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道化の王子・3

 思い当たることがあったのか、コンラッドは一瞬青ざめる。けれど、その考えを振り払うように頭を振った。


「クロエ嬢、そなたはここから絶対出ないように。見張りの侍女を寄こす。俺は母上に……」


「その必要はありませんよ。コンラッド」


 静かに部屋に入ってきたのは、マデリンだ。その目には燃えるような怒りが宿っていて、クロエを汚物を見るような目で一瞥し、口もとを扇で隠して、コンラッドに滔々と告げる。


「お前の父親は陛下ですよ。ずっとそうだったでしょう」


「母上! 本当ですね? 俺はちゃんと父上の子ですよね?」


「本当ですとも。母を信じなさい。こんな根も葉もない嘘をつくなんて。クロエ、あなたは礼儀も知らないのね」


 これまで、マデリンは一貫してクロエには優し気に接していた。だから、クロエは、これまで彼女を恐ろしいとは思わなかった。だが、ぎらついた瞳とは真逆に、張り付けたような笑顔で嘘を語るその様は、激しく怒りをあらわにするコンラッドよりも、余程恐ろしい。


「私はね、私の邪魔をする女が嫌い。コンラッドの妻になるのだと思うからこそ優しくしてやったのに、こう手のひらを返されては、仕返しのひとつもしたくなるものでしょう? コンラッド、お前は何を望む? 不敬罪を適用して公的にとらえてもいいし、森にでも放り投げて、山賊か獣に無残にやられてしまうのを高みの見物するのもおもしろいわ。ああ、それよりも、その綺麗な顔に一生残る傷でもつけてやりましょうか。だったら、ずうっと楽しめるものね」


 淡々と語る内容はずいぶんと凶悪だ。人を人となど思っていないのだろう。

 そう言えば、カイラ妃も彼女のいやがらせに心を病んだのだったか、と思い出す。


 実際にそんなことをすれば、クロエの父親であるイートン伯爵が黙っていない。クロエは後ろ盾のいなかったカイラとは違うし、性格もだいぶ違う。

 クロエは生来の負けん気に火が付く。こういった女が望むもののは、相手の怯えた顔だ。

 どんな嫌がらせを受けても、敵には絶対におびえた顔も傷ついた顔も見せない。

 口もとに緩やかな弧を描いて、見下してくるマデリンを、余裕の顔で見上げてやる。


「ただでさえ、王族が次々と不慮の事故に遭う中、私まで死んだら、皆様疑問に思われるでしょうね。内情がどうであろうと、私とコンラッド様の婚約は、対外的にはアンスバッハ侯爵派とバーナード侯爵派の対立を緩めるものと捉えられていたのに」


「……本当に口が達者な娘だこと」


 マデリンのいら立ちがいや増す。高慢な女に、その顔をさせられたのはなかなかに爽快だった。

 クロエは自分の性格が悪い自覚はある。マデリンを不快にさせられるならば、どこまでもこの態度を押し通してやる。


「その気の強い顔が、いつまで持つのか楽しみだわ」


 ふん、と鼻息荒く告げると、マデリンはコンラッドに向き直った。


「コンラッド。本当にこの娘を妻にするつもり?」


「……そのつもりです。ですが、母上はどう思われますか」


 コンラッドのほうがよほど気圧されていて、マデリンに逆らう気力を無くしている。


「まあ、人質くらいにはなるでしょう。王には一夫多妻が許されているのだもの。世継ぎは別の女に産ませるのなら問題ないわ。せいぜい、いたぶって、若い花をお前のために散らせてやればいいわ」


「お断りですわ。汚されるくらいなら死にます」


「馬鹿ね。お前には死ぬ自由もないのよ。コンラッド、結婚式など待つ必要はないわ。お前はこの娘が気に入っているのでしょう。だったら、お前の言うことを聞くように、体にしつけてやりなさい」


「母上?」


 コンラッドがぎょっとする。クロエもさすがに驚いた。

 貴族の結婚で、婚前交渉などあり得ない。少なくとも、由緒正しい家柄であるアンスバッハ侯爵家出身のマデリンにそれを言われるとは思わなかった。


「そんなに慌てなくても、俺は王になるのですから、その後でいくらでも……」


「この娘はお前と婚約破棄するために、お前が平民の子であると噂を流すでしょう。そんなことになれば面倒でしかないわ。口を割らないようにするには、喉を切るか、身も心もお前のものにするかよ。妻が鳴かない鳥というのもつまらないでしょうから、調教する方を勧めているのよ。すぐに媚薬を届けさせるわ」


「媚薬……なんでそんなものを」


 コンラッドは、母親の気迫に圧倒されているようだった。子供みたいに我儘ではあるが、根っからの悪人ではないのだろうとクロエは思う。それよりも、媚薬を常備しているマデリンのほうがよほど問題だ。


「いいわね。しばらくこの部屋の前には見張りをつけるから」


 じろりと睨んで、マデリンが出ていく。

 少しだけ緊張が解けて、クロエは息を吐きだした。まだコンラッドは部屋に残っているが、マデリンほどの恐ろしさはない。


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