第56話「在過の罪と鎖 3」
この時本気で絞殺そうとしていたのかもしれない。
教室に担任が来る前にリクが戻って来て在過の状況を発見し、在過はリクに止められた。
「おい! なにやってんだ馬鹿」
「あぁ? 離せよ! お前に関係ないだろう。こいつは絶対に許さない」
首を握り潰そうとしている在過を引き離そうとするリクだが、瞳孔が大きく開き、息を荒げ周りの声も理解していない状態。
自分自身でも、なぜ暴走状態になっているかも理解せず、ただ目の前にいる暴言を吐いた相手に同じ痛みを経験させてやる……そんな精神状態。
誰が呼んだのか覚えていないが、複数人の教師が教室に現れ、お互いが引き離される。泣きじゃくるクラスメイトが目の前で慰められており、他のクラスメイトや教師が在過に対して批難する。
「近藤! お前は……なにやったかわかってんのか! 親が親なら、子はクズだな。お前は俺と一緒に来い」
「土下座して謝れ!」
「泣かされて可哀そう」
「給食泥棒が、学校にくるな!」
二人の男性教師に左右の腕を拘束され、身動きができない在過は周りの見下す視線や、危ない人を見る視線を向けて、言葉を投げかけている。
何年、何十年経過して社会人になったとしても、消える事のない記憶として刻まれる。
「それおかしいだろ? 全部、在過が悪いみたいになってっけど。ブルドック先生、状況みてねーじゃん。俺も詳しい場面みてねーけど、コイツの事だから、また馬鹿にされたんだろ」
リクは、顔が垂れている、担任教師に反論して在過を庇ってくれようとしていた。
二人の教師に引きずられるように教室を出ている最中も、リクを後を追ってきて訴えてくれている。
そんなリクの姿に、ゆっくりと冷静さを取り戻した在過だか、すでにやってしまった事件はなくならない。
「いいから、君は教室に戻りなさい」
「なんだよ! 俺の話聞いてねぇ―じゃん。そいつ、まったく悪くねーし」
「はいはい、後で聞いてあげるから、教室に戻れ」
「っんだよクソ。ブルドックが偉そうに」
職員室の扉を蹴り飛ばすと、リクは教室に戻って行く姿を眺め、教師二人に捕まったまま職員室に入って行く。さらに奥にある校長室の部屋までくると、校長先生、担任教師、生活指導員の構図で囲まれる。
「まぁ、座りなさい」
校長が手前のソファーに誘導され座る。左右に教師が座り、在過は逃げられないような形で挟まれる。
「君の家には電話を入れたから、いま来てもらうからね」
「……」
当然の処置だろう。
それからというもの、謝罪しなさい、君が悪い、子供じゃないんだから大人になりなさい。と先ほどの喧嘩に関する質問が、徐々に在過の家庭内に状態について探るようになっていく。
給食費が支払われていないが、お金がないのか?
毎日、ご飯は食べているのか?
お父さん、お母さんとは会っていないのか?
質問内容に対して、在過が思う気持ちは……ひとつだけである。
【面倒くさい】と。
どうせ彼らに何を言ったとこで改善するわけでもなく、ましてやお前たちも一緒になって給食費を払わない事を馬鹿にし、教室内でみんなに吹聴するでないか。そんな彼等に現状を話せば、今後入学してくる妹達の状況はどうなる? 同じように馬鹿にし、恥ずかしめ、教室内で吹聴するのだろう。
どのくらい時間が経ち、どのくらい質問攻めにあっただろうか。校長室の扉が開き、居酒屋の準備で忙しい祖母がやってくる。何度も繰り返し頭を下げ、周りにいる教師たち全員に【申し訳ございませんでした】と謝っている。
罪悪感と悔しさで、気持ちがいっぱいになっている状態で、なにもしていない祖母は何度も頭を下げている場面が、苦しかった。
午後の授業は見送ることになり、早退と言う形で祖母と学校を出る。
何も会話することなく、無言状態のまま車に乗り、外の景色を呆然と眺める。目の前の信号が黄色から赤に変わり、ゆっくりと速度が減速して停まる。
「おばあちゃん、買物行かないといけないから、在過も来るかい?」
返事をする気力もなく、ただ頷く。
祖母は、優しい笑顔でコチラを見て頷いた。




