第54話「在過の罪と鎖 1」
玄関の鍵を開け、真っ暗な廊下と部屋が視界に入る。
靴を脱いで台所に向かった在過の笑顔は消えていた。
「……」
神鳴の母親、雷華受け取った弁当を袋から取り出すことなく、在過はゴミ箱に捨てた。ゴミ箱に捨てられたお弁当を数分見つめ、浴室に向かって衣服を全て洗濯機に入れる。
入浴する気分ではなかったが、数時間歩き続けていた在過は汗で全身気持ち悪く早く洗い流したかった。汗だけでなく、全部、全部洗い流したい。そんな気分が沸々と胸の内から湧き上がってきている。
温度設定を47度に変え、自分でも理解できない、気持ち悪い自分自身を熱湯で痛めつける。全身を洗い終えた後も、勢いよくでる熱湯と水圧に打たれ続け呆然とする。これは、第三者から見れば哀れな姿だろう。しかし、在過とっての行いは抑制。
Humメンバー以外は知らない在過の過去。
誰もが口を揃えて言う【お前は優しい】【在過は優しすぎる】と言う賞賛とも聞こえる言葉。
それを聞く度に胸が痛くなり、心のうちに叫ぶ……俺は優しい人間ではないと。
現在の近藤在過と言う人物は、自分自身で過去の自分を抑えて、隠しているだけに過ぎない。だからこそ、ストレスや怒りなどの感情が制御できなくなる自分が怖い。
頭の中で、心の中で理解していても制御できないものがある。怒り・悲しみ・恐怖の三位一体となって在過の全身を包み込んでいる。
一人になると襲い掛かるフラッシュバックから逃げられない。過去に起こした事件が数年、数十年経った今でも消えず残り続けている。
そう、第三者から見えている【在過は優しい】は在過本人が作り上げた、贖罪だった。
優しい人を演じ、いい人を演じ、人前では笑顔を振りまくことで過去の自分を消す行い。
在過は、浴室から出て着替えるとタバコとライターを手に取り外に出る。家から少し歩いた先にある小さな公園のベンチに座り、タバコを加えて火をつけた。
灰の中に煙を落とし、ゆっくりと吐き出す。
「……」
正直、在過はタバコが好きではない。吸わなくてもいいのであれば、すぐにでもごみ箱に捨てているし、タバコを吸わない友人などと会うなら、一本も吸うことはない。
では、なぜ近藤在過は吸っているのか?
今でこそ消えかかっているが、左手の甲に何度も母親に押し付けられたタバコの跡。ふっとした時に右手を眺めてしまう癖は治っておらず、忘れたい過去なはずだが、親のようにならないように、人を傷つけないようにと忘れない為にタバコを吸う。
言い方を少し変えるのであれば、在過の煙草を吸う行為は、どちらが悪いにせよ相手を傷つけことに変わりない。結局、お前も両親と同じじゃないか。そんな自意識を否定する為に、タバコを吸っていた両親がしてきた行為を思い出して反省する為に吸い続けていた。
そんな在過にも弱音を吐ける好きな人が出来た。今まで付き合ってきた人とは違う、この人には自分の弱いところを全て出せてしまう。
神鳴が言った【ずっと苦しんでたんだね。これからはずっと神鳴が側にいてあげるよ】そんなひとことが、在過は泣くほど嬉しく、我慢し続けてきた何かが壊れた瞬間だった。その言葉で、篠崎神鳴とずっと望んでいた笑いが絶えない家族を本気で得たいと望んだ。
しかし、世界は上手いこと出来ているのかも知れない。幸せになろうとすればするほど、悪い方向へと進んでいく。自分の人生は、自分で決めると聞いたことがある。確かにその通りだと在過も思っている。だが、なぜ? どうしてうまくいかない。
何かに邪魔をされるように、誰かに幸せになるなとでも言われているかのように。充実している、今が幸せと感じると、それをかき消すかのように問題が起きることで過去の過ちを思い出す。
自分の頭の中で、自分自身に訴える。お前は過去に起こしたことを忘れて、自分だけ幸せになるつもりなのかと。
近藤在過は、中学3年の頃に、クラスメイトを殺しかけている。
近藤在過は、中学3年の頃に、妹を2度殺しかけている。




