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細工師、追放される

「という訳で……【細工師】リノア。君はクビだ。今すぐにこの一団を抜けたまえ。ああ安心してくれ、手続きは既に僕の方で通しておいたからね、はははっ!」

嫌に耳障りな


……カロウルという街の宿屋の一室。


俺ことリノアは俺が属する冒険者の一団の長、ルーネア・ジークスによる呼びつけを受けた。

そして、パーティのメンバー総員が揃い踏みする場でこのように告げられた訳である。


理由なんていうのは自分が一番よくわかっているが……


「…………一応」

「……ん?何だって?」


首をもたげ、わざとらしく聞き返してくるルーネア。こんな嫌味ったらしさを持った奴だというのに眉目秀麗で文武両道の人間だから、その一挙手一投足が───美貌も手伝って──余計に煩わしいと思えてくる。


「一応、理由を聞かせて貰えないか。二年もこのパーティに居たんだから──」

()()()()()()()()……だろう?」


本当に、頭のてっぺんから爪の先まで嫌味ったらしい奴だな……。

「……『居させてもらった』から、聞いておきたい」

そんなものだから、こちらも思わず気分が悪くなり、少し顔をしかめながら吐き捨てるように言う。


すると奴は、ふんっ、と鼻で笑うと、

「なんだい、言わなきゃわからないかい?ハッ、君が約立たずで僕らに必要ないからに決まってるだろうが!居てもいなくても困りはしない、いや寧ろ嬉しいくらいだね!そうだな……ちょうど薬草の絞りカスみたいに!」

「おいルーネ、いくらなんでも言い過ぎだろう!」

ガタンッ、と音を立てて、それまで話を共に聞いていた【アークウィザード】の天命を持つローライ・リッドが椅子から立ち上がって言う。


「言い過ぎだ……とはどういうことだいライ。何が違うのか僕には理解に苦しむよ」


パーティのメンバーであるフィーネ、シュルア、メトの三人の女冒険者を侍らせながら、端正な顔に余裕たっぷりの表情をつけて返すルーネア。


「確かにリノの天命(ギフト)は【細工師】……冒険者としてやってくには不向きな天命だ。けどこいつは……リノは並の冒険者と比べても遜色ない実力を持ってるのは知ってるだろう」

()()()()()じゃダメなんだよ、ライ……君も分かっているはずだが」


スッ、と足を組んで俺達の方を見やるルーネア。

「僕ら一団の狙いはただの一つ!最短距離での魔王征伐の栄誉さ!」


自信に満ち溢れた顔をして高らかに言い放つ。

太古の昔、大陸の禁足地に封印された魔王ディルミノス。今から七年ほど前、奴と魔王軍は封印を打ち破って復活し、今や各地で猛威を振るっている。その首魁たるディルミノスを討ち取れば、それによる報酬も、栄誉も、名声も、その全てが莫大で唯一無二の物となり、自分の手中に入る。


……貴族の家の出らしい、かなりの野心家ぶり……しかしこいつの場合は、【魔剣士】の天命というカードと、自慢とする魔剣グラディオの絶大な威力と魔力、そして何より、奴自身の卓越した剣の技量があるため、ひょっとするとそれは夢物語ではなく現実のものに出来るかもしれない、と不本意ながら思ってしまう。


かくの如し輝かしい方針を口にするルーネアに、ライがすかさず言い返す。


「その目標が問題だってんだよ。いいか、お前が言うようにウチのパーティなら魔王討伐が可能かもしれない。お前は【魔剣士】で俺は【アークウィザード】、フィーネは【槍術士】でシュルアは【大賢者】、メトは【大召喚士】……なるほど魔王討伐には申し分無さそうだが」

「そうだろうそうだろう?我が輝かしき一団、見たまえよこの戦力!この天命!そしてこのカロウルの街にまで到達している実績!カロウルギルドに言ってみればミュルダー王国出の冒険者パーティは僕達が最初だとさ!」


それを聞き終わると同時に眉を寄せ、キッと目付きを鋭くするレイ。


「ああ確かに進度で言っても俺たちはエリートの部類かもな、だがそのせいでリノはついてこれてねぇんだ」


いいか聞けよ、と続けて


「ルーネアの言う通り、『最短距離で』俺達はこのカロウルまで到達してる。だがここまで来るのにはかなりの無茶があった。それは上位天命を持つ奴らだから乗り越えられてたってだけだ。鍛錬によって他の冒険者よりも実力こそあれ、非戦闘職の【細工師】のリノがついていくには難しすぎるんじゃねぇのか?それでこの状態ならそれはお前の…………いや、()()の協力ミスだ」


熱籠って雄弁にまくし立てるライを見て、ニヤリとしたように口角を上げ、目を閉じ、微笑むような顔をしながらルーネアは口を開いた。


「ああそうだよ」

「だったら」

「だからこそ彼には抜けてもらわなくちゃならない……なんたってついてこれないんだからね」


立ち上がり、ミスを認めたことに対して詰め寄るライを片手で制してながら、にこりとした顔で言う。


この野郎……とことんにまで癇に障る男だ。

ここまで頭を回して反論してきたライを心底バカにしているようで、こちらまで腹が立ってくる。


「それにしても君……随分リノアくんを庇うねえ。我が一団に入る以前からの長付き合いの友達がそんなに一緒にいて欲しいかい?」

「てめぇ……!」


このひと押しは流石のライも腹が立っているようで、杖をギリッと強く握りしめた。強く握ったことによって擦れ、爪がくい込んだ痛々しい痕が見える。


「まあ…これ以上僕に意見しても無駄だよ。既に脱退の届けは提出してあるし、ギルド経由で王国への申請も済んでいるからね」


元通りソファに腰を下ろしながら、勝ち誇ったかような顔で俺の方を見てくる。

嗚呼。俺は悟った。此奴は何も昨日の今日に俺を追放することを決めた訳じゃあ無い。

段取りの早さ、行動の徹底ぶり……恐らく数日と前から、女連中にも息をかけて俺を追い出す計画を練っていやがった訳だ。


くそっ、温室育ちの坊っちゃんが。


迷惑をかけるまいとして、必死こいて鍛錬なんざしてきた自分が酷く滑稽に思えてきた。こんな事ならば自分から離脱すると言えばよかったが……


「………………」


こんな申し訳なさそうな目で見てくるライには……言えねえよなあ。

ライは天命も並外れて優れた【アークウィザード】で、頭の回るのも早くて、このパーティでも(男相手には珍しく)ルーネアが大層気に入って、一団の頭脳に据えているほど信頼を置かれている。


