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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゼルシェン大陸編

冬の雪掻き

作者: 貴神

引き続き、冬を過ごす、翡翠の貴公子と金の貴公子の御話の短編です☆


ほんのりBLを、御楽しみ下さい☆

冬の静けさと共に新しく年が明けると、ゼルシェン大陸を覆う寒気はぐっと気温を下げ、


マイナス四十度の世界が大陸一面に広がる。


あらゆる機能が停止する此の季節、音も無く降り続ける雪に、


人間も動物も息を潜めているかに見えた。


だが東部の町外れに在る翡翠ひすいの館では、早朝、メイドの甲高い声が響いていた。


「きゃあああ!! 凄い事になってる~~!!」


二人の若いメイドが館の一階の廊下の窓辺で何やら騒いでいる。


「うっわあぁぁ・・・・暗いと思ったら、やっぱり!!」


「今年も遂に来たのね~~」


「うんうん!!」


廊下でメイド達がきゃあきゃあと話していると、ランプを持った燕尾服の老齢の執事が現れた。


「随分と積もりましたね」


いつもと変わらぬ落ち着いた態度で執事が窓を見上げると、其の外には、ぎっしりと雪が積もり、


朝の光を遮蔽していた。


故に屋敷の中は薄暗く、執事はランプを持って来たのである。


積雪は屋敷の二階まで届いているだろうと思われた。


其の様子を眺め乍ら、淡々とした、だが柔らかい声で執事が言う。


「今日は皆で雪掻きをしましょう。一先ず屋敷の各所に明かりを灯して下さい」


執事の言葉にメイド達は「はい!!」と明るく返事をすると、屋敷の灯り点けに回った。


此の冬、初めての大雪掻きの日が訪れたのである。









屋敷の各所には火の灯る燭台が置かれ、食堂も普段よりも多くテーブルに燭台が並べられていた。


暖炉の火と蝋燭の明かりを頼りに、朝食はいつも通りに始まった。


翡翠ひすいの貴公子ときんの貴公子が向い合せに席に着くと、


「あ~~腹減ったなぁ~~。今日の飯は何だろう~~??」


金の貴公子が鸚鵡の様に一方的に話し始める。


対して翡翠の貴公子は無言である。


其れが彼等の日常だった。


だが執事が二人分のスープを運んで来ると、珍しく翡翠の貴公子の方から声を掛けた。


「雪が大分積もったな」


主の言葉に執事は頷く。


「はい。今日は屋敷の者総出で、雪掻きをする所存でございます」


「橋の上も大分積もっているだろう」


「はい。そちらも承知致しております」


「朝食が済んだら、橋の方は俺が遣ろう」


「恐縮でございます」


そんな会話をする二人に、金の貴公子は思わず、ぎょっとして声を上げた。


「何?? 今日、雪掻きするの?!」


あからさまに拒絶の顔をする金の貴公子に、


翡翠の貴公子は静かにスープを飲み乍ら抑揚の無い声で言う。


「此れだけ積もれば、するしかない」


しかし金の貴公子は顔をしかめて、舌をべぇ~っと出す。


「俺は嫌だっ!! 遣らないからなっ!! こんな超寒いのに、外なんか出たくないっ!!」


「雪掻きは、遣り始めれば直ぐに身体が温まる」


「いーやだっ!! 何と言われ様と俺は遣らないからなっ!!」


「・・・・・」


先日、つい大掃除に参加してしまった金の貴公子であったが、


屋敷周辺に積もった雪の雪掻きの大変さは大掃除の比にならない事くらい判っており、


断固として拒否した。


そんな毎度、何か在る度に駄々っ子になる居候に、翡翠の貴公子は口を閉ざすと、


もう何も言わなかった。









朝食後。


翡翠の貴公子が黒いコートを着て、茶色の革のロングブーツに履き替えると、


メイドが用意した大きなシャベルを持って二階の勝手口へ向かう其の姿に、


金の貴公子は信じられないと云う顔で追い掛けて来た。


「ちょ・・・・あるじ、マジでするのかよっ?!」


「遣ると、さっき言っただろう」


「あのさ、主、プライドないわけ?? いっつも、いい様に使われてるじゃん」


「?? 別に、そんなつもりはない。毎年遣っている事だ」


「だから其れがいい様に使われてんだよ!!


