一緒にいたい、好きだから・5
それから半年後、学術院を卒業したコンラッドは、ザックが継承するはずだったグリゼリン伯爵領を継ぐことが決まり、領地経営の勉強にいそしんでいた。
この頃には、彼はすっかり吹っ切れており、兄たちとの関係も良好なものとなっていた。
「道路を整備すれば、グリゼリン領の大量の森林を資源として利用できるはずだ。俺たちも協力するからな」
「どこまでやれるか分からないがやってみますよ。新しい土地のほうが、俺の悪評もないですし。比べられることもないでしょう」
コンラッドは自身の青い瞳を隠すように目を伏せる。
王都では、コンラッドは不実の子だという噂が横行している。ナサニエルをはじめとして、バイロンやアイザックがコンラッドを身内として扱うことで、声高に口にするものはいないが、本人には感じることもあるのだろう。
「臣籍降下するのも、今となっては願ったりです。この瞳に、王家は重たい」
「コンラッド」
「俺は俺の生きる道を捜します」
旅立ちの日の朝は、ケネスやクロエも見送りに来た。
コンラッドはクロエに未練がありそうな言動をしていたが、クロエににこやかに見送られ、引きつったままでの出立となった。
そして更に半年経った、爽やかな風の吹く日。
王都の鐘が、王太子の結婚を祝って、一時間おきに鳴り響いている。
「綺麗ね、ロザリー」
城の控室で、ロザリーは城の衣裳係にドレスを着つけてもらっていた。
ハイウェストのプリンセスラインの白のドレスだ。精緻なレースがあしらわれていて、全体的に清楚な印象がある。十七歳の若い花嫁ということで、若々しいデザインだ。
見守るケイティは涙目で、隣には肩に薔薇を大きくあしらい、反対側の肩を露出した扇情的なドレスのクロエがいる。
「似合うわね。さすが私の妹よ」
「クロエさんたら。血のつながりはないじゃないですか」
「いいでしょ。ほら、お母様だって喜んでいるわ。念願の娘の嫁入りですもの」
「可愛いわ、ロザリー。ああもう本当に可愛い!」
養子だというのにこんなに喜んでもらえるなんて、ありがたい限りである。
「泣かないでくださいな。お義母様」
ロザリーがケイティの涙をハンカチで拭いていると、ノックの音がした。
「オードリーです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ! 入ってください」
促すと、水色のドレスを着たクリスとベージュの落ち着いたドレス姿のオードリーが入ってくる。クリスはブーケを手に持っていた。
「はい、ロザリーちゃん。お花」
「ありがとう、クリスさん」
「クリス、これからはちゃんなんて呼んじゃ駄目よ。ロザリンド様って呼ばないと」
「ふたりきりのときはいいんですよ」
「駄目です。うっかり出るんだから」
オードリーが母の顔を見せる。
オードリーは今、学術院で臨時講師として働いている。レイモンドも城の料理人と活躍しており、クリスも学校に通い始め、たくさんの友達ができた。
それぞれに王都に基盤ができたため、レイモンドはアイビーヒルに帰るタイミングを見失っているらしい。
「ロザリーちゃんはお姫様になっちゃうんだね? クリス、もう遊べないかな」
「クリスさんはずっと私のお友達ですよ。でもなかなか会えなくなるかもしれません。寂しくなったら、お手紙を書きますね。クリスさんこそ、私のこと忘れないでくださいね」
「うん!」
クリスのキラキラとした瞳を見て、ロザリーはホッとする。
政治や国づくりなど難しいことは分からないけれど、ロザリーはできれば、子供が希望を失わない国であってほしいと思う。
そんな国を作るのが目標だとアイザックに言ったら、彼は柔らかく笑って同意した。
ふたりの共通の目標が、平和なものであることがうれしくて、ロザリーはますますザックが好きになった。
「さあ、アイザック様がお待ちですよ」
「はい」
扉の外にはイートン伯爵がいる。教会の祭壇の前までエスコートしてくれるのだ。
「ロザリー、綺麗だね。アイザック殿にやるのが惜しいなぁ」
「本当に。俺がもらっても良かったかもね」
うしろからケネスが顔を出し、からかうように笑って見せる。
「また! お兄様は茶化すのがお好きね」
ロザリーの脇をするりと抜けて、クロエがケネスの腕へとしがみつく。
クロエのほうがよっぽど結婚適齢期の令嬢なのだが、いまだブラコンを克服する気はなさそうだ。
ロザリーはイートン伯爵の腕を取り、思い切り笑って見せた。
「では行ってまいります!」
これから歩むのは、簡単な道ではないだろう。
犬の記憶のある元男爵令嬢が歩むには、少しばかり険しすぎるし山も高すぎる。
それでもこれだけ、応援してくれる人たちがいるのだ。挑む前から無理だなんて言いたくない。
教会へと入ると、親族と来賓が椅子に並んでいた。中に、ルイス男爵の姿も見える。遠くから顔を見せに来てくれたことに感謝して、ロザリーは笑いかけた。
そして正面には、夫となるアイザックがいる。
少し照れたように頬を染めて、ロザリーが近づいてくるのを今か今かと待っている。
一緒に歩くイートン伯爵が、近づくにつれ歩幅を狭めたため、姿は見えているのになかなか手の届くところまで行かない。徐々にアイザックの笑顔が引きつってきて、ロザリーは笑いたくなってしまった。
「緊張はほぐれたかな。レディ?」
小声でイートン伯爵から耳打ちされ、そのままザックへと引き渡される。
散々待ったザックは、ロザリーの手を握ると「やっと来た」と息を吐く。
「お待たせしました」
「本当だよ。俺はだいぶ待った」
「へ……んんっ?」
神父が話を進める前に、ザックは勢いでロザリーの唇を奪っていた。
「ん―! んっ!」
「幸せにする。神に誓う前に君に誓う。一生、大切にするからついてきてほしい」
それは人前でやらないでください。
そう思わないこともなかったが、それを無頓着にやれてしまうのがアイザックという人だ。
ロザリーは顔を真っ赤にしたまま、「はい!」と元気よく答えた。
「あの……、まず神に誓いましょう。いいですか? アイザック王子」
困り切った神父の言葉に、会場がどっと沸いた。




