一緒にいたい、好きだから・3
マデリンが辞したことでカイラは事実上の第一王妃となる。そのため、公務が膨大に増え、侍女を勤めるライザとロザリーの仕事量も増えている。新しく三名の侍女を雇ったが、慣れるまではどうしてもライザとロザリーへの仕事配分が多く、一日の仕事が終わるとくたくただ。
「ではカイラ様、お休みなさいませ」
ロザリーは、カイラに挨拶をし部屋を辞した。自室に向かって歩いていると、ふいに白檀の香りが香ってくる。
「ザック様?」
「当たり。驚かせようと思っても、すぐ気づかれてしまうな」
いつの間にか後ろにザックがいた。
同じ城内にいながらも、会話をするのは三日ぶりだ。
王子に復位してからというもの、彼は執務浸けになっており、全然ゆっくり話す時間が取れずにいた。
「仕事は終わったんだろう? 少し話さないか?」
「はい! ザック様もお仕事は終わったんですか?」
「終わるのを待っていたら自由時間など取れない。国王は知らねばならないことがたくさんあるんだな。うずたかく勉強用の本を積まれている」
「大変ですね」
こんな風にふたりきりでいるところを見られるのは、本当はよくない。
次期王に指名されたアイザック王子のお相手を狙っている令嬢は多くいて、彼らを納得させるためにも、ロザリーには養子縁組の話が来ている。
バーナード侯爵かイートン伯爵か。どちらを選んでもいいと言われていて、ナサニエルやカイラは侯爵家を選んでほしそうだったが、ロザリーの心情的にはイートン伯爵家を希望している。彼らなら、家族のように思えるからだ。
その縁組が整うまでは、あまり表立った接近は控えるように言われている。
(まあいいか。三日ぶりだし。私だってザック様に会いたかったしね!)
彼の後をついていきながらそんなことを考えていると、二階にある応接室へと連れてこられた。
扉を開けた瞬間に甘い匂いが鼻をかすめる。
無意識にふんふん、と鼻を動かしていると楽しそうにザックが笑う。
「やっぱりロザリーには分かるんだな。とっておきのお菓子があるんだ」
半開きだった扉が全開になると、テーブルを囲むソファにケネスとクロエの姿が見えた。
そのテーブルの上には小さなマフィンがたくさんのっている。
「ロザリー、久しぶりね!」
「クロエさん! 会いたかったです」
ひらひらと手を振るクロエに、ロザリーは駆け寄る。手を絡ませて喜ぶふたりを穏やかに眺めるのはケネスだ。
「私もよ。あの事件以来、屋敷から出るなってお父様がうるさいんだもの。でも今日はどうしてもこのお菓子を届けたくって。ああでも残念。すぐ戻らなきゃならないの。どこぞの王子様が邪魔をするなってうるさいから。ね、お兄様」
ケネスもにこりと笑って見せる。
「そう。僕たちは直ぐ帰るけど、あと一時間もしたら父上が君の顔を見に寄るはずだからね。ロザリー、こらえ性の無い男の言うことを素直に聞いちゃだめだよ」
「え? は?」
「うるさい、ケネス」
「忙しい君に変わって、この部屋の手配をしたのは俺だよ。父上は俺たちもずっと一緒にいると思っているんだ。ふたりきりの時間を作ってやるのはせめてもの情けだよ。もっと感謝してほしいものだね」
「分かった! いいから帰れよ」
ザックに追い立てられ、ケネスとクロエが出ていく。クロエは兄とのお出かけが楽しいらしく、腕を組んでご機嫌だった。兄妹だと知らなければ恋人同士か夫婦に見えるくらいだ。
ふたりが出ていくと、部屋に静寂が訪れる。ザックはコホンと咳ばらいをすると、ロザリーに席を勧めた。
「クリスが最近お菓子作りに凝っているらしくてね。ロザリーにも食べて欲しいと言っていたようだから、持ってきてもらったんだ」
「そうなんですか! わあ、うれしいです」
やがてケネスが声をかけたのか、メイドがひとり入ってきて、お茶を入れて出ていく。
またふたりきりだ。最近は緊迫した場面も多く、こうして何の懸念もなく一緒にいるのはずいぶん久しぶりのことで、今までどんな話をしていたのかと考えても思い出せない。
ロザリーはなんだか緊張してしまった、せっかくのクリスのお菓子も味がわからないくらいだ。
「あの……」
「……なんか、緊張するな」
「そうですね」
同じことをザックも思っていたのかと思えば、少しだけ気が楽になる。
最近のカイラの状態、城での仕事、とロザリーは世間話をしながらお菓子を全て頂いた。
それを見ると、ザックは微笑んでベランダの方に向かう。
「星が綺麗だ。少し眺めないか?」
辺りはすっかり暗くなっている。藍色に彩られた空には宝石のような星がたくさんきらめいていた。
最近は忙しく、城の中からも出ることが無かったので空を見上げるのも久しぶりだった。
「わあ、綺麗です」
故郷やアイビーヒルでは、こうしてよく外を眺めていた。リルのときはもっといっぱい。
(リルのこと……言わなくていいのかな)
ロザリーの前世が犬のリルであること、その記憶を思い出したために嗅覚が鋭いこと。
知っているのはレイモンドだけだ。
前世は関係ないと言えばそれまでだけれど、リルの記憶が無ければ、ロザリーはアイビーヒルには来なかった。つまり、ザックに会うことも、こうして王城に来ることもなかったのだ。
だとすれば、今のロザリーは、リルとは切り離せないものなのではないかと思う。
「あの……」
「こうして無事に城に戻ってこれたのは、ロザリーのおかげだな」
リルのことを言葉にしかけたロザリーにかぶせるようにザックが話し出す。
彼は胸元から、ロザリーがプレゼントしたネックレスをちらりと見せる。グリゼリン領に旅立つ前に渡したものだ。
同じものを、ロザリーも持っている。お仕着せの中に隠れて見えないけれど、いつも存在を感じられる大事なものだ。
ロザリーも胸に手を当て、服の中のネックレスに感謝しながら続けた。
「私は願っていただけです。こうして無事に平和が戻ったのは、ケネス様やナサニエル様、他の多くの人の力があったからですよ」
「まあ結果としてはそうだが、俺にとって一番大事だったのが、心が折れないことだったんだよ」
ふわりと、風で髪が揺れる。ロザリーにはザックはしっかりしているように見えるのだけれど、彼はよくこんなことを言う。
「ロザリーが待っているって思えば、何があっても負けられないって思えた。君のために、平和な国にしなければならないと思った」
そして、まっすぐな気持ちをくれる。
ロザリーは気恥ずかしくて、どんな顔をしていいか、分からなくなる。
「改めて、ロザリー、俺とこれからもずっと一緒にいて欲しい。結局俺が次期王になってしまったから、君に降りかかる責任も膨大なものになるだろう。何もしないでそこにいていい、とは言えない。苦労もおそらくたくさんかける。けれど、俺は君に傍にいて欲しい。君がいないと、頑張れないんだ」
そんなことはないと、ロザリーは思う。ザックにはちゃんと責任感がある。皆のために力を尽くすことができるはずだ。
だけど彼は、どこか弱く、人が聞けば頼りないとさえ思うような言葉も漏らす。
それは、弱さもさらけ出してくれているということだ。
そのくらい信頼されていると思えば、うれしかった。そして、自分もすべてを彼に知っていてほしいと思う。




