第55話「在過の罪と鎖 2」
自分の頭の中で、自分自身に訴える。お前は過去に起こしたことを忘れて、自分だけ幸せになるつもりなのかと。
近藤在過は、中学3年の頃に、クラスメイトを殺しかけている。
近藤在過は、中学3年の頃に、妹を2度殺しかけている。
愛知県一宮市萩原町に住む、2階戸建ての庭付きに兄妹3人揃って母方の祖父と祖母が暮らす戸建て引取られていた。祖父はお酒ばかり飲んで働かず、祖母は朝から次の明け方まで居酒屋経営をしながら掛け持ちをしていた。
いつ寝ているのか? いつ休みがあるのか?と思うほど祖母はずっと働いている姿を見ていた。しかし、そんな祖母が稼いだお金も、祖父のお酒と息子の借金返済にほぼ全て消えていたことも、当時中学生だった在過は知っている。
そんな状態で在過が問題行動をするキッカケとなったのが給食費である。
「今日も貧乏神がタダ飯食べてまーす」
「ねぇ、机離してくれない」
「今日のカップアイス俺もーらい」
給食時間になると一部のクラスメイト達が同じようにして言葉を投げかけてくる。そもそもの発端は、生活指導の先生がクラス全員の前で、在過が給食費を払っていないけを面白おかしく発言したことからだろう。良くも悪くも、不良学校としても有名だっただけに話のネタにされるのは必然だった。
「おい、それ返せよお前のじゃねーだろ?」
「うっわ、リクは在過の味方かよ」
「はぁ……事情も知らねぇと女かよお前」
この光景も同じように、在過が何か言われるとリクが助け舟を出してくれる。小学校時代からの付き合いでもあるし、親の借金、不倫騒動、ヤクザ騒動も全て知っている唯一の友達と言えるだろう。
友達と言うには、助けられた恩が数知れないが、母親のお兄さんとヤクザ関連で危機的状況になって母子寮と呼ばれる場所に2ヶ月ほど避難していた時は、リクに大変お世話になったのを今でも忘れられない。
学校にいる間は、なんども言われ続けていると慣れるものだが、修学旅行の時期に学校で問題を起こしてしまう。憧れと東京デステニーランドと言われる、子供から大人まで人気なキャラクター達がいる場所への旅行。
東京方面へ行けると言う憧れと、旅行と言う憧れを妄想で満足することが楽しみの一つ。そもそも修学旅行と言う行事を一度も経験したことがないし、今回も行くことはできない事は理解していた。
修学旅行の行事に参加するには、事前に一定金額の費用を学校側に払う必要がある。しかし、何らかの理由で行けなくなった場合、修学旅行の費用が全額戻ってくる。小学校6年の修学旅行は、母親が担任に修学旅行は行かないと電話をしていたらしく、修学旅行前日になって担任から6万円の入った現金を受け取るまで知らず、自宅で過ごしていた。
今回に限って言えば、給食費も厳しい状態で修学旅行の費用はとてもじゃないが用意できない。それ以前に、担任から「近藤君は自宅で過ごすだろうから、修学旅行期間中に読書感想文でもやってもらおうかな」とかふざけたことをクラスメイト全員がいる教室で言いふらす担任。
クラスの大半は大笑いに包み込まれるが、そんな状態も慣れたものだろう。事実を事実と言ってなにがわるい?と言われれば、その通りだと在過は思っているし、自分が言われる分には子供に何を言われようと、それ以上に恐ろしい経験をしていることで対して気にならなかった。
しかし、そんな在過もこの時ばかりは怒りが脳内を支配し、体を支配し、意識を支配した。ある放課後の時に、一人のクラスメイトである男児がいつもと同じくちょっかいをだしてくる。
「なぁなぁ、いつになったら給食費払うんだよぉ~」
「さぁ、僕に言われてもお金ないから、どうすることもできないけど」
「貧乏は嫌だねぇ~。お前、まだ新作のゲームとか買ってもらってないだろ? 俺なんてもうクリアしたぜ? 貸してやろうか?」
「いや、ゲーム機持ってないからソフト貸してもらってもできないんだけど」
「だっせぇ~。まぁ、貸さないけどな貧乏が感染したらこえーし」
