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僕と彼女とレンタル家族  作者: Hum_Blake
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第53話「在過とHumメンバー」

「徒歩……2時間40分。なるほど」


 缶コーヒのプルタブに指をかけて引き、薄いブラック珈琲が喉を冷やす。


「帰るか」


 カバンからBluetooth(ブルートゥース)イヤホンを取り出して携帯に接続し、ミュージックアプリを起動させて音楽を流す。音楽を聴いている合間合間に「その先右です」と言う地図アプリの機械音が邪魔をした。


 通知設定をオフにしていたこともあり、メッセージアプリに何人もの人たちからの着信とメッセージが届いていた。


「うわ、凄い着信だな……。マジか……、嫌な予感しかしねぇ」


 結果報告をすると話しをしていた、小森健太郎(ノウたりん)からの心配する連絡。また、小学生時代からの付き合いである仲間たちのグループからのメッセージが飛び交っている。


アプリ内の連絡先一覧から、ノウたりんをタップし電話を掛ける。


「……あ、もしもし?」


「おぉぉ近藤、全然連絡くれないから心配したじゃん。もしかして、いま終わったの?」


「そうそう、見知らぬ場所に放置されて絶賛迷子中」


「は?」


「迷子は半分冗談だけど、地図アプリ使えば帰れるし」


「……いや、まったく話がわからないんだけど。最初から話せ」


「夜遅いけど大丈夫なの?」


「問題ない! なんせ仕事探し中の無職だからな」


「堂々と言ってるけど、悲しくならない?」


「……いいんだよ、就職先は見つかったんだから」


「おぉ~おめでとう」


「ありがとう。それで? 彼女さんとの話し合いどうだったの?」


 一口珈琲を飲むと、冷たい液体が喉を通り胸をひんやりと冷やす感覚を覚えた。一瞬ブルっと寒さを感じたが、在過(とうか)の表情が真剣な顔つきなる。


「ん~全部話すとかなり長いから、簡潔に話す前に結果を言うと。なにも解決しなかった……かな?」


「そうじゃないかとは思ってたけどさ……」


「知ってのとおり、今回の喧嘩と両親に呼ばれた理由として、僕の携帯に登録されている恩人の女性を勝手に消したことが発端だね。それを僕が怒ってしまったことで、大泣きした彼女が母親に連絡して、今回の家族会議になった」


「うんうん」


「両親の言い分としては、本当に娘が消したのか? 証拠をだせ。証拠もないのに娘を犯人に仕立て上げ、何の恨みがあるんだ?と」


「うぉぉ、父親もかなりヤバい人だな。あぁ……でもどうなんだ? 親からしたら、近藤は娘を泣かした彼氏で嘘を言っている奴って認識だろ? 相手が本当の事を言っているか判断するには、証明する必要は理にかなってるのかも」


「まぁね。言っていることも理解できるよ。もし僕が父親の立場だったとして同じ状況になれば、やっぱり自分の子供を信じるだろうし。それで、消した本人が一番理解しているはずじゃん? だから、娘さんに聞いたらどうですか?って言ったんだよ。あのとき神鳴(かんな)は一人しか消してないって発言してるからさ」



「そうらしいね。それで、どうなったの?」


「今までの流れだと想像できるでしょ。私は消してない、僕が自分で消してそれを見せてくれていたって。確かにね、神鳴の前で連絡先をほぼ消したよ? けど、話し合ってるのはそれじゃなくて、神鳴が勝手に消した一人の恩人の話をしていたはずなんだけどね。まったく相手にされなかったよ」


「あぁ……うまいこと繋がっちまってるのね。たぶんだけど、彼女さんの両親もそれを理解したうえで利用したんだろうなぁ」


「それだけならまだいいよ。そのあとに責めら続けて殴られたって言うんだもんな、正直に言うと、マジかよこいつ……って思ったよ」


 元気を装うように、無駄に大笑いをしてノウたりんへ伝える。胸部が締め付けられる痛みと、思い出す事での不快感で息苦しさもあった。しかし、少しでも自分は元気で問題ないと言う状態を作り出しているのは、過去のトラウマがあるからこその防衛本能だろう。


