新しい王・4
ナサニエル陛下、カイラ妃がともに行方不明になってひと月。
王家は、捜索の結果、ふたりは死亡したものと発表し、コンラッド第三王子を即位させることが議会で承認された。
その間、クロエはコンラッドとできるだけ会わないように、体調不良と偽って、イートン伯爵邸にこもっていた。
けれども再三にわたる呼び出しを受け、今日は渋々登城している。
コンラッドとアンスバッハ侯爵から呼び出された先は、国王の執務室だ。
まだ即位もしていないのに、この部屋を使っているコンラッドに呆れもするし、それをそそのかしたであろう侯爵にも呆れる。周りの貴族たちが、それに追従する動きをすることにも、クロエはいらだって仕方がない。
「それでな。コンラッドが王となった暁には妻が必要だ。クロエ殿、君にはすぐにでも嫁いでもらおう」
「……殿下が卒業してから、というお話でしたでしょう? あと半年ほどあるじゃありませんか」
「状況が変わったんだ。分かるだろう?」
アンスバッハ侯爵の問いかけに、クロエが眉根を寄せる。
「私の一存では決められませんわ。……お父様には」
「これは次期王からの命令だ。君にも、イートン伯爵にも拒否権はない」
「婚姻に、本人の意見が反映されないなんておかしなことをおっしゃいますね」
しれっとした表情でクロエはそう言うと、侯爵の傍に控えているコンラッドに目をやる。
「コンラッド様は、本当に王になるのですか」
「ああ。父も兄もすでに亡く、この国を支えていけるのは俺だけだ。クロエ嬢、君には、俺を支える力になってほしいんだ」
コンラッドが恋に浮かれた瞳でクロエを見つめる。しかしクロエは、無表情のまま首を振った。
「では、私は婚約者の立場から下りさせていただきたく存じます。今のままでは、王家に大変不敬であると思いますので」
「なにを言っているんだ? クロエ嬢」
「そうだ。俺との結婚が破談になれば、イートン伯爵など爵位返上の上追放となるのだぞ?」
怪訝に眉を寄せた侯爵と、子供じみた恐喝で脅してくるコンラッドをクロエは涼しい顔で見つめる。
「……できるものならご自由に」
馬鹿にしたような笑みに、コンラッドは呆気にとられただけだが、侯爵の方は静かに立ち上がり、ポケットから小瓶をとりだし、目の前に置かれた紅茶の中に垂らす。
「やはり君には従順さは見込めないようだ。……秘密を知った人間は、仲間にするか始末するか。それが鉄則だ。……クロエ嬢、ここで決めるんだな。コンラッドと結婚し王妃になるか、若い花をこの場で散らすか」
クロエは静かな目で紅茶のカップを見つめた。
おそらくは毒が入れられたのだろう。すでに毒を用意している用意周到さといい、この場になって全く動じないところといい、やはりすべての毒死事件には侯爵が関わっているのだろう。
(私になにかあれば、お父様もお兄様も、絶対に黙っていない。どんな手を使っても、必ず侯爵の悪事を暴いてくれるはずだわ)
コンラッドが庇うように侯爵とクロエの間に入る。
「伯父上、やめてください。……クロエ嬢。聡い君なら分かるだろう? 俺と一緒に国を作っていこう。今の国のありようが気に入らないなら、俺と一緒に変えていけばいいのだ。その権限が俺にはあるのだから」
コンラッドが必死になればなるほど、クロエには滑稽に思えた。
自分に力があると、本気で思っているのだろうか。だとすれば、この王子は全く周りが見えていない。
「私が気に入らないのはそこじゃありませんわ」
クロエは一歩前に出ると、紅茶のカップに手をかける。ふたりに見せつけるように、ゆっくりと持ち上げた。
「私が、かつてアイザック王子との婚約をお断わりした理由を、ご存知ですか?」
「……いや?」
コンラッドは心配そうに彼女の動きを見やる。
(仮に毒があっても、構わない。本気でコンラッド様の妻になるくらいなら、死んだ方がマシだわ)
「私は、私の子に、異国の血が入るのはごめんですの。今回は異国ではないかもしれませんが、……平民の血も、ご勘弁願いたいですわね」
「……なにを言っている?」
アンスバッハ侯爵が驚愕で目を見開き、コンラッドが震える声で問いかける。
なんだ、知らなかったのか。とクロエは思った。マデリン様もなかなかやるものだ。
思い切りあでやかな笑みを浮かべてから、クロエは紅茶を一気に飲み干した。