「……貧乏が感染するって、小学生の時に言われた時と同じこと言われるとは」
「はいはい負け惜しみぃ~。でも、仕方ねぇーか借金まみれで消えた親の子だもんなぁ。もうどっかで死んでんじゃねぇ―の? あぁぁ助けてくれーご飯食べたいよーwww」
「……」
「なんだよ、なんか言えよ貧乏神。お前妹いるんだろ? そいつらも汚ねぇんだろうなwww」
すでに作り笑顔もできないほど、苛立ちを感じていた。目の前の男児は甲高く笑い、それに便乗するかのように何人か集まって在過の机周りを囲む。
「私の弟が近藤君の妹と同じクラスだけど、全然喋らないらしいよ」
「マジで! 妹暗すぎww。暗いって言えば、唯ちゃんも暗いよねぇ~近藤君とお似合いじゃん、貧乏人と根暗女ww」
「お金払わず給食食べてる近藤の妹見に行こうぜ! 」
「それ楽しそう! 弟に忘れ物届けに来たとか言って久しぶり小学校いっちゃう? 」
「いい加減にしてくれ」
「はぁ? お前に関係なくね。俺は可哀そうなお前の妹を楽しませてやろうって思ってるだけじゃん」
「頼むから、これ以上追い込まないでくれ」
「きっしょ。俺達と住む世界が違うんだよ。貧乏人が学校くんじゃねぇーよ。どうせ、消えた親も妹も飯食えなくて死ぬんじゃねwww」
この時の在過は、なぜこれほど怒り狂ってしまったのかわからなかった。
在過は、座っていた椅子から立ち上がる。
「何がわかるんだよ」
「は? 小さくて聞こえないんですけどー」
「何が分かるんだよ!」
座っていた椅子を持ち上げて、目の前に立っている男児に向かって勢いよく振り下ろす。中学生とは言え、椅子の重さはかなりある。振り下ろされるまでに多少の時間があり、体を後ろに引いて避けられてしまう。
だが、そんなの関係なかった。
「あぁぁぁ、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさいなぁ! まだ金を持ってこいって言うのか!」
もう一度椅子を持ち上げ、男児に向かって投げつける。重量のある椅子が体にあたると、痛いと叫びながら床に倒れこんだ。我を忘れている在過は、床に倒れこんでいる男児の頭部を狙って、足を何度か叩き下ろしている。
「糞が! お前に何が分かんだよ!糞が!」
近くにあった椅子を持って来て持ち上げ、幾度か男児の腹部に叩き込む。身を守るために体を丸めて、両手で頭を隠し泣き出していた。
そんな状態を見ても冷静さを保てない在過は、周りのクラスメイトが先生を呼べ!と大声を出しているのも意味を理解していなかっただろう。
男児の髪の毛を鷲掴みして持ち上げ、泣きじゃくっている男児の顔をひっぱたく。
「痛いよなぁ? 怖いよなぁ? 何度も何度もやめてくれって言ったんだよ。でもあの糞ババぁその度に包丁持ってくんだ。なぁ? 包丁首に突き付けられたことあるか? 金を借りてこなければ飯もない、家にも入れない。目の前で母親が自殺しようとする瞬間見たことあるか? 妹のお小遣い平気で不倫相手に使う親どう思う? こんな家族に生まれたくなかったっていう妹の言葉に、なんて答えたらいいか教えろよ。おい! 聞いてんだろうが」
ボロボロと泣きじゃくって言葉を言わない男児に苛立ち、力強く平手打ちをする。
「ごめ…なさい」
「謝ってほしいわけじゃないんだよ。どうしたらいいのか教えてくれって言ってんだよ」
平手打ちをする。
「許し…て」
平手打ちをする。
「だから、教えろよ。お金持ちなら分かるんだろ?」
「わからないです」
「貧乏人、貧乏人ってわかってんだよそんなこと。だったら、僕を助けてよ」
「むり……です」
「……」
目の前の男児の泣きじゃくる姿が母親と重なり、より一層不快感と苛立ちが襲う。その背景にある恐怖が後押しをするように。
髪の毛を鷲掴みにしながら、もう片方の手で首を絞める。爪が食い込んでいく感触と共に、力を緩めることなく絞める。
いや、この時本気で絞殺そうとしていたのかもしれない。
教室に担任が来る前にリクが戻って来て在過の状況を発見し、在過はリクに止められた。