「結果的に、僕は娘を理解していない男で、娘を監禁する男と言う事で話がおわった。はははは」


「いや、簡潔すぎるだろ! え? なに、監禁って近藤が?」


「そうそう、付き合い始めてから神鳴が家に帰らなくなってたのな。それで、娘は泣かされているのにも関わらず家に帰ってこないから、僕が監禁していたと」


「おっ……おう。なんだかスケールデカすぎだな」


「いや、さすがにびっくりしたよ。監禁したとか言うから、僕のイライラも限界にきて失礼だと思ってたけど、タメ口で反論してたら…ふふふ」


「なんだよ……お前が笑うと怖いよぉ」


「いや……神鳴がいきなり叫んで、パパとママをいじめるな!謝ってって泣きながら言われてさ。いやぁ……驚いた。え? 今までの話を聞いてそんな発言がでるの?って思った」


「あぁね。あの彼女さんなら、言いそうかな。両親大好きって凄い伝わるもん」


「謝ったけどさ」


「謝ったのかよ! お前……損するタイプだよなぁ」


「さすがに謝るよ。想像してみ? 相手の家族4人に囲まれて責められまくってんだぞ、話をしていくなかで、この人たちヤバい……って感覚もあったし何されるかわからねぇじゃん」


「よく耐えたな、私だったら漏らしてそう」


「よだれを?」


「よだれって、それなんか興奮してるみたいで嫌なんだけど。おしっこだよ!」


「ちょっははは。それはそれで嫌なんだけど」


「はいはい。それで? 見知らぬ場所に放置ってのは?」


「あぁ、全然解決しないし時間も遅くなっちまってるから、僕が強制的に話を終わらせて帰ることにしたんだ。けど、相手の両親が送ってくれるって言うから車に乗せてもらったんだ。……そしたら! なんと!」


「……」


「ほんの少し進んだ場所で、降りろって言われておろされた。自分の娘には、送ってあげる良いパパとママを演じたかったんだろうね。あぁぁ怖……あるんですねぇ……こう言うことって」


「……お前さぁ。すごく酷い事されてるのに、ちょいちょい稲川の真似入れてくるなよ、笑っちまうだろうが」


「笑いなよ。はははは」


「はははは」


「……」


「……気が済んだか?」


「だな」


「お前が元気なら、私はいいんだけどさ。ちゃんと帰れるの?」


「いま23時半だろ? 地図アプリの計算だと……2時くらいには家に帰れる」


「タクシー呼べばいいじゃん」


「いくらかかるんだよ……」


「確かに」


「まぁ、珈琲飲みながら歩くのも悪くないな」


「真剣な話だけど、これからどうすんの?」


「ん……なるようにしかならないだろ。相手の行動と判断次第かな」


「困ったことがあればいつでも言えよ、相談くらいならいつでも聞いてやるから」


「おっサンキュ」


「それじゃぁ、悪いけど先に寝るな。気を付けて帰れよ。最悪、お金掛かってもタクシー呼べよ」


「あぁ、そうする。ありがとう」


「ん。それじゃ、おやすみっ」


 通話が切れ、無音だけが残る。携帯画面を見つめ、何を思うのか在過は溜息が漏れた。また、アプリ内のメッセージ一覧の上部に、89と数字が表示されており、大量のメッセージが飛び交っているグループにアクセスする。


 グループ名【Hum】と書かれた、もう一つの仲間。現在の在過が【善】とするならば、この頃の仲間達の在過は【悪】だろう。人はそう簡単に変わる事ができない。過去に起きた出来事も、過去に経験したトラウマも、過去に起こした罪も消えることなく、生涯背負い続けるストレスとなる。


「本人登場ぉぉおぉキタァァァ! おせーよ在過、無視してんじゃねーぞ」


「待ってましたぁ、ふふふふ。 近藤、早くネタ投下しろよwww」


「ちょっと、笑ったら可哀そうでしょう! 怒らせると頭割られるよぉ」


「お前こそ、毎回そのネタ引っ張ってんじゃん。いや、わかるけどよ衝撃的だったし」


「ったく、人が落ち込んでるときに楽しそうですねぇ」


 中学時代から深く関わる事になった同級生。愛知県一宮市に住んでいたころの親友と言うよりは、悪友と言うべき仲間だろう。在過の家族崩壊や借金などが一番ひどかった頃、力を貸してくれた仲間である。


 一人目は、高橋(たかはし)リク。在過と同じでプログラムや改造することが好きなイケメン。在過と一番長い付き合いで、良くも悪くも大変お世話になっている悪友。最近では、Hum.onionと言うサイト上で活動している。酷いことをされたら、同じようにやり返すと言うスタンス男。


