思ったんだが……
『リノアさんの天命は【神代の細工師】……生命を創り出す力を持っているんですぅ……』
「生命を……創り出す…………!?」
どういうことだ、文字通り神の力じゃないか。
『簡単に言えば神様方の力の一端って感じですねぇ……』
「あ、あの……それで、その」
『ああ、「どうしたら生命が生まれるのか」ですか?』
「はい……」
心の内をぴたりと言い当てた。この辺りも流石天使様と言わざるを得ない。
『では……今から言う言葉を、その像に心を込めて唱えてくださいねぇ……?』
「……わかりました」
『では……こほん。「生命よ、現世に降りて我が手より生まれよ」です。百聞は一見にしかずです、一度やってみてください』
「は、はい…………生命よ、現世に降りて我が手より生まれよ」
俺が像に向かってそう唱えると────
「うおぉっ……!?」
────像が手から離れ、眩い光を発し始めた。