少しは主としての威厳を持とうとは思わないのかよ?!」


「・・・・・」


どうにも会話が噛み合わず、金の貴公子は気不味くなって、そっぽ向いた。


「とにかく!! 俺は遣らないからな!!」


そう大声で宣言すると、


「別に強制はしない」


翡翠の貴公子は抑揚の無い声で言って勝手口から外へ出て行った。


パタリと扉が閉じられ、金の貴公子は苛々した顔で廊下を戻り出す。


強制はしない・・・・其れは金の貴公子にとって一番堪える言葉だった。


翡翠の貴公子は、いつもそうだ。


自分を此の館に置き乍らも、異種としての業務を遣れとは言わない。


先日、大掃除をした時は一回だけ遣れとは言ってきたが、自分が嫌だと主張すれば、


其れ以上は言ってこなかった。


全く以て押しのない人だ。


そして其れが結局、自分でどうするか決めろと窘められている様で、自分には痛いのだ。


其の自分の痛みを、多分、彼は知らないのだろう。


間も無くして屋敷の中から人気が無くなり、ガランとした広い空間の中に、


金の貴公子だけがぽつりと残された。


皆、外に出払っている。


厨房の方も静かだ。


コック達も雪掻きをしているのだろう。


屋敷の中は音一つ立たず、メイド達のきゃーきゃーとした声が外で響いている。


「・・・・・」


金の貴公子は二階の窓から屋敷の前庭を見下ろした。


外は雪は降っておらず、コートにブーツ姿のメイドやコックがケタケタと笑い乍ら、


シャベルで積雪を掘っている。


とても楽しそうだ。


遣っている事は重労働だろうに外の空気は明るく、唯一人、屋敷に取り残された金の貴公子は、


酷く疎外感を感じずにはいられなかった。


「・・・・・」


金の貴公子は不満満々の表情で、一人、窓から皆の様子を眺めていたが・・・・


「ああっ!! くそっ!!」


歯軋りすると、自室へと大股で歩き出す。


金の貴公子は乱暴に扉を開けて部屋に入ると、


クローゼットから薄紫のダッフルコートを取り出して手早く羽織り、


茶色の革のロングブーツに履き替えると、ずんずんと廊下を歩いて二階の勝手口を跳び出した。


外は澄んだ青空が広がっており、既に雪が退かされた階段を滑らない様に慎重に下りると、


階段下の傍に置かれて在る数本のシャベルから金の貴公子は一本手に取って、


ズボズボと雪の上を歩いた。


そして漸く屋敷裏へと回ると、


「主~~!!」


一人、森へ続く橋の雪掻きをしている翡翠の貴公子に手を振る。


其の声に翡翠の貴公子が顔を上げると、


金の貴公子はぽりぽりと自分の頬を人差し指で掻き乍ら言う。


「やっぱ暇だから手伝うよ」


「・・・・・」


心変わりした様である居候に、翡翠の貴公子は顔色一つ変えなかったが、


「じゃあ、御前は、こっち側の雪を落としてくれ」


橋の左側を指差す。


「了解!!」


金の貴公子は頷くと、橋の真ん中から左側の雪を橋の下の川へと落とし始める。


橋は幅が二メートル少しと長さが十メートル程で、なかなか骨が折れそうだったが、


金の貴公子は身体を動かし乍ら、べらべらと喋り出す。


「寒っ!! 手ぇ凍りそう!! うおおぉぉぉ~~!! 早く身体、熱くなれ!!」


言い乍らガシガシと勢い良く雪を落としていくと、徐々に身体が温まってくる。


「来た来た来た~~!! 熱くなってきた!!」


しかし一気に身体を動かし過ぎたせいで息切れしてしまい、


金の貴公子はシャベルを杖に溜め息をついて一休みする。


体力の回復を待ち乍ら、黙々と雪掻きをしている翡翠の貴公子に話し掛ける。


「な~~、主~~。何で橋の上まで、俺たちが遣らなきゃならないんだよ??」


屋敷の周りだけ遣ればいいじゃん??


