第一頁 『脇役』
私、柴口 元の処女作となります。
拙い文字列、似たような展開で申し訳ありません。
私自身の経験と、妄想と、青春への憧れを描きました。
どうぞ、お楽しみください。
猛暑が続く8月の真っ只中、窓の外。
高校球児達は最後の夏を有終の美を飾るという目標を持ち、黙々と練習に励んでいる。
微かに聴こえる、ユーフォニアムとアルトサックスの音色。
陸上競技部の、スターターピストルの号砲。
夏は学生を活気溢れるものにしてくれる。
項垂れるほどの暑さも、嫌にまとわりつく汗も。
全部が夏だ。
頭がこんがらがる、数学の数式がチョークで黒板に書き殴られる。
コツコツと。
学生の間、聞き飽きるほど聞く独特な音。
────今年で、最後かぁ。
そう思い、窓の外を脱力気味に眺めるのは、伏工業高等学校に通うパッとしない学生、小詰 縁。
3年1組、予習組の1人。
現在進行形で予習の真っ最中である。
将来のビジョンも無く、成り行きで受験した工業高校。
青春なんて言葉に縁がなく、想像していた高校生活とは酷くかけ離れた3年間を過ごした。
2年間の春夏秋冬、陸上競技部に所属し、プライベートまで削り、練習。
努力の末、大会ではそこそこの結果。
────が、顧問と大喧嘩勃発。
結果、高校最後の大会を皮切りに3年生にして部活動を出禁。
それが原因で法に触れない程度にやさぐれ、担任には放任される始末。
悪ぶっても、警察は怖い。
そんなチキン半グレの状態で望んだラストオブ期末テストは、脅威の赤点オンパレード。
レッドカーペットである。
そんな退屈で面白味も何も無い高校生活を過ごしてきた。
せめて、せめて癒しを、彼女でもとSNSで知り合った他校の女子へ猛アタック。
必然的な惨敗を喫し、メンタルは軽く崩壊。
そして最後の夏、今に至る。
ポエミーに窓の外からの様々な情報、五感で体感した感想を頭の中で繰り広げる。
俗に言う中二病なのだろうか。
これはもう高三病だろう、妄想と現実の差異に絶望した高校三年生が陥る精神疾患。
────俺だって、青春したかった。
屋上で友達と昼飯を食ったり、学生服でプールにダイブしたり。
まぁ、現実は小説より鬼なり。
自殺防止のために屋上は閉鎖、学生服でプールにダイブしようものなら1発で特別指導行きだろう。
カムバック、青春。
体感では半永久的だと感じた予習も終わり、昼過ぎ。
生憎予定もなく、泣く泣く帰路につくことにした。
自転車置き場へ、歩みを進める途中、ある人に出会った。
準幼なじみの女子、佐藤 樹莉。
バスケ部のマネージャー。
俺が関わるに躊躇うくらいの美人で、性格よしの完璧人間。
準というのは小学校低学年から同じクラスだったが、勿論のこと接する機会などなく、中学校で隣席だったため仲良くなるべくして仲良くなったという。
奇跡的にお近付きになれた、別次元の存在。
映画好きという共通点で、なんとか友好関係を築いていた。
今では普通に廊下ですれ違った際、挨拶をし合う仲である。
少し、自慢が入っている。
そんな彼女は、勿論彼氏持ち。
────という噂を聞いている。
まぁ、妥当だろう。
必然というべきか。
「予習は終わった?」
「今、終わったとこ」
「そっか」
「佐藤さんは、部活、今終わったとこ?」
「うん、あとこのビブスを片付けたら」
「そっか」
「そうだ、この後時間ある?少し話したいことがあるんだけど」
「空いてるけど、具体的にどんな?」
「まぁ、色々」
「はぁ、色々・・・・・・」
「じゃあ、自転車置き場集合ね」
「うん」
「またね」
以外にも会合のお誘いだった。
期待せずに、期待して待とう。
これはワンチャンスあるかもという自惚れ、何か進路かそれ以外の雑務の押し付けかという現実的な思考が犇めき合う。
脳内ふわふわスパイラルは、鼓動を早める。
女子と接するのは、やはり苦手だ。
今でも佐藤『さん』付け。
いかにも恋愛経験の底の浅さが測りうる。
自転車置き場、寂れた鉄の仕切りに腰を下ろし、片耳にイヤホンをつける。
この夏、好きなバンドの新曲。
嫌味か、ラブソング。
いつか、女子と2人でイヤホンを片耳ずつつけて聞いてみたい。
左耳から色々な部活動の掛け声、セミの鳴き声。
右耳から軽快な音楽。
ベースラインが好みだ。
程なくすると、垂れ下がっていた片方のイヤホンを取り上げられる。
佐藤さん。
彼女は取り上げたイヤホンを左耳につけ音楽を聴いた。
不意に心臓の鼓動が跳ねる。
あれ、夢かな。
現実なら夢が、叶った。
いとも簡単に、呆気なく。
「この曲、知ってる」
「えっ?」
「デビューしたばっかのバンド、その新曲」
「知ってたんだ、意外」
「私だって音楽は聴くよ、好きだもん」
異性の口から『好き』という単語を聞くと反射的に背筋を伸ばしてしまう。
性だろうか。
「で、話したいことって」
「あぁ、あのね」
「うん」
「手伝って欲しいの」
やっぱり、雑務か。
現実思考が妄想を押し返す、脳内の思考が冷静さを取り戻す。
「夏季休暇の課題?」
「ううん」
「部活動の何か?」
「違う」
彼女は俯き、顔を見せてはくれなかった。
そんなに言いづらいことなのか、何だろうと少し心配になる。
「・・・・・・の」
「え?」
「・・・・・・青春」
「?」
「青春のお手伝い」
「えっ?・・・・・・それってどういう・・・・・・」
「・・・・・・私の友達がね、好きな人がいるの」
「友達・・・・・・」
「その、お手伝い」
どうやら彼女の友人の意中の相手との恋のキューピットに、俺は抜擢されたらしい。
「こんなこと、頼むのは酷だと思う・・・・・・」
「いや、全然・・・・・・」
「でも、最後の夏。私、誰かの青春を近くで見ていたいの」
「誰かの青春・・・・・・」
「私になかった、青春」
意外にも彼女にもまだ青い春は訪れていないという。
彼氏と上手くいっていないのだろうか。
そんな思考もチラついてくる。
「私達が脇役になろう」
「脇役ねぇ・・・・・・」
「人の幸せ、おすそ分けしてもらいたいんだ」
「・・・・・・」
「ダメ、かな」
「・・・・・・いいよ、分かった」
彼女の熱意に押され、俺は渋々そのお手伝いをすることになった。
具体的には伝えられていないが、要はその2人をくっつければいいのだろう。
退屈だった夏、名前も知らない誰かの青春のお手伝い。
少し、良いかもって思った。
────幸せの、おすそ分け。
幸せかぁ、幸せって何だろうと目をつぶって考えてみる。
恋の成就、友情の開花。
確かに他人の幸せも悪くない。
高校最後の夏、恋愛小説の名脇役になることを心に決めた。
ただの余白のページに、一文が書き綴られた日。
────みずみずしい青春の1ページ、短くて長い夏が始まった音がした。




