一緒にいたい、好きだから・2
王家の三兄弟が仲良く執務に励んでいたころ、イートン伯爵家の兄妹も、久しぶりの団らんを楽しんでいた。
「お兄様、お茶にいたしません? 今日はクリスがマフィンを焼いてくれたんですのよ」
「ああ、今行くよ。クロエ」
ケネスは本日休暇を取っている。
今はアイザックの側近として再び任命されたが、王太子となった彼に側近がひとりだけというわけにもいかないので、人数が増やされた。その分、ケネスとしては休みを取りやすくなっているという状況だ。
現在、レイモンドとオードリー親子はイートン伯爵邸に滞在している。
オードリーの証言は、アンスバッハ侯爵を裁くために必要であり、しばらくは王都に滞在してもらわなければならないのだ。
ケイティに淑女教育を受けながら、すでに伯爵邸の一員のようになっているクリスは、王都への滞在を喜んでいて、再びイートン伯爵邸で料理人として働くレイモンドから、毎日のようにお菓子作りを習っている。
ケネスもすでにクッキーやマドレーヌなどをご相伴に預かっている。あの小さな手でよくやれるものだと思うが、レイモンドの指導がいいのか、なかなかにおいしい。
紅茶の香り漂う室内には、クロエのほかに、レイモンドとオードリー親子がいた。ケネスが空いた席に座ると、「ケネス様、どうぞ!」と、にこにこ笑顔でクリスがマフィンを持ってくる。
瞳の色と同じライトブルーのドレスの上に、白のエプロンをつけていて、かわいらしい。
これはケイティの趣味かな、とケネスはぼんやり考える。
「このマフィン、私が作ったんですよ」
クリスが感想を求めて、期待のまなざしを向けてくる。こういうところが、小さくても女の子だなと思えて、ケネスは自然にほほ笑んだ。
「見た目も綺麗で、すごいね、クリス。レイモンドから教わったのかい?」
小さいながら、なかなかの腕前だ。本人も好きなようだし、将来は菓子系の料理人になるのかもしれない。
クリスはオードリーに似て頭もいいのでもったいないとは思うが、本人の希望を優先するのが一番なのだろう。
ケネスは一口食べてから、思い切り笑顔でクリスの頭を撫でる。
「おいしいよ」
「えへ」
クリスはぱっと顔を輝かせ、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて自分の席へと戻っていく。
すっかり和んだケネスは、あたらめてクロエをねぎらった。
「クロエも、よく頑張ったな」
「私は何も。ひっかきまわしただけですもの」
「コンラッド様が最後に味方に付いたのはお前の功績だろう。……お前に媚薬を飲ませようとしたと聞いたときには殺してやろうかと思ったけれど、そうはならなくてよかったよ」
元々ケネスはコンラッドが嫌いだが、大事な妹に不埒な真似をしたとあれば許すわけにはいかない。
ただ、その後クロエが彼を擁護したことや、侯爵の罪を立証するための証拠集めにおいてこちらに協力的な姿勢を見せていることから、剣呑とはしているものの会話はする関係にまでは戻っている。
「心配しました? お兄様」
「あたり前だ。おまえの働きには助けられたが、今後は勝手に危険な行動はしないで欲しい」
「あら、私は私のやりたいようにしますわ」
にっこりとほほ笑みつつ、「でもお兄様を心配させるのはやめておきますわ」とケネスに対しては従順な姿勢を見せる。
変わらぬ妹に安堵しつつ、ケネスは次にレイモンドに向き合った。
「ところで、レイモンド」
「はい?」
レイモンドは茶道具をいじる手を止め、ケネスの口元を見つめた。
「侯爵派だった警備兵を入れ替えなければならないこともあって、今回の捜査には相当の時間がかかるそうだ。その間、オードリー殿は王都を出ることができない。それに、クリスもそろそろ学校に通う年だ。どうだろう。君、しばらく王都に住む気はないかい?」
「そうですね」
それはレイモンドも懸念していたことだった。
裁判が終わるまで移動できないことを考えれば、クリスの学校は王都で選ばなければならない。
そして一度学校に入ってしまえば、なかなか移動させることは難しい。
「アイビーヒルの父に手紙を書いたんですが、ランディが料理の腕を相当伸ばしているようで、しばらくは俺がいなくても大丈夫そうではあるんです。でも王都に滞在するのであれば俺も仕事が必要です。このまま、伯爵邸の料理人として使ってもらうことは……」
「そうしてくれると俺もありがたいんだけど、君にはもっといい仕事があるんだよね。アイザックからの提案なんだけれど、城の料理人として働いてほしいそうだ。アンスバッハ侯爵はバイロン王子の料理に毒を仕込んでいた。それが日常的に行われていたことを考えると、城の料理人は一新したほうがいいと考えているようだ。だが、凄腕の料理人がそんなにたくさん、しかもすぐには見つからない。人手がね、足りないんだよ」
「それは光栄ですが。いいんですか、俺みたいな田舎者の料理人で」
「ああ。そうすればクリスの学校もおのずと決まってくるだろう? この子は平民学校に行かせるにはもったいないくらい賢いけどね」
それには、オードリーが首を振る。きょとんと見上げるクリスの髪を撫で、彼女のこの先を案じるように唇を結ぶ。貴族社会の中に入り込んだ平民という立場は、オードリー自身が経験してきたものだ。思うところがあるのだろう。
「いいえ。クリスには平民の学校に行かせます。ケネス様は私達にも分け隔てなく接してくださいますが、貴族の中に平民がぽつりと入れば、苦労するのは目に見えていますもの」
「そうかい? ならばそうするといい。決定権は君たちにある」
ケネスはそう言うと、マフィンの残りを口にする。しつこく無い甘さで、肩のあたりに溜まった疲労が溶けたような気分になる。ケネスはゆったりとカップを傾けながら、残り少ない休息時間を楽しんだ。