すると翡翠の貴公子は身体は止めずに答えた。


「此の橋は翡翠の館が所有している。だから橋の管理一切を、翡翠の館がする事になっている」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ此の橋って、昔から此処の屋敷の人たちが雪掻きとかしてたんだ??」


「いや・・・・俺が棲むまでは、業者に頼んでいたみたいだ」


「ええっ!! だったら今も頼めばいいじゃん!!」


尤もな突っ込みをしてくる金の貴公子に、だが翡翠の貴公子は変わらぬ淡々とした口調で言う。


「此の雪の中、町から此処へ来るだけでも大変な事だ。


自分たちで出来るのだから、人を雇う必要は無いと思っている」


「ふ、ふぅーん」


さいですか・・・・と頷き乍ら内心、呆れてしまう金の貴公子。


自分より背が低くて華奢な身体付きに、飛びきり美しい顔立ちだと云うのに、


何処までも肉体派・・・・いや、ガテン系の人なのだろう、此の人は??


こんな人だから自分の中の赤い想いは伝える事が出来ず、日々悶々としている。


自分が格好良くエスコートなんてしようものなら、冷たくあしらわれてしまうに違いない。


「ああっ!! もうっ!! やんなっちゃうね!!」


一人呟くと、雪掻きを再開する金の貴公子。


そして二人で雪掻きをしていると、橋の上の雪は意外にも早く退ける事が出来た。


「暑ぃ・・・・」


遣り始めた頃の寒さは嘘の様に消え、額には汗が浮かび、金の貴公子はコートの襟元を開けた。


翡翠の貴公子は一通り橋の点検すると、


「館の方へ行こう」


シャベルを片手に屋敷へと歩き出す。


金の貴公子も後について行くと、目の前に聳え立つ雪山に驚愕の声を上げた。


「うわっ!! こんなに積もってたんだ!! 来る時、判んなかったよ!!」


屋敷から出て来る時は雪山を下って地表一メートル程の積雪の上を歩き、


屋敷裏と橋付近は既に翡翠の貴公子が雪掻きをしていたので、積もり具合がよく判らなかったが、


屋敷への途を戻り出すと、屋敷の壁に沿って二メートル以上もの雪山が出来ていたのが、


よく判った。


だが窓や扉の部分は既に雪が退けられてある。


翡翠の貴公子は屋敷の東側へ回ると、其処で雪掻きをしている執事に訊ねた。


「他は何処が残っている??」


「西側が、まだ半分ほど残っております」


「そうか」


翡翠の貴公子は頷くと、屋敷の正面へとサクサクと歩いて行く。


其の後ろをズボズボと雪に足を取られ乍ら、金の貴公子が必死に追い掛けて行く。


だが屋敷の正面に回ると、其処は既に全体的に広く雪が退けられていた。


屋敷の前庭を横切り、西側へと二人が回って行くのを見たメイド達がくすくすと笑う。


「やっぱり金の貴公子様、遣ってる~~!!」


「私も絶対、遣ると思ってたわ~~!!」


「もっと素直になればいいのにね~~」


愉快気に話すメイド達の笑いのネタにされている事は露知らず、


天邪鬼な金の居候は翡翠の主と共に、再び雪掻きに燃えるのだった。









屋敷の者総出で力を合わせた甲斐が有り、館の周りに高く積もった雪は、


昼過ぎには大方退けられた。


西側の窓を中心に黙々と雪掻きをしていた翡翠の貴公子と金の貴公子も、


大体終わりかなと感じて手を止める。


流石に翡翠の貴公子も疲れたのか、シャベルの柄に両手を乗せて杖代わりにすると、


小さく溜め息をついた。


だが、そうしていると突然、


バシャ!!


