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新しい国へ・2


 ナサニエルとカイラ、そしてロザリーは王都北側で出迎えの近衛兵と合流した。

 近衛兵は、ほぼナサニエルの直属兵である。彼の護衛も近衛兵団の一員であり、彼らを通して内密にやり取りを続けてきた。


「陛下、よくご無事で」


 近衛兵団の隊長ドルーは、ナサニエルと同年代の男だ。あまり多くを語ることのない武骨な男だが、王家への忠誠心が強く、ナサニエルの懐刀ともいえる。

 当初、ナサニエルから『自分は城に戻るつもりはなく、今後はアイザックを支持し助けてやって欲しい』と言われた時は、時代の終わりを思って肩を落としたものだが、一転、『アイザックと協力し、国を立て直すことになった』と連絡が入ったときには、年甲斐もなく狂喜乱舞した。

 ドルーは、近衛兵団をまとめ上げ、侯爵一派への協力のボイコット、それと、城への潜入経路の確保など様々な準備を続けてきた。


「ドルー。感動の再会は後だ。そろそろ、正門からアイザックが平民を引き連れて、開門を要求し始めるはずだ。侯爵たちがそちらにかかりきりになっている間に、裏門から中に入るぞ」


「はい。近衛兵団には、アンスバッハ侯爵からの要請には従わぬよう伝えてあります。まずは近衛兵団宿舎に入りましょう」


「身を隠して城内に入り込みたい。近衛兵の制服を貸してくれ。それから、カイラはしばらく宿舎で預かって欲しい」


 計画通りに、第一隊に混じって宿舎へと入り込み、ナサニエルは近衛兵の制服に、ロザリーはメイドのお仕着せに着替えた。


 城門の方から、民衆の声が聞こえる。「我らに自由を」「平民の権利を」と叫ぶ声が、重なり合って響いてくる。


「では、私はクロエさんを捜しに行きます」


「途中までは一緒に行こう」


 ナサニエルがそう言ったが、ロザリーは首を振る。


「メイドは近衛兵と一緒には行動しません。ひとりのほうがどこにでも忍び込めますし」


「では、……クロエ嬢を見つけたらすぐにここに戻るんだ。彼らは君たちを守ると約束している」


「はい! 陛下もお気をつけて」


 軽やかにロザリーが駆けていく。


「前から思ってたけど、あの子、可愛いですよね。王城の侍女には珍しくふわっとしていて」


 若い近衛兵が独り言のようにそう言い、「思ってた。カイラ様も癒し系だなと思っていたけど、別タイプの癒し系だよな」ともうひとりの近衛兵が同意する。


「お前たちはカイラをそういう目で見ていたのか?」

 

 カイラ妃を抱き寄せながら、ナサニエルがじろりと睨む。


「へ、陛下! 聞こえてましたか。すみません。いや、ほら、憧れ的な意味でですよ」


「そうそう。でも侍女ちゃんはちょっと本気で狙ってますけど」


 にへっと笑った近衛兵は爽やかな好青年だったが、「あの子は駄目ですよ」とカイラは笑った。


「そうだ。すでに売約済みだからな」


「……え?」


 近衛兵たちが戸惑っているうちに、ナサニエルは剣を脇に差し、装備を整えて歩き出す。


「さあ、行くぞ。ドルー。お前たちは、宿舎をしっかり守るように、カイラになにかあったらただじゃすまないぞ」


「はっ!」


 近衛兵は通常ふたり組で警備にあたるため、ナサニエルはドルーと共に城内に入る。

 近衛兵に支給されている兜を目深にかぶり、目元がはっきり見えないようにしているのだが、それだけで人がナサニエルだと気づかなくなるのが、不思議だった。広い廊下に、ナサニエルは人が動く姿をあまり見たことが無い。国王に気づけば、誰も動きを止め、頭を垂れたからだ。


「……肩書とはこういうものなのだろうな」


「制服を着ているから余計疑いもしないのでしょう。陛下は体つきがいいですからな。立派な近衛兵に見えますとも。さて、どうします?」


「警備兵がずいぶん城に入り込んでいるんだな。彼らはアンスバッハ侯爵を守ろうとするだろう。近衛兵を城内に配備し、アイザックたちが城に入ってきたら、警備兵を押さえてもらうよう指示を出してくれ。議会の方はアイザックに任せよう。我々はアンスバッハ侯爵の罪を暴くのが仕事だ」


 ドルーはうなずき、すれ違う近衛兵を捕まえて指示を出す。彼は頷くと宿舎の方へとまっしぐらに走っていった。


 廊下やロビーには人が見えない。

 議員たちは議場に集まり、貴婦人たちは怯えて部屋に鍵をかけて閉じこもっているようだ。

 時折、従僕たちが様子を見てくるように命じられるのか、部屋を出てきては、窓の外を確認するだけで戻っていく。近衛兵や警備兵には目もくれない。


「侯爵はどこだ?」


 議場を確認したが、そこにはいなかった。議員たちはいっせいにこちらを見たが、近衛兵かというようにすぐ視線を逸らす。ふたりは再び廊下に出た。

 コンラッドが王代理で、彼がその補佐をしているのならば、コンラッドの部屋か国王の執務室か。


「……もしくは、マデリンの部屋かもしれないな」


 彼は妹を大事にしていた。

 マデリンも何かあればすぐに兄を頼っていたはずだ。今の暴動が不安で呼びつける可能性は高い。

 二階の執務室に向かうよりは、マデリンの部屋のある棟に先に寄ったほうが早いだろうと考え、ナサニエルはマデリンの部屋へと向かった。


 一方、ロザリーは城内を駆けまわっていた。

 クロエの香りはよく知っているので、今更確認する必要などない。

 屋敷のにおいを手当たり次第に嗅ぎ取って、一番濃い彼女の香りをたどっていけば見つけることができるはずだ。


 城内は緊張感が漂っていた。城門から平民たちがどやしつける声がここまで届くせいか、みんな怯えて部屋に閉じこもっている。廊下で出会う人間はほとんどおらず、時々すれ違う警備兵も、わき目も降らず城門へと向かっていく。


 ロザリーはさっと全体のにおいを嗅ぎ、階段の手すりのところにクロエの香りを見つけた。

 それは上へと繋がっていて、そこからは二階の廊下に続くものと三階へと続くものとある。しかも、三階に続く香りには近い距離で男性のものも混じっている。


「この香り……嗅いだことがあるような」


 覚えている香りではない。

 つまり、ナサニエル陛下、イートン伯爵、アンスバッハ侯爵、アイザック、ケネスは除外できる。

 それ以外で、嗅いだことのある男性の香りなどあっただろうか。


 二階は執務室や応接室がある。対して三階は王族の私室がほとんどだ。より濃いにおいは、三階へと続いている。



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