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第五頁 『相違』

 いつもカラスの行水と言われるくらいの俺は、柄にもない長風呂で茹でダコになってベッドにダウンしていた。


 まだ頭がぼんやりとする。


 死に絶える寸前のような呻き声で、悶える。


 死というものはこの世で1番エンドルフィンという幸福感の感じる言わば脳内麻薬が分泌されるらしく、温泉などで極楽極楽って言っているが、あれは人間自体高温のお湯によって茹で上がり、死に近づくからまるで極楽のように気持ちいいと聞いたことがある。


 最悪な仮死体験だ。


 風呂が嫌いになりそう。





 「・・・・・・」





 おもむろに俺は立ち上がり、無意識にそれでいて繊細に記憶を辿るように机の中を漁った。


 訳が無い訳ではなく。


 本能的に。





 「・・・・・・あった」





 手にしたのはボロボロのスケッチブック。


 小学生の頃、描いた絵達が載っている。


 1ページ目を捲ると、色彩豊かな常人では何かわからない絵が出てきた。


 無論、俺も分からない。


 忘れてしまった、小学校低学年の頃の絵だ。


 赤青黄のカラフルな色使い。


 中央に注目させられるように描かれた何か。


 生き物だろうか。


 実際に存在するならば、絶対に有毒生物であろう配色。


 どんどんと捲っていく。


 色彩、配色の激しさはどんどんと大人しくなっていき。


 爽やかな校庭の風景。


 淡い思い出のような水彩画が最後に描かれていた。


 途中に多分、授業中隣同士で描き合うように示されたのであろう無垢な瞳の少女の絵も載っていた。


 艶やかで綺麗な茶髪で、ポニーテール。


 桜色の唇に、少し赤らめた頬。


 でも、今では誰かも分からない。


 耳に特徴的な傷がある。


 少し思い出した、交通事故で後遺症として耳の傷が残ったって教えてもらったんだっけ。


 苦笑いしながら、トラウマを押し殺しながら優しく教えてくれたあの子。


 今は上手くやっているだろうか。


 また、会いたいな。


 生きてる内に会えたらそれこそ奇跡と呼ぶのだろうが、ノンフィクション。


 そんな奇跡、起こるわけもない。


 高校生特有の昔を懐かしむ行為に浸っていると、机の奥に丸められたポスターの絵があることに気がついた。


 なんだろう、これは。


 広げてみると、それは見覚えのない公園。


 その奥に見えるビル群、群青の晴天が描かれたその絵はどこか寂しく、そして儚いものだった。


 描いた覚えは、ない。


 誰かの絵を貰ったのか。


 その誰かも、思い出せない。


 絵の参考になるかもしれない、そう思ったのでしばらく机の上に出しておくことにした。


 また絵を描くということに触れた事で、再び意欲と関心が跳ね上がった。


 兎に角、今は絵を描きたくて堪らない。


 衝動的に、1階からくすねてきたコピー紙何十枚に、使い古した鉛筆で絵を描き殴った。


 身の回りの小物、部屋の窓から見える何の変哲もない景色。


 全て、模写した。


 その内、俺は疲れ果てて机に突っ伏して寝てしまった。








 明朝、起きると頬っぺたに跡が出来ていた。


 それを隠すように、マスクをして午前6時半、家を出た。


 今日は2人に会える、少し不安で楽しみでもある。


 気持ちのいい朝日を浴びて、自転車を走らせる。


 水の引かれた田んぼに陽光が差し込み、反射した光が若々しい苗を照らす。


 夜の涼しさがまだ残った、そして風に揺られた木々のざわめきが耳を癒してくれる。


 伏高等工業学校と記された校門を通り、いつもの駐輪場へ向かう。


 夏季休暇、そして早朝ということもあり校内は静けさに包まれている。


 築100年の気味の悪さもあるが、逆に安心感も抱かせてくれる。


 俺は駐輪場に自転車を置き、昨日と同じ蔦の生い茂る美術部部室へと足取り軽やかに歩みを進めた。


 先程、駐輪場に自転車が何台か置かれていたので、多分美術部部員のものだろうと予想している。


 しかし、3台。


 もし台数と同じ人数だったなら、廃部寸前じゃないか。


 歩きで来ている生徒も中にはいるだろう。





 ────ジャスト3人だった。





 昨日は先生以外誰もいなかった部屋に、3人。


 メガネをかけた髪の毛を下ろした女子生徒が1人と、イマイチパッとしない、けれども顔立ちは良い男子生徒が1人。


 そして、窓際の机に胡座をかいて座る茶髪の目立つ女子生徒。


 アレは、校則的にセーフなのか?