後頭部に強い衝撃を受け、翡翠の貴公子は目を瞠った。


「あ・・・・」


思わず声を漏らしたのは金の貴公子。


挿絵(By みてみん)


翡翠の貴公子は後頭部を手で押さえると、驚愕の眼差しで金の貴公子を見る。


其の主の視線に、金の貴公子は慌てふためいて両手を振り乍ら言い訳する。


「ご、ごめん!! 主の事だから、避けるだろうな・・・って思って!!」


「・・・・・」


雪掻きも終わった事だし、遊び半分で翡翠の貴公子に雪球を投げた金の貴公子は、だが、


まさか彼の後頭部に命中するとは思っておらず、ごめんごめんと平謝りする。


翡翠の貴公子は未だ驚愕の消えない顔で半信半疑の声で呟く。


「御前が襲って来るとは思わなかった・・・・」


どうやら翡翠の貴公子は完全に無防備状態のところを突かれた様である。


「ごめん!! マジ、ごめんって!!」


ひたすら謝る金の貴公子を、翡翠の貴公子は暫し黙って見返していたが、


シャベルを軽く投げると、手に雪を取った。


そして其れを手で丸めると、勢い良く金の貴公子目掛けて投げ付ける。


ベシャッ!!


見事、金の貴公子の顔面に命中。


其の予期せぬ主の行動に、避ける暇もなかった金の貴公子は手で顔の雪を払うと、


「遣りやがったなぁ・・・・!!」


再度、雪を手に取り、翡翠の貴公子に向かって雪球を投げ付ける。


だが翡翠の貴公子は、ひょいと軽く躱す。


そして間髪を置かずに雪を手に取ると、


抜群のコントロールで金の貴公子目掛けて雪玉を投げてくる。


ベシャッ!!


今度は金の貴公子の胸に命中。


「うわっ!! ああっ、くそっ!!」


再度、雪玉をぶつけられ、金の貴公子は舌打ちすると、自分も素早く雪を手に取り、


手当たり次第に翡翠の貴公子目掛けて、ビュンビュン投げる。


バシャッ!!


ベシャッ!!


ベシャッ!!


バシャッ!!


雪玉をぶつけられ乍らも何だか其れが楽しくなってきて、両者口の端を上げて、にぃ、と笑うと、


二人雪合戦を始める。


其の様子を、雪掻きを終えた三人のメイド達が遠目に見ながら言う。


「何してるのかしら?? 主様たち??」


「見れば判るじゃない。雪合戦よ」


「あ、やっぱり雪合戦なんだ!!」


「矢駄~~!! 面白~い!! 二人とも子供みたい!!」


「ほんと!! 金の貴公子様は、ともかく、主様が真剣に遣ってるだなんて~~!!」


ケタケタと笑うメイド達の処へ、服の袖を腕まくりした手でシャベルを持った執事が来て言った。


「皆さん。遅くなりましたが、そろそろ昼食の準備を御願いします」


「あ、はい!!」


「はい!!」


「は~い!!」


メイド達は元気良く返事をすると、屋敷の中へと入って行く。


執事はシャベルを屋敷の壁に立て掛けると、袖を下ろして軽く身形を整え、


昼食の時間である事を主に伝えんと足を踏み出そうとしたが、ふと思い留まった。


徐ろに目の先の光景を眺める。


「・・・・・」


雪まみれになり乍ら雪合戦をしている二人の姿に、皺の入った目を優しく細める。


今少し・・・・今少し待っていよう。


束の間の余興が終わるまで・・・・。


冬の澄んだ青い空と真昼の太陽の下、


飛び交う雪球と其の破片がキラキラとダイヤモンドの如く光り、


二人の貴公子は年若い少年たちの様に見え、それはそれは楽しそうであった。

この御話は、ここで終わりです。


ほんのりBLと共に、二人の姿が目に浮かんだのなら、幸いです☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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