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第二王妃の帰還・3


 とある晴れた日に、カイラは王城へと戻ってきた。

 まだ疑惑の晴れないアイザック第二王子の母であり、第二王妃である彼女に対して、周りの反応は様々だ。


 間違いなく王の寵愛は彼女にあるのだからという理由ですり寄ろうとするもの。

 疑惑の第二王子の母だからといってしり込みするもの。

 侍女はおおむね、マデリン第一王妃を恐れて、遠くから伺うにとどまっていた。


 カイラが連れてきた侍女は三人。

 昔から彼女の傍に仕えている筆頭侍女のライザと、毒見係であるロザリー、そしてクロエである。


 ロザリーが王城に上がるのは、デビュタントの日以来だ。

 その時は、ロザリーに関心を寄せる人間などほとんどいなかった。

 だが、カイラの傍についているだけで、その場にいるほぼすべての人間の視線が刺さってきた。


(カイラ様は、こんな中で暮らしてきたんだ)


 大人しく、陰で人を支えることに喜びを見出すような彼女の性格で、王城暮らしは辛いことの連続だっただろう。

 今にもうつむいてしまいそうなカイラを後ろから眺めながら、ロザリーは彼女を支えなければという意思を強くした。


 カイラに用意された居室は、王の寝室から数部屋しか離れていなかった。

 第一王妃の部屋よりも近いことを、口さがなく言うものもいて、廊下を歩いているうちに、カイラの顔は自然と足もとを向いていた。


 しかし、部屋に近づくにつれ、ざわめきは違った色味を帯びてくる。

 驚きが混じったざわめきに、カイラは気になって顔を上げた。


「カイラ、待っていたぞ」


「……陛下?」


 部屋の前で、ナサニエルが待っていたのだ。

 使用人たちの空気が一気に変わる。間違いなく、国王陛下の寵愛を受けているのはカイラだと証明するのに、これ以上効果的な方法はなかった。

 ナサニエルはゆったり周りと見回すと、よく通る声で側近に言いつける。


「しばらく妃の部屋でくつろぐ。呼ぶまで下がっていろ」


 戸惑うカイラの腰を抱き、中へと入っていった。ロザリーとクロエは少し遅れて入ったが、中を見て唖然とする。

 短期間で揃えたとは思えないほど、立派な家具が並んでいる。三人は横になれそうなほど大きな天蓋のベッドに、大きなクローゼット。縁飾りが見事な全身鏡、細工の凝った宝石箱。くつろぐためのソファや机も、贅を凝らした素晴らしいものばかりだ。


「……陛下」


 カイラが眉を顰め、非難がましい声を出す。


「待て、怒るな。君が贅沢を好まないことくらい知っている」


「でしたら」


「これは牽制だ。周囲に、君が寵妃であると分からせるためのな」


「ですが、これではマデリン様が……」


 なおも言いつのろうとしたカイラの唇を、ナサニエルが指で押さえる。


「……バイロンを亡くした以上、マデリンを正妃として優遇する必要はない」


 カイラは不思議な気持ちで彼を見上げた。昔は、もっとマデリンに遠慮するそぶりがあったのに、あまりにも吹っ切れていないだろうか。


「ですが、コンラッド様だっていらっしゃいます。それに……マデリン様の心境を思えば、申し訳ない気持ちもありますわ。我が子を亡くして、悲しみに暮れておられるはずです。今、一番あなたに支えて欲しいと思っていらっしゃるでしょうに」


 うつむいてしまったカイラに、ナサニエルはため息を落とす。


「……私に、マデリンのもとへ行けというのか?」


「そうではありませんが。もし行かれても、止めはしません。私だって人の親です」


 一瞬、空気が固まりかけたそのとき、ぽつりと続けたのはカイラだ。


「……行ってほしくないという思いがないとは言いませんわ」


 それに、ナサニエルは満足そうな笑みを浮かべる。


「ならば今は座れ。敵地ともいえる王城に戻ってきたそなたを、ねぎらいにきたのだ。茶の一杯くらい、ここで飲んで行っても構わないだろう」


 促されて、カイラは座ると、ナサニエルはその隣に腰掛けた。

 お茶を淹れるのは侍女の役目だ。ライザに手招きされ、クロエとロザリーは茶道具が用意されたテーブルへと向かった。


「……なにを見せられているのかしらね、私達」


 横目でソファに並んで座る陛下とカイラを見ながら、呆れたように言うのはクロエだ。


「お二人の仲が良くて何よりじゃないですか」


 のほほんとしているのがロザリーである。

 ライザの指示のもと、用意された茶葉とお湯を使って、クロエがお茶を淹れる。

 クロエが淹れるお茶は、ロザリーが淹れるものの何倍もおいしい。

 ロザリーが注意力散漫なのに対して、クロエは誰に何を言われてもあまり動じることがなく、途中で何が起ころうと、お茶を入れることのみに集中できるのだ。


 お盆に乗せられたお茶は、綺麗な透き通った赤茶色だ。豊かな香りが鼻をくすぐり、飲む前からおいしいことが分かる。お菓子は料理長が作ったものをライザが持ってきてくれた。


 ロザリーは毒見の特権で、それを一口ずつ先に賞味し、異常がないことを確認して頷く。

 すると、クロエがふたりのところへ持っていった。


「毒見も済んでおります。どうぞ」


 クロエの姿を確認すると、ナサニエルは瞬きをして彼女を見つめた。


「ああ、イートン伯爵のお嬢さんか」


「いつも父や兄が面倒をかけております」


「いや。伯爵にはいつも助けられている。その恩になかなか報いることができず、本当にすまないと思っているんだ」


「恐悦至極に存じますわ」


 恭しく頭を下げ、クロエはロザリーのほうまで戻ってきた。


「……ちょっと意外ね。陛下って、もっととっつきにくいと思っていたわ」


「そうですね」


 ロザリーも頷く。デビュタントで拝謁したときは、厳格そうだが意思を感じさせない無個性さを感じたのだが、離宮で会ったときから、がらりと印象が変わっていた。

 思っていたよりもずっと親しみやすく、愛情深い。それでいて、どこか冷徹で底知れなさも感じさせる。


「このまま、ご政務にも復帰されるのかしらね]


「そうであって欲しいです」


こそこそと会話しながら、和やかなアフタヌーンティーの時間は過ぎていった。



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