第四頁 『鼓動、脈絡』
「じゃあ、私こっちだから」
「うん、気をつけて」
「ん、ありがと」
夕陽はいつの間にか沈み、別れ道。
いつもは通らない通学路を自転車を引きながら、いつもは話さない人と話しながら帰った。
正直に、もっと話していたかった。
いつの間にか、佐藤さんとの会話に、一緒に居る空間に虜に、夢中になっていた。
こんなはずじゃないのに。
相手は彼氏持ち、俺にチャンスなんてないのに、なんで俺は張り切っているんだろう。
「明日、俺あの2人と会ってくる」
「明日かぁ、私はちょっと行けないかも」
「・・・・・・じ、じゃあ」
「?」
「メアド、交換しない?」
「いいよ」
「い、いいんだ・・・・・・ありがと」
「当たり前じゃん、ありがとうなんて要らないよ」
クスクスとからかうように笑う彼女は手さげの学校指定のバッグから携帯電話を取り出す。
兎のキーホルダーが付いた真っ白なスマートフォン。
傷がないことから、普段の几帳面な性格が伺える。
対して俺の真っ黒なスマートフォン、画面は割れ、所々にかすり傷が見える。
圧倒的、相対的。
「これが小詰君のアカウント?」
「そうだよ」
すると、可愛らしい兎のアイコンからメッセージが送られてきた。
『こんにちは!よろしくね!』
元気ハツラツ、何とも彼女らしいと言ったらいいのか。
俺も拙い文字を紡いで、返信をする。
『よろしく』
もっと、語彙は無いのか、俺は。
ちょっとばかし、悔やむ。
「小詰君っぽい」
「そうかな?」
「うん、じゃあこれで近況報告出来るね」
「うん、何か役立てそうな情報があれば連絡する」
「うむ!よろしく頼むぞ!」
「なんで上官みたいな・・・・・・」
お互い目を見合い、笑い合う。
青春っていうのは、こういうことを言うのかな。
少し、チクチク心が痛むのは何故だろう。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
そう言って彼女は赤色の自転車に乗って、夜道に漕ぎ出した。
その後ろ姿は、明るさを体現したような。
俺みたいな、半端者には眩しくて。
煌めいて見えたんだ。
俺は、小さな溜息を吐いて自分の自宅へと向かう通学路を進んだ。
見慣れない帰路に、違和感があるが今はそれが嬉しい。
見えてきた、青い屋根の一軒家。
小詰家の実家である。
昼間の雲の色をした軽自動車。
真っ赤なプラスチック製のポストには何通か郵便物が届いている。
それを乱雑に取り、玄関へ向かう。
無駄に凝った装飾の鉄の扉、ポストに隠してあった合鍵を使って解錠する。
扉を開けると、見慣れた廊下。
少し泥の着いたスニーカーを靴箱へしまい、簀子から廊下へ上がる。
「ただいま」
「随分、遅かったじゃないの。遅くなるなら連絡してって言ったでしょ?」
「次から、気をつける」
キッチンから顔を出した母親からの注意を軽く無気力に受け流し2階の自室へ向かう。
────また、おかえりって言ってくれなかったな。
なんて、心底どうでもいいことを思いながらベッドに沈む。
芳香剤の匂い。
ベッドの魔力というものは凄いもので、1度ベッドへ上がってしまうとやる気が削がれ奪われてしまう。
何をするのにも億劫で。
意味もなく携帯電話を開く。
────あっ、このバンド新曲出してる。後で聴こう。
────この俳優さん、亡くなったんだ。好きだったのになぁ。
────明後日、新しいゲームの発売日か。お小遣いもないし買わないけど。
死んだ魚の目でインターネットの海へと潜る。
中身が空っぽの回想だけが頭を支配する。
「早くお風呂、入りなさい」
「分かった」
毎度の事ながら、早めの入浴の催促が入る。
重い腰を上げ、とぼとぼと思い足取りで風呂場へ。
今日の夢のような時間は、自分からしたら非日常。
そんな非日常は、いざウザったい現実的な日常に戻ってしまうと、酩酊したように心身共に多大な負荷がかかる。
楽しかった時の光景がフラッシュバックして、どうしても現実逃避の4文字が脳裏を過る。
その思考を捨てるが如く素早く脱衣して、温かそうな湯気がたちこめる風呂場の中へと入った。
────名前しか知らない、網野さんと、久石君。どんな人なんだろ。
シャワーを浴びながらふと考えてみる。
無数の水滴がとめどなく俺の顔を濡らす。
視界がぼやけて水が目に入るので、やがて瞼を閉じると、真っ暗闇の中、色々な記憶が映し出される。
久し振りに描いた絵、2人で自転車を引いて帰った通学路。
不思議と全部、鮮明に思い出される。
そしてメインミッションである、網野さんと久石君のことも思い出す。
2人とも同じ部活、同じクラスで周りから見たらお熱いカップルに見える・・・・・・。
でも傍らの本人は、上手くいっていないと。
恋愛って難しい。
答えがないのが厄介だなぁ。
ついでに何が正解かも分からない。
そんな無理ゲーを、恋愛経験ゼロの非モテな俺に押し付けるかね。
それに、個人的にどんな絵を描く人達なんだろう。
それも、気になる。
超私事。
────竹内先生程じゃないけど、絵を見ればどんな人か少しばかり分かるのもあるしね。
でも、本当に俺で良かったのだろうか。
先程までありもしなかった不安が急に襲ってきた。
そして考えに考え、広大な妄想を繰り広げ。
────盛大に、逆上せた。