第二王妃の帰還・4
城に居を移してから一週間。ロザリーにとっては、目まぐるしい一週間だった。
まずは、予想していたとはいえ、マデリンの侍女からくる、異常なまでの圧力がすごい。
「あら、平民上がりの王妃様の侍女は、良いわね。気品も家柄もなくても重用してもらえて」
マデリン王妃の侍女は、近隣の伯爵家や子爵家の娘が多い。ロザリーが田舎男爵の娘と知るやいなや、嫌味の応酬が始まった。言い返そうものならクレームが来るので、甘んじて受けていたロザリーだったが、クロエが居合わせると反撃に容赦がない。
「あら、マデリン様の侍女が徒党を組んでこんなところでなにをしているのかしら? 人数がいないとできないような仕事を任されたの? マデリン様は装飾品ひとつとっても莫大にありますものね。ひとつの仕事をするのに、そんなに人数が必要なのかしら。なんて大変なんでしょう」
イートン伯爵は、伯爵位を持つ貴族の中でも上位の立ち位置だ。マデリンの侍女たちは、ロザリーに嫌味を言えてもクロエには言えない。
大抵はクロエに逆らえず黙って去っていく。
「ありがとうございます。クロエさん」
「本当のことでしょう。あなたは働き者で仕事が早いわ。アイビーヒルでは下働きもしてたっていうものね」
「もともと田舎貴族なので、動くのは好きなんです」
「感謝してるわ。あなたがよく働いてくれるから、私は大して動かなくても済むんだもの」
そこをはっきり言ってしまうところがまたクロエらしく、ロザリーはふふと笑ってしまう。
「私、クロエさん、好きです」
「……何言ってるのよ。いいように使われているの、分かっている? 本当にあなたは人が良すぎて心配……」
「クロエ嬢?」
聞き覚えのない男性の声だった。しかし、クロエは面識があるようだ。栗色の髪に空色の瞳。そして傲慢さを感じさせる表情。
「これは、……コンラッド様」
クロエがすっと一歩下がり、深々と礼をする。
慌てて、ロザリーも隣で頭を下げた。
(コンラッド様って……第三王子のコンラッド様?)
「どうして君が城に?」
「カイラ様の侍女として、お仕えすることになりました。行儀見習いですわ」
コンラッドは驚愕で目を見開いた。
「伯爵令嬢の君が、侍女仕えなんて必要ないだろう。それに第二王妃だと、いろいろ支障もあるだろう。仕事をしたいなら、うちの母を紹介してやったのに」
「あら。私の父がカイラ様の後見人をしているのは、ご存知でしょう? そのような身の上で、マデリン様に仕えられるわけがありませんわ」
コンラッドはハッとする。
まるで今初めて知ったとでもいうような態度だ。第三王子は学生だと聞いてはいたが、まさか主要貴族の勢力図が頭に入っていないのだろうかと、ロザリーは驚いた。
「それは……。だが……」
「ところでコンラッド様。アイザック様はご健在ですか?」
畳みかけるようにクロエが言う。その瞳は挑むようにコンラッドに向けられている。対する彼は、眉根を寄せ、不快感をあらわにした。
「なぜ君が兄上のことを気にする?」
クロエは口もとに笑みを浮かべる。
「私とアイザック様は婚約の話もあった間柄ですもの。気にするのは当然ですわ。まあ、成就にはいたりませんでしたけど」
艶めいた表情でそう言われれば、アイザックとクロエの仲を勘繰らない人はいないだろう。ロザリーは胸がざわりとした。
「……兄上はおそらく失脚する。そうなれば私が王太子だ」
「そうですわね」
挑むように言っても、クロエは、自分には関係ないといった態度ですっと流していく。
一言一言に裏の意図があるような会話に、ロザリーは生唾を飲み込んだ。緊張でどこで息をしたらいいのか分からない。
(コンラッド様ってもしかして、クロエさんが好きなの……?)
次に発する言葉を決めかねている様子のコンラッドに、クロエはふっと笑みを返した。
「そろそろ行かないと、ロザリー。失礼しますわ、コンラッド様」
「あ、……ああ」
ロザリーも、頭をぺこりと下げて脇をすり抜ける。
「……いいんですか?」
「いいのよ。コンラッド様は、グラマースクールの先輩なの。話しかけてくるのはそのせい」
「そうなんですか」
クロエは綺麗だし存在感がある。我儘ともとれるが、誰にも従わない王者の気品があるのだ。
コンラッドが好意を抱いても不思議ではないと思うが、イートン伯爵の立場上、政敵ともなるアンスバッハ侯爵の支配下にあるコンラッドはとても好意的に迎えられる相手ではない。
「ロザリーさん、クロエさん、こっちにいらっしゃい」
部屋に戻るとすぐに、カイラに呼ばれる。
「お呼びですか?」
「ああ、そんなにかしこまらないでちょうだい。ちょっと相談に乗ってほしいのよ」
カイラは少し困ったようにほほ笑み、椅子を勧めた。
カイラとクロエの相性があまりよくないというのは本当のようで、彼女はクロエに対しては遠慮したような態度を取る。
「実は陛下から衣装を作るように言われて、今日仕立て屋さんが来るの。なるべく豪華にするように言われたのだけど、ひとりだと決めかねてしまうから。あと、あなたたちのドレスも一着ずつ注文したいの」
「え……でも、わたしたちにもですか?」
「私の侍女の面倒を見るのは私の務めよ。陛下の許可もいただいているから、気にしないで」
ロザリーとクロエは顔を見合わせた。そして、こっそりとほほ笑みあう。
ライザによると、ナサニエル陛下はカイラへの寵を周囲にアピールしたいのだそうだ。
そうなれば、無実の証明ができなくとも、カイラの子であるアイザックに対しての対応は甘くなる。
議会政治が浸透していても、この国が王国を名乗っている以上、王の影響力は大きいのだ。
やがて仕立て屋がやってきて、カイラのためのドレスを見立てた。
これはクロエが主導権を握っていて、用途に応じたドレスを次々と選んでいき、カイラの好みを考慮して時折ライザが口をはさむ。ロザリーはほぼ出る幕無しだ。
その後、お仕着せとして、生地を同じにしつつ、デザインは異なるドレスを三人分注文する。
採寸し、デザインと生地を選ぶ作業は、楽しいものの結構疲れるものである。
終えた後は、みんなでお茶を飲むことにした。
「……そうそう。今度アイザックと会えることになったの」
思いがけないカイラの発言に、ロザリーは身を乗り出した。
「本当ですか?」
「ええ。でも、警備兵が見張っている中での面会だから。大したことはできないわ。あなたが元気でいることも伝えられるか分からない」
「それでもいいです。ザック様の様子が聞けたらそれで……」
ホッとし、瞳を潤ませるロザリーを、カイラは母親のようなまなざしで見つめる。
「ありがとう」
「え?」
「きっとあの子は、あなたが待っていると思えば、希望を失わずにいられるわ」
カイラのくれたその言葉は、なにもできなくてもどかしさを感じていたロザリーを慰めるものだった。
ホッとしたのか悲しいのか嬉しいのか分からない涙が、ロザリーの頬を伝う。ロザリーはしばらく顔を上げられなかった。