第52話「家族会議11」
どう頑張っても……勝てない。目の前にいる家族の輪に入る事はできない。俺はなんでこんなに必死になっていたのだろうか? そんな感情が在過の心に種を植え付ける。
「なんでパパとママの悪口ばっか言うの! 謝ってよ! あやまって!」
泣きながら訴えかける神鳴と、誇らしげに見守る両親。今までの話を聞いて、在過の発言が両親に向けての悪口と解釈する彼女に何を伝えたら通じるのだろうか。
いや、もういい。
十分だ。
目の前にいる篠崎家に思いを伝えたところで無駄、通じないだろう。知らなかったで済めばどれだけ楽だろうか。
神鳴は知らない、母親が在過に対しておこなっている、嫌がらせと暴言を。
神鳴は知らない、友人達が集団になっておこなっている、嫌がらせと暴言を。
神鳴は知らない、在過の仮面を被る前の残忍さを。
篠崎家と出会ったことで、在過の取り巻く環境が戻り始めていた。
「…………」
普段見せることのない、冷たい視線を神鳴に向ける。
「家族を馬鹿にするような発言をして、申し訳なかった」
在過は篠崎家全員を見渡し、目の前の父親に向けて謝罪をする。その発言を受け取った大迦と雷華が嬉しそうに微笑んだ瞬間を見逃さなかった。
「このまま話をしても意味がなさそうですので、僕はこれで帰ります。貴重なお時間を頂いたこと、ありがとうございました」
軽く会釈をした在過は、鞄を手に取り立ち上がる。
「ふむ。時間が過ぎるのは早いな。かなり遅くなってしまったが、泊っていくかい?」
「いえ、この状況で泊まることは娘さんにも負担ですし、帰ります」
「当然だな」
一体なんのやり取りをさせられているのか? 聞く必要のない質問に対して在過はより嫌悪を覚える。
椅子に座っている神鳴のおじに会釈をして、玄関へ向かった。
「車で送ってあげるから、待ってなさい」
「いえ、大丈夫です」
パタパタと小走りで奥の部屋から走ってくる神鳴が、先程までの雰囲気をガラリと変えて在過の前に来る。ニコニコ微笑んで「もう帰っちゃうの? 神鳴の部屋見て行けばいいのに」と先ほどの話し合いを覚えていないのか?と不思議な気持ちに包まれていた。
「いいから、乗って行きなさい。君の家はここからだと車でも30分以上かかるだろう」
「在君乗っていきなよぉ~」
「神鳴! あんたは後片付けしてなさい。近藤君は私達が送っていくから」
「はーい。在君気を付けて帰ってね」
靴を履き終えて立ち上がると同時に振り替えると、神鳴は母親の背の後ろで声を出さずに口パクで何かを伝えようとしていた。読み切れない口パクに首を傾げると、神鳴はゆっくりと発言をする。
「すき」
声は聞こえないが、確かにそう言っていた。在過はすきと言う意味を理解すると同時に、神鳴と言う存在がより分からなくなってしまっていた。
手を大きく振って在過を見送った神鳴は満足し、奥の部屋へと戻って行く。精神的な疲れが在過を冷静にさせ、篠崎家を出た。
数分後に大迦と雷華が家から出てくると、車のエンジンをかけて「乗りなさい」と後部座席に乗り込んだ。運転席に雷華が乗り込み、助手席に大迦が座る。沈黙の状態の中、エンジン音だけが心地のいい音として伝わってくる。
車庫からは発信すると「在君~またね」と声が聞こえ窓から外を見ると、神鳴が大きく手を振っていた。在過も軽く手を振り返し、車は家から遠ざかっていく。
約30分ほどの道のりを、神鳴の両親二人と一緒の空間に閉じ込められている状況が苦痛であったが、この時の在過は既に諦めている状態だったので気にしないように携帯でニュースを眺めていた。
走って数分も経たぬうちに、車の速度が落ちていく。時刻は23時を過ぎたころで街灯がない道は暗闇が見えている。
「……」
ゆっくりと車が左側に寄りはじめると、ハザードランプを点灯させて駐車する。
「近藤君、降りなさい」
「……」
なるほど……そういうことか。考えるまでもなく在過は意図を把握する。今までのことを考えても、雷華は神鳴にバレないように事をなす。そのことに反応しない大迦も同じなのだろう。
つまり、この両親は娘の知り合いを送迎してあげる、いいパパとママを演じたいのだ。
「ここまで送っていただいて、ありがとうございました」
在過は軽い皮肉を吐き捨て、車から降りる。運転席の窓から、雷華がスーパーの袋を在過に渡す。受け取るのを迷った在過だったが。
「君の分のお弁当も一緒に買う羽目になったから、帰って食べなさい」
受け取った袋から、唐揚げ弁当と文字が透けて見えている。
「なるほど。ありがとうございます」
すぐに窓が閉められると、右ウィンカーと同時に在過の前から車が発信して消えていく。近くに自動販売機の点滅している明かりが不気味さを演出させ、右手に持った袋の唐揚げ弁当を持って歩き出す。
自動販売機の前まで行くと、110円をコイン投入口に入れて缶コーヒーを購入した。
「……疲れたなぁ。っと言うよりこの場所から家まで道わかんないんだけど」
携帯を取り出して地図アプリを起動させ、GPSの現在地から目的地の住所を入力して検索を掛ける。
「徒歩……2時間40分。なるほど」
缶コーヒのプルタブに指をかけて引き、薄いブラック珈琲が喉を冷やす。
「帰るか」