 二人目は、小林裕也(こばやしゆうや)。アイドルと車が大好きな巨漢の男である。小林裕也は、なんども無免許で捕まっている。印象に残っている事件と言えば、Humメンバーが深夜0時に集まって小林裕也の父親が所有しているトラックを運転して、車庫に突っ込んだときだろう。


 三人目は、伊藤唯(いとうゆい)。6人兄妹の長女で、在過と同じクラスの女。身長150cmほどと小さく、容姿も綺麗と言うより可愛いとクラスの男にモテていたこともあり虐められていた。コミュニケーション能力もなく、ほとんど誰とも話さない伊藤唯だったが、Humメンバーと関わって性格が変わってしまった可哀そうな子でもある。


「今日の主役、在過っちのスピーチが始まります! ってかグループ通話してんだから、早く参加しろよ」


 Humメンバーと書かれているグループ名の横に、通話に参加するボタンをタップして在過も会話に参加する。


「それにしても、なんで今日こんなに盛り上がってんの? 何かイベントでもあった?」


「おいおいおい、近藤がそれ言うかよ。リクから話は聞いてんだぞ。ラブラブ彼女ができたんだろ? ついに結婚までいくか? お祝いに俺のアイドル写真上げてもいいよ」


「はーい注目、在過ちゃんの惚気がはじまりまーす」


「おまっ。絶対にリクだろ! 僕の事情バラしたの」


「知りませーん。ってか僕だってよ。はははは、その一人称やめろよ笑いすぎてお腹痛い」


「在過ちゃん、まだそんなことしてるの? もういい加減にしたら?」


「ふふふ、でもさコイツの本性知っているから笑えるけど、お前の彼女知らないんだろ? その親も可哀そうだよぁ」


 先ほどから会話の音をかき消すかのように、小林裕也からアイドルの音楽が大音量で流れ出している。それに苛立ったのか、高橋リクが叫んだ。


「おい、うっせーぞデブ! 音楽消せよ。せっかくこれから楽しい話を披露してくれる主役がいるのにさ」


「はいはい、言いたい放題いいてくれてありがとうございます」


 在過は懐かしさと、いつものような遠慮のないやり取りが心地よかった。誰でも言うわけではないが、彼等たちも、このメンバーだからこそ遠慮のない発言を軽く言い合う事ができる。ずっと我慢して、笑って、隠してきた在過にとって、これはもう一つの居場所だった。


「はぁ。まぁいいけどさ。けど、リクに話してた情報って古いから。ラブラブどころか、地獄に落ちそうなんだけど」


「「「は?」」」


 全員が息を合わせたように声が揃う。


 リクに話をしていたのは、在過が職場で出会った女性と付き合うことになり、在過の抱える家族の話をしても一緒に居てくれることが嬉しくて、本当の恋愛を見つけたと恥ずかしながら豪語していた。しかし、その後に起きた現実をリクはまだ知らなかった。


 在過と神鳴に起きた一連の話を彼らに話す。


「あはははは、だっせー。なに昼ドラみたいなことしてんだよ。さっきから笑わせんじゃねーよ、笑い殺す気か」


「えっえ? 在過ちゃん、それホントの話? それヤバくない?」


「なんか、ごめんな。リクから惚気聞けるとか言うからさ」


「裕也が謝ることじゃないから気にしなくてもいいけど。それにしても、何でこのタイミングでお前ら盛り上がってたんだよ。」



「あぁ、実は唯ちゃんが来年結婚するみたいで、その話をしてたらリクから在過の話を聞いて盛り上がってたわけ。履歴遡ってみれば?」


「えぇぇ! マジで? 唯ちゃん結婚するの! おめでとう」


「うん、ありがとうぉ!」


「あはははは、」


「お前はさっきから笑ってばっかだな」


「うっせーよ。真剣にあんなこと言ってた奴が、結果このザマとか笑うしかねぇーだろ。みんな聞けよ、真剣な声で、【俺さ、ついに守りたい存在できたんだよ。すぐ泣いちゃう子だけど、ほっとけなくて本当の恋愛ってこれだったんだな。やっと家族が手に入る】だってよ」


「あはははは。在過ちゃんカッコいい! 惚れちゃーう」


「ふふふふ、だぁははは」


 在過に遠慮なく暴露するリクと、それを聞いて他の2人も爆笑している。恥ずかしさと、馬鹿にしているような苛立ちを覚えるのかもしれないが、在過は理解している。どんな時であれ、彼らは在過を助けてくれる存在であり、友達が困っていたり落ち込んでいたら手を差し伸べてくれる人だと。


