一緒にいたい、好きだから・4
「私を妻にしてくださるなら、ひとつ、知っていてほしいことがあります」
今更、教える必要はないことかもしれない。だけど、家族になるというのなら、隠し事はしたくなかった。
ありのままのロザリーを好きでいてほしいから。
「なんだ?」
「私、実は、犬の記憶があるんです」
ザックは一瞬呆けた顔をしていた。何を言われたのか、分からないとでもいうような。
少し気持ちが怯んだが、ロザリーはそのまま続けた。
「私が、鼻が利くって言ったじゃないですか。あれって、犬の記憶が戻ったのと同時なんです。たぶんですけど、私の前世って犬なんですよ。リルっていう名前の、切り株亭で飼われていた犬です」
「え……」
「それを知っているのは、レイモンドさんだけです。荒唐無稽な話ですけど、信じてくれました。私とリルは瞳の色が同じなんだそうです。……これで、ザック様に言っていないこと、もう何もないと思います。それ全部知ったうえで、私を王太子妃にしたいって思いますか?」
前世が犬の、田舎の令嬢。あまりにも風変わりで、ロザリーは自分が王太子妃にふさわしいなんて思えない。もっとそういうのが似合う人はいっぱいいる。
例えばクロエならば、彼の隣に立っても見劣りもしなければ、堂々と立ちまわることもできるだろう。
(それでも、私がザック様を好きなのは止められないんだけど)
しばしの沈黙は、ロザリーを臆病にした。
ザックの顔を見ることができずに、胸のあたりで手をギュッと握って言葉を捜す。
「……ふさわしくないなら、今のうちに振ってください」
(十分、夢を見たもの。王都まで来て、社交界デビューもできた。ザック様ももう命を狙われることもない……)
十分だ、と思うのに。ロザリーの胸は締め付けられた。
彼がこっちを向いて、ホッとしたように笑ってくれるのがうれしかった。
背の高い彼が、かがんで話しかけてくれるのも、腕に抱き上げてくれるのも。
とてもとても幸せで、誰といるよりホッとできた。
それが失われるかもしれないと思うと、自然と涙が浮かび上がってくる。
「ロザリー、なんで泣いてるんだ」
ぎょっとしたように、ザックが腰をかがめてのぞき込んでくる。
「これは、……だって。だって」
ふさわしくないと分かってる。王太子妃とは、生まれながらの貴族といった人がなるもので、こんな時に感情を制御できない人間には、向いていない。
だけどロザリーは堪えられない。好きなものは好き。離れたくないものは離れたくない。リルの本能が、好きなら隠すなって言っている。
「だって、好きなんですもん。一緒にいたいから、だから悲しいんです」
「……なんで悲しいんだ?」
ザックは心底分からないといった風に首を傾げて、顔をそむけたロザリーを捕まえようと、抱き上げる。
「ひゃっ」
「俺も一緒にいたいし、ロザリーがそう言ってくれるの、うれしいけど」
片腕にお尻を乗せるようにして、持ち上げられて、ロザリーには逃げ場が無くなる。こうしていると、顔もザックの方を向くしかなくなるのだ。
「だから泣くなよ」
「でも私。王太子妃にはふさわしくないです」
「俺も王太子にはふさわしくないぞ。バイロン兄上に比べれば気品もないし、冷静さにも欠ける」
言いながら、ザックは恥ずかしそうに目をそらす。
「それでも、今は俺が継いだほうがうまくいくんだろうと思う。なぁロザリー、この国は生まれ変わるんだ。平民と王族が混ざり合った俺と、貴族と犬の記憶の混ざり合った君が支えていくなら、今までにはないおもしろい国になると思わないか?」
どこまで信じてくれたのかは分からない。
ただ、あまりにあっけらかんとザックが言うので、ロザリーもそんなものかと思ってしまう。
「でも……大丈夫でしょうか」
「兄上もコンラッドもいる。ケネスも助けてくれる。何より、まだ父上もご健在だ。俺たちが体面だけでも取り繕えるようになるまでの時間くらいはあるだろう。ほら、そう考えれば気楽にならないか? いいことだっていっぱいあると思うんだが、それでも王太子妃になるのは嫌か? 俺は他の令嬢を娶る気はないから、ロザリーにうんと言ってもらえなければ困るんだが」
本当に、ザックは何も気にしていないようだ。前世が犬という告白も、なんの障害にもなっていないらしい。
胸のあたりが熱くなって、ロザリーは思わず笑ってしまう。
こんな王子様と一緒なら、なにがあっても頑張れるような気がする。
「答えは変わっていません。今もザック様が大好きです」
「じゃあ」
「あなたについていきます。どこまでも一緒に行きます。いなくなっても、この鼻で絶対に探し出します」
「はは、頼もしいな」
ぎゅう、と抱きしめられ、ゆっくりとキスをする。
ザックの香りを思い切り吸い込んで、本当に帰ってきてくれたのだと実感する。
「……悪いが、そろそろ離れてもらおうかな」
低い声に、ふたりは我に返る。見るとベランダの入口に、イートン伯爵が立っていた。
「養父となる身としては、これ以上の婚前交渉は認められません。アイザック王子」
「……伯爵」
「ロザリー嬢はうちの娘にすることで、バーナード侯爵と話が付きました。ロザリー、いいかな。私が君の父親になっても」
「もちろんです。伯爵様こそいいんですか?」
「もちろん。ケネスが君を連れてきたときから、私は君を娘のように思っているよ」
ザックから下ろしてもらって、改めてイートン伯爵に向き直る。
死んだ両親を思い出し、一瞬躊躇した。
けれど、ずっと力を貸してくれたイートン伯爵とケイティは、すでにロザリーにとっても親しい存在だ。
「お父様って呼んでもいいですか」
「もちろん。可愛い娘が二人になるなんて最高だよ。なにより、ケイティが喜ぶ。最も結婚に近い娘ができるんだからね」
娘の花嫁衣裳を準備するのを、誰より楽しみにしているんだよ、と茶目っ気たっぷりに語る伯爵に、ロザリーは思わず抱き着いた。
「ありがとうございます!」
「いやいや。ああ、ロザリー嬢は可愛いねぇ。クロエとは違う魅力だなぁ、うん」
目尻を下げ、にこにこと彼女を抱き寄せる伯爵に、ザックは冷たいまなざしを向ける。
「俺の邪魔をしておいて、自分は抱き着かれるとかどういうことですか、伯爵」
「いやいや。落ち着いてくれよ、アイザック殿。君、ちょっと心が狭くないかね」
「ケネスと同じことを言わないでください」
会話のテンポがケネスとアイザックのそれとそっくりで、ロザリーは思わず笑ってしまった。




