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第二王妃の帰還・2


 カイラが王城に戻るのに合わせて、ロザリーも城住まいになる。

 そのための支度をしようと、イートン伯爵が街へと連れ出してくれた。通いの侍女となるクロエも一緒だ。


「ドレスだって調度品だって、職人を屋敷に呼べばいいじゃありませんか。どうして街へ?」


 ロザリーは街に出るのが久しぶりだったので単純に嬉しかったのだが、クロエは少しばかり不満そうだ。


「たまには自分の目で見るのもいいだろう? それに、君たちに見せたいものがあるんだ」


 イートン伯爵は、平民街の方へと馬車を向けさせた。

 王都は、塀で囲われた王城が北側にそびえたち、その周りを囲うように貴族街があり、南側に平民街がある。

 貴族街は道幅も広く、馬車が楽に通れるが、平民街に入ると中央の通り以外は細い道ばかりになる。南に行けば行くほど、建物が貧相になっているのが見て取れた。


「どうして平民街に?」


 クロエはまだ不満そうだ。


「君たちに、なぜ私がアイザック王子を支持するかを伝えたことがなかったなと思ってな」


「三歳まで育てたようなものですし、単純に息子のように思っているのではなかったのですか?」


 問いかけるのはクロエだ。

 ロザリーも頷く。ザックから、イートン伯爵を本当の父のように思っていると聞いたことがあったし、ケネスとも兄弟のような間柄だから、てっきり家族的な扱いをしているからだと思っていた。


「まあそれもあるが、私には、彼がやろうとしていることが正しいと思うからだよ。……あそこにある建物が何か分かるかい?」


 何の変哲もない、四角い建物だ。人が住むためのものではないことは分かるが、それだけだ。


「なんですか?」


「平民街の水道の浄水施設だ。地方は規模が小さいから、街や村全体を整備できるが、王都くらい大きな都市となると、一気に整備をするわけにいかない。ましてここは、貴族が多すぎる。誰もかれもが貴族街の整備を優先し、平民街の整備をおざなりにし続けてきたんだ。そのせいで、平民街の水道整備は遅れたし、始まってからも、汚れた水が流れ込み、悪臭が立ち込めることになったんだよ」


 ロザリーが住んでいたところは田舎で、整備が遅れていたから井戸の水を使っていた。しかし、イートン伯爵領は水道が引かれていて、綺麗な水を安全に使えたことを思い出す。


「アイザック王子は、貴族議員となって最初の議会で、それを指摘した。議員は貴族ばかりだから、反対するものも多かったんだ。だが、平民街で病気が蔓延すれば、すぐに貴族街へも広がる。平民街を整備することは、結果的に貴族を守ることだと主張し、整備するための法案を通したのだ」


「そうなんですか」


 ザックの仕事に関する話は、あまり聞いたことが無い。ロザリーは驚きつつも、嬉しくなる。ザックに平民の血が入っているからかもしれないが、貴賤の差で扱いを変えないところは、彼の素晴らしい資質だと思えたのだ。


「イートン伯爵領のように、みんなが安全に水を使えるような都市にしたいと言ってくれたんだ。あの時は嬉しかったなぁ」


 伯爵の顔が誇らしげにほころぶ。

 たしかに、アイビーヒルは住みよい街だ。それはイートン伯爵が、平民を大切な財産と考え、街の整備を怠らないからだろう。

 ザックの理想は、アイビーヒルにあるのかもしれない。


「あの時は敵も作っただろうが、彼の意見に賛同するものもまた多かった。バーナード侯爵もそのひとりだね。だから我々はアイザック殿を旗頭として、アンスバッハ侯爵に対抗する勢力を作ろうとした。だが、まだ若いアイザック殿には少しばかり重責だったのだろう。やがて心を壊し、見かねたケネスが、アイビーヒルに連れて行ったんだ」


「そう……だったんですね」


「私はね、あの子を息子のように思っている。その一方で、君主として必要な感覚を持ち合わせていると思うんだ。だから彼を支援するし、彼の無実を信じている。君たちも、君たちの目に映る彼を信じてあげて欲しい。そしてできれば、力になってやって欲しいんだ」


 イートン伯爵の言葉は、ロザリーの胸にすとんと落ちてきた。

 ロザリーの知るザックと、変わりないアイザック王子の姿。王子だからと驕ることなく、平民の日々の暮らしに触れ、困ったことを改善しようとしてくれる。

 国を良くするために、彼はいつも自分にできることから始めてくれているのだ。


「もちろんです」


「……そうね」


 意気込んで頷いたロザリーとは対照的に、クロエは気のない様子で頷いた。


「それよりも、買い物はどうするの?」


「ああそうだな。では貴族街に戻ろうか」


 馬車は道を曲がり、貴族街の方へと向かった。市場へやって来ると、クロエの機嫌が一気によくなる。


「降りていい? ゆっくり見たいわ。ほら、行くわよ、ロザリー」


「待ってくださいっ」


 御者席に乗っていた護衛が、ともについてきて、ふたりの買い物に付き合ってくれる。


「カイラ様の侍女ですもの。身だしなみには気を使わないと舐められるわ。城にはマデリン様の息がかかった侍女がいっぱいいるんだから」


「そ、そうなんですね」


「装飾品は戦闘服のようなものよ。そんじょそこらの侍女になんて負けるもんですか」


 クロエは気が強く逞しい。一緒に来てくれるのが心強く感じる。


 やがて入った銀細工の店で、ロザリーは一対の首飾りに目を奪われた。鎖に小さなペンダントトップが通されているというシンプルなものだが、そのペンダントトップが一風変わっているのだ。

 花びらのような形がふたつくっついて、その根元から一本線が飛び出している。ひとつだと首をかしげてしまうようなデザインだが、向きの違うもうひとつとくっつけると、四葉のクローバーになるのだ。


「あら、お目が高い。これ、新鋭のジュエリーデザイナーが手掛けた新作なのよ」


「素敵ですね。それに面白い」


「銀には、魔を退ける力があると言われるわ。そして四葉のクローバーは幸福の象徴なの。大切な人を守り、ふたりがひとつである証として恋人同士やご夫婦にお勧めしているの。あなたもどう? 恋人とつけたら素敵よ」


「そうですね」


 ザックは王子様で、もっと豪華な装飾品をつけるべきだろう。が、ロザリーはこれが妙に気に入ってしまった。

 銀細工ということでそこまで高い値段でもなく、ロザリーの手持ちでも買えるのもポイントだった。


(ザック様に渡せるのは当分先になるだろうけど。……いいよね。お守りだと思って持っていよう)


 その後は、クロエにせかされて、侍女としての支度を整えた。動きやすい靴に、下着類。動きやすいドレスは採寸をしてもらい注文した。それに、ハンカチや身の回りのものに刺繍をするための刺繍糸も買った。


「これで良いかしらね」


「はい! クロエさんが一緒でよかったです。私だけじゃ何を買っていいか分からなかったですもん」


「おかしいわね。侍女経験はあなたの方があるはずなのに」


 なかなかに鋭い突っ込みである。ロザリーはえへへと誤魔化し、クロエの腕を取った。


「田舎娘ですもん。王都の長いクロエさんには敵いません」


「では、気の利かない田舎令嬢に、私からの提案よ。そろそろ足が疲れました。お茶にでもしない?」


「はい!」


 言い方はきついが、腕は振り払われることはない。

 嫌われているわけではないとちょっとうれしくなりながら、ロザリーはクロエとともに伯爵のもとへと向かった。



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