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囚われの王子様・3


 一方、第二王子アイザック・ボールドウィンは、現在すべての役職を解かれ、城にある自室にほぼ軟禁状態になっている。出入りするのは主に下働きのメイドや従僕ばかりで、日に一度、取り調べと称して警備隊の長がやって来る。


 確認する内容はいつも同じだ。

 バイロン第一王子が倒れた日、何処に居たか。直近で彼の寝室を見舞った日はいつか。輝安鉱のスプーンを自らに使われたとき、破片を入手しなかったか、など。ザックは同じ返答を何度したか分からない。

 加えて、バイロンに対する感情も、勝手に決めつけられた。


「幼少期、バイロン様はアイザック様に殊更つらく当たっていたとか。憎悪の感情があっても致し方ないだろうと我々も思っております。ですが、罪は罪です。もし本当に犯したのだとすれば、償っていただかなくては」


「だから誤解だ。たしかに子供の頃は兄上と不仲だったが、最近はそうでもなかった。兄上の考察の深さに驚かされることもたびたびあって、俺は兄上を尊敬していたんだ。平民上がりの王妃の息子である俺は王位に興味はないし、王位にふさわしいのは兄上だとずっと思っていた。むしろ兄上に死なれたら困るとさえ思っていた」


「王位に興味はない? そうでしょうか。アイザック様はご政務にも精力的でいらっしゃった。それは、まず政治力を国民に見せつけようと思ったのでは?」


「そんな意図はない。あれは、兄上が病気で政務から離れていたからだ。当時、父上も政治介入の意思を失っていた。王家のものが介入しない政治など、恐ろしいだろう。コンラッドはまだ学生なのだから、俺が入るのが筋だと思っただけだ」


 先入観は判断力を鈍らせる。警備隊長はおそらく、アンスバッハ侯爵からザックの悪い噂を散々聞かされているのだ。犯人であるという前提のもと、言葉尻を捕まえてはなんとか自白させようとしてくる。


「それより、俺と一緒に連行された女性はどうした。彼女こそなんの関与もしていないはずだぞ? もう釈放されたんだろうな」


「まだです。彼女はあまりにも毒物に関する知識がありすぎるため保護観察とされております。現在はアンスバッハ侯爵が身柄引受人となっております」


「は? なぜ侯爵なんだ? 彼女の引受人なら、イートン伯爵が引き受けてくれるだろう」


「イートン伯爵はあまりにあなたに近しい存在だ。彼に預けるのでは無罪放免と等しくなってしまいます。そのため、アンスバッハ侯爵が名乗りを上げてくださったのです。喜ぶべきでは? あのような平民の女性、無実の罪を着せられてもおかしくはありませんよ?」


「ずいぶんな物言いだな。冤罪を防ぐために警備隊があるんじゃないのか」


「おっと、これは失言でしたね。……また来ます、アイザック王子。それと、お母上との面談の件ですが、警備兵立ち合いのもとなら許可できます。よろしいですか?」


「ああ。とりあえず話さえできれば構わない」


「では手配しましょう。本日はこれで失礼します」


 警備隊長は立ち上がり、表で待つ衛兵に頭を下げて去っていく。

 ザックがこの部屋を出られるのは、入浴と小用のときだけだ。食事は運ばれて来るが、メイドや従僕は話し相手にはなってくれない。加えて毎日繰り返される警備隊長とのやり取りで頭がおかしくなりそうだ。


 それでも彼の正気を繋ぎとめてくれるのは、ロザリーの存在だ。

 彼女が待っていてくれると思えばこそ、なにがあっても無実を証明し、迎えに行こうと思える。そうでなければ、とっくに生きるのさえ面倒になるところだ。


「それにしても、オードリー殿は大丈夫なのか? アンスバッハ侯爵は何を考えているんだ……?」


 心配事はたくさんあるが、ロザリーのことはケネスがある程度守ってくれるだろうし、母には父がいる。だが、オードリーは身分も低いうえに侯爵に囚われている。


「その窮地だけでも、ケネスに伝えられればな……」


 だがケネスとの面会は許可されていない。唯一、許される可能性があるとすれば実母だけだ。


(とにかく母上にできるだけのヒントを渡して、ケネスに伝えてもらわなければ)


 どうやって無実を証明すればいいか、ザックも明確な答えをもたない。

 だが今は父が自分の味方でいると分かっている。

 国王が強硬に庇えば、すぐに死罪ということにはならないはずだ。アンスバッハ侯爵がバイロンを殺したという証拠を掴むのだ。それが、ザックが解放される最も確実な方法なのだから。




「……でも、意外でした。クロエさんが一緒にカイラ様の侍女をしてくださるなんて」


 以前、クロエはカイラが怯えるから、彼女のところにご機嫌伺いには行きたくないと言っていた。実際、カイラは上流階級の女性に対して常に引け目のようなものを持っていて、クロエの前では委縮しているようだった。

 自らの意思をしっかり持っているクロエが、あのようにオドオドとされればいら立つのも分からないでもない。


「別にあなたのためじゃないわ。最近、退屈だっただけよ。それに、家にいるよりも城にいたほうがお兄様も構ってくれそうだもの。それに……」


「それに?」


「なにもしないで家にいると、縁談を持ち込まれそうなんですもの」


 たしかに、クロエとケネスの母親は、常にふたりの子供の結婚相手を探している。家柄的には何の問題もないのに、ふたりがその気にならないばかりに話が進展しないとおかんむりなのだそうだ。


「……クロエさんは結婚するのはお嫌ですか?」


「そうね。夫に尽くすってことがそもそも冗談じゃないわって思うし。……結婚すれば私、お兄様の妹じゃなくなってしまうでしょう?」


 目を伏せ、ため息をつくクロエは憂いを帯びていて綺麗だ。

 今が花の盛りという年齢の令嬢が、こうもブラコンをこじらせているのは、母親じゃなくとももったいないと思うだろう。


「ケネス様はクロエ様を大事に思っているじゃありませんか。それは結婚しても同じだと思うのですけど」


 クロエはゆっくりと首を振る。


「ロザリーは辺境の男爵家で過ごしたからそう思うのよ。王都の貴族なんて、もっとドライよ。結婚すれば他家に人間になるのだから、今まで通りにはできないの」


「そうなのですか」


「そうよ。……もうっ、本当にあなたは常識がないわね。そんなんでアイザック様を助けられるの?」


 ぷい、とそっぽを向かれたが、これは心配されているのだろう。クロエとはそこまで親しいわけではないが、彼女が冷たい人ではないことはロザリーには分かっている。


「もちろんですっ」


「城でなにかするときは、必ず相談しなさいよ。でないと私がお兄様に怒られるわ」


「はいっ」


 なんにせよ、ひとりで行動するよりもずっと心強いことは確かだ。


 結局、クロエは行儀見習いという形でカイラの侍女を勤めることになった。筆頭侍女であるライザとともに毎日カイラに仕えるロザリーとは違って、週に三日ほどの勤めになるが、イートン伯爵とのパイプにもなってくれるので、ロザリーはとても心強く感じていた。



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