 すると、意思を汲み取ったのか。


 窓際のギャル子さんは、俺に向かって敵意剥き出しで問いかけた。





 「美術部に何の用?」



 「いや、兼部を昨日竹内先生に許可を貰って今日からこの部屋で絵を描くことになった」



 「・・・・・・あっそ」





 質問に回答したのに面倒臭そうに返答された。


 初っ端からメンタルが折れそう。


 あの子は絶対に網野さんでは無いだろうな。


 偏見だが。


 男子生徒が1人、この人が久石君で間違いないだろう。


 成程、お似合いだと思う。


 しかも、お互い奥手そうで。





 ────仲良く、出来るかな。





 取り敢えず、挨拶だけでも。





 「えっと、名前は小詰 縁。今、元々居た陸部を出禁になって、前々からやりたかった美術部に来たんだ」



 「そうなんだ!部員が少しでも増えて良かった!分からないことがあったら私か久石君に聞いてね!」



 「うん、僕は資材の場所はだいたい把握してるから欲しい色の絵の具とか画材があれば言って欲しい」



 「あ、ありがとう。よろしく、お願いします」



 「そんなに堅くならなくていいよ!リラックスして楽しもうね!」



 「うん、よろしくね。えーっと、縁君」





 あぁなんというコミュ力の高さ。


 羨ましい。





 「・・・・・・ちっ」



 「・・・・・・」





 相変わらずスタートから毛嫌いされてしまっている。


 それで、誰なんだろう。





 「あっ、自己紹介するね!私が部長の唯野 憂(ただの うい)で、こっちが副部長の久石 念君!久石君は油絵が上手なんだ!」



 「・・・・・・えっ」



 「ん?」



 「君は、網野さんじゃない?」



 「私が網野だけど」





 窓際の少女はぶっきらぼうにそう言い放った。


 キッと睨みつけながら。


 なんということだ、ババを引いてしまった・・・・・・。





 「お前、ちょっと来い」



 「えっ、ちょっ・・・・・・」



 「いいから」





 俺はギャル子さん基、網野さんに首根っこを捕まれ部長と久石君が居る部屋を退室した。


 そして誰もいない石膏の置き部屋に連れられたや、否や。


 女子の力とは思われない、パワータイプの壁ドンが襲う。


 人生初の壁ドンが脅迫かぁ。





 「お前、樹莉の差し金だろ」



 「・・・・・・」



 「分かってんだよ、樹莉のお節介って」



 「まぁ、気分悪くしてごめん」



 「いや、いい。アイツらしいっちゃアイツらしいから」



 「うん」



 「まぁ、なんだ私のことは一切気にすんな」



 「・・・・・・」



 「絵を描きたくてっていう理由でもあるんだろ?美術部(ここ)に来たの」



 「うん」



 「なら大人しく絵だけ描いとけ」





 何とも威圧的な態度。


 想像していた網野 麻衣とは真逆。


 網野さんに言い詰められる俺の姿は、肉食動物に追い詰められる小動物。


 弱肉強食を存在で表したような人だった。


 でも俺は、一つだけ一つだけ気になることがある。


 この人の描く絵が見てみたい。


 何かに取り憑かれたように、狂おしく思う。


 衝動。


 やはり、アクションペインティングのようなポップで荒々しく激しい絵を描くのだろうか。





 「あと、私は絵をあまり描かねぇ」



 「えっ?」





 落胆。


 多分、顔に出てたのだろう。





 「・・・・・・落ち込み過ぎ」



 「・・・・・・ぁ」



 「そんなに絵が好きなんだな、変なやつ」





 含み笑いの網野さんは、似合わず女子のように笑った。


 女子なんだろうが。


 全く、なんでこんな凶悪そうな人が樹莉の友達なんだ。


 波乱だなぁ。


 波乱。


 その言葉しか、頭の中に浮かばなかった。





 ────嫌に埃っぽい、木造の香りは後にも忘れることは無いだろう。





 良くも悪くも、慌ただしい滑り出しだった。

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