 だからこそ、笑われているこの瞬間も在過は楽しかった。また、昔に戻りたいと思うほどに。


 チャラけて、在過の話をネタにして笑う高橋リクだったが。


「でもよ、俺の親友をコケした糞野郎の彼女と親は許せねぇよな。結構頭にきてっぜ」


「それは同意見だけどね。けど、俺としては暴れなかった近藤は本当に変わったんだなぁって実感した。いや見てないから、暴れてないか知らんけどさ」


「私も、お父さんとお母さん好きだけど、その神鳴ちゃんって子はさすがに気持ち悪いよ。電話繋げて、話を全部ママに聞かせるとか、ある意味凄い子。天才、金メダルをプレゼントします」


「あはは、唯ちゃんそれ俺の彼女褒めてるじゃん」


「えぇーでも凄くない? 本気で自分が正しいと思ってるから、ママぁ~にこっそり電話繋げて会話聞かせてるんでしょ? スネちゃまでも、そこまでしない」


「詳しくは知らんけど、過去に付き合った彼氏に暴力に苦しめられてたらしいから警戒してたのかもな」


「あぁぁ、なんかイライラしてきた。ちょっと、そいつの過去調べてみるか。なんか面白い発見できそう」


「でたぁぁぁ、久々の特定班リク様のご登場か! 面白そうだし、久しぶりにやりますか」


「しかたないなぁ、結婚式場とか色々忙しいからあまり協力できないよ。友達にも頼んでみるけどさ」


「待て待て、そこまでしなくていいよ」


「お前は現実見たほうがいいよ。なんでそこまでされてヘラヘラしてんだよ。ほんと弱くなっちまったよな、昔みたいにぶん殴ればいいだろうに」


「別に、あの時も好きでそうなったわけじゃないんだけどな」


「わーってるよ。これは俺がイラついてるから、勝手に調べるだけ」


 長い付き合いであるリクはこういう奴だ。久しぶりにそう感じた在過は、素の状態で話せる彼らが好きだった。今の在過が変わったきっかけは、妹の状態が悪くなってしまってからであるが、そのおかげて真っ当な道に進んでいるとも言える。


「祐ちゃん……また二人だけの世界に入ってる。やっぱりこの二人……」


「唯ちゃん、それは言わない約束だよ。約束守ってくれるなら、俺が結婚してあげるよ」


「嫌」


「……まぁいいや。なんか久しぶり全員そろって話して楽しかった」


「本当の恋愛ってこれだったんだな」


「マジで忘れて」


 昔の話や伊藤唯の結婚話などに話が変わり、2時間以上も歩いて帰ることを知っているから気を使ってくれていたのか、在過が家に帰宅した3時頃まで通話に付き合ってくれていた。


「遅くまで付き合わせて悪かったね、みんなありがとう」


「お互い様だろ、親友なんだから助けんだろ」


「そうそう。また近藤のアイドルチケットもゲットしてやるよ」


「赤ちゃん好きな在過ちゃんの為に、私の子供生まれたらお祝い金10万円でゆるしてあげる」


「一度も赤ちゃん好きって言った覚えないけどな。しかも、お祝い金10万って高すぎじゃない? 相場しらないけど」


「大丈夫、祐ちゃんとリクちゃんからもらうお祝い金は、20万だから」


「ふざけんな!」


「ライブ行くお金なくなるからむーりー」


「あははは。なんか気が楽になったよ、さっきまでの重苦しい家族会議が嘘だったみたい」


「お前の今の現状知っちまったし、今後なにがあったか話すことを命ずる」


「はいよ、リーダー」


 Humと呼ばれる中学と高校時代に呼ばれていたグループ名。在過が荒れていた頃に手を差し伸べてくれた彼らは、在過にとって大切な親友。第三者から見れば、素行が悪く警察沙汰になる不良グループとでも言うだろう。


 しかし、在過は彼らに返せない恩がある。巻き込んだ責任がある。その思いを抱いている事さえも、みんな理解しているが、誰一人と口に出さず力を貸してくれる。


 いい仲間。良い友達とは、そう言うものかもしれない。


 玄関の鍵を開け、真っ暗な廊下と部屋が視界に入る。


 靴を脱いで台所に向かった在過の笑顔は消えていた。


「……」


 神鳴の母親、雷華(らいか)から受け取った弁当を袋から取り出すことなく、在過はゴミ箱に捨てた。


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