なのに、こんな冒険者稼業に欠片ほどしか役に立ったことの無い【細工師】の俺を庇ってくれるような奴だ。

俺が「パーティを抜ける」なんて言い出したら、まず間違いなく気に病むことだろう。


ふと、ルーネアの方に顔を戻すと、フィーネ達女連中が俺をバカにするような目と表情でくすくす笑いをし始めた。

一発顔面に入れてやろうかクソアマ共。


「そうそう、せっかくだから君にもう少し言っておこうか」

……などと考えていると、不意にルーネアが俺に言ってきた。

「何がだ?もう俺の追放処分の通告は終わったし、嫌がらせも済んだはずだろ」


この期に及んでまだ何か嫌味を言うつもりか、と思いつつ耳を貸す。


「本来ならばもう半年くらい早く君を切り捨てるつもりだったんだけれどねえ。どうにもどこかの誰かさんが説得してくるもんだから僕も些か迷っていたんだよ」

と、ライに向かって目線をやりながら。

「……っ……!」


俺ははっとした。半年。それだけの長い間、ライは奴が俺を追放するのを引き伸ばしてくれていたのだ。

なんて奴だ……そこまでして、俺の事を捨て置かせまいとしてくれていたなんて。


「さ、話は終わりだ。登録は既に抹消してあるが……心の優しい僕が今日と明日朝の分のの宿代は払っておいてあげるよ!最後の快眠をたっぷり味わってくれたまえよ!あっはっはっはっは!」


側に撓垂(しなだ)れ掛かる女連中と共に奴が発する下品な高笑いを背に浴びせながら、俺は部屋を後にした。


 ◇◇◇


「クソっ、あの野郎っ!!」


自分の泊まる部屋に入った俺は、鍵をかけるなりベッドに倒れ込み、腹から声いっぱいに叫んだ。……最も、げんなりしていて声が張れるようなテンションでなかった為に、自分が思っているほど大きな声は出ていなかったかもしれないが。


「…………どーすっかなぁ、これから」


寝転んだままでそんなことをつぶやく。どうしたもこうしたも無いだろう。既に自分一人では凡そ冒険者稼業など不可能に近いとわかってしまっているのだから。


「まぁいいや、寝よ……」


馬鹿らしい。

俺はそんな事を思いながら瞼を閉じ、溶け込むように意識を落として行った。



 ◇◇◇



翌朝。日が出始めて間もないような早くの朝から、俺の部屋のドアがドンドンと叩かれる。


「…………んん?誰だ、こんな朝早くから……」


まだ眠気はあるが……仕方ない。


「はぁい……」

「おはようリノ。すまないな、こんな朝早くから」

ライだ。

「あぁ……どうした、ライ」

「ああその……挨拶をと思ってな」

こんな時になっても真面目な奴だなぁ、つくづくルーネア(あいつ)の下に居るのが勿体なく思えるくらいだ。


「そっか、わざわざありがとな」

「いやいや……本当にすまない、何もしてやれなくて」

「何もしてやれなくて……って、お前は十分過ぎるくらい手を尽くしてくれただろうが。お前が説得してくれてなかったらもう半年早く抜けることになってたんだろうし」

この部分に関しては、本当に感謝しかない。

「いやあ……それくらいしか出来なかった」

「そんなに気を負わなくてもいいじゃねぇか……第一、いつかはこうなるだろうな、って俺も思ってたんだよ」


そうだ。寧ろ遅すぎたくらいだ。【細工師】なんて冒険者向きじゃない職が、この街に着けたのが奇跡ってくらいに。


「……まあとにかく、俺達はまだ魔王征伐を続けるが……リノはどうするんだ?」

「俺は……そうだな、国に戻って彫刻や飾り作りの仕事にでも就くよ。俺の天命(ギフト)ならいい収入も見込めそうだし」

「そうか……でも大丈夫か?ここからミュルダーまでは結構距離あるぞ。魔物も凶暴な奴が多いし……」

「それはまあ……何とかするさ。上手く他国の旅団とかに拾ってもらったり、さ」

「そうか……こんなこと言えないかもしれないが、頑張ってくれ。おっと、それと……」

「なんだ?」

ライが何かを取り出して俺に手渡す。

煌めく大ぶりな石だ。見る角度によって青や透明に色が変わる神秘的な石。これは……


「高純度の魔鉱石じゃねぇか!なんで……?」

「洞窟の魔物退治の任務の時に一緒に採掘してただろ?その時に掘り当てた一品さ。餞別に持って行ってくれ」

「こんな貴重な物を……いいのか」

「俺は俺で色々あるからよ。持ってけ持ってけ」

「ありがとう、ライ」

「いいってことよ……それじゃあな、リノ」

「気をつけろよ、ライ」

ああ、と答えて、ライはドアを閉めて去っていった。


俺は魔鉱石をポーチに仕舞いながら、心機一転、新たな門出を心に誓った。

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