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新しい王・2

 ザックは大きな声で暗がりに呼びかける。


「ロザリー! いるのか?」


「……やっぱり、そうです! こっちから人の声がします!」


 小さな声だがたしかに聞こえた。

 ザックはナサニエルと顔を見合わせ、頷くと勢いよく走り出した。川のすぐそばに出ると、先の方にロザリーとカイラが見えた。なぜかロザリーは片足を川に突っ込んでいる。


「ロザリー、どうした?」


「ザック様……あれ? な、なんでザック様、私のことが分かるのですか?」


 彼女は放心しているようだった。なにを問われているのかさっぱりわからないが、転びそうになりながらもザックは駆け寄り、その小さな体を確かめる。


「濡れますよ、ザック様」


「別にいい。怪我はしてないのか? 一体何が」


「風に乗って、ザック様のにおいがしたんです。それで戻ろうとしたときに滑って……」


 川に足がハマったというわけだ。聞けば大した理由でもなく、ザックの体からは一気に力が抜ける。


「本当にザック様ですよね。ちゃんと顔を見せてください。行方不明って言われたかと思えば記憶喪失って言われたり……」


「こうしてピンピンしているし、頭はしっかりしているぞ」


「よかった……」


 ロザリーの丸い瞳に、大粒の涙が浮かんでいる。顔を真っ赤にしながら、腕を伸ばしてザックの頬を撫でる。ほっとしたように顔全体で笑われて、ザックは今すぐにでも理性など吹き飛ばしたかった。


 が、さすがにそれをしなかったのは、実母と実父の目があるからだ。自身の靴もびちょびちょにはなったが、彼女を浅瀬から引き揚げ、近くの石に座らせる。


「母上も……よくご無事で」


「アイザック……良かった」


 軽く抱き合って再会を喜んでいるうちにナサニエルが追い付いてくる。


「あなた」


「無事だったんだな、カイラ。良かった」


「……どうしてアイザックとあなたが一緒に? アイザックはどこにいたんです?」


「それは……カイラ、あのな」


「そういえばあなたはずっと落ち着いてらしたけれど、まさかアイザックの無事を最初から知っていたわけではありませんわね?」


 ナサニエルがどんどん言葉少なくなってくる。

 普段人を糾弾することのないカイラの、こうした姿も珍しいが、叱られるナサニエルの姿もザックには相当物珍しいものだ。


「……どうしていつもそうなんです? 相談もできないほど私は頼りないんですか」


 ついにカイラが涙をこぼし、ナサニエルは観念したように天を仰いだ後、抱きしめることで彼女の反論を封印した。




 ナサニエル王が、カイラ妃を伴ったお忍びで行方をくらましたという情報が、国中に広まった。


 王が消えてからすでに半月。政務の大半をアンスバッハ侯爵が引き受け、現在唯一残った王族であるコンラッド第三王子と連携を取っている。

 この状況を受け、議会の中立派は完全にアンスバッハ侯爵一派に肩入れしている。もはや政治は侯爵の独走状態である。


「早々に王位継承の儀をしなければなりませんな」


 伯父のつぶやきに、コンラッドは顔を上げた。


「だが私はまだ学生だぞ? いいのか」


「ナサニエル陛下も、即位されたときは学生でした。私が補佐しながら、学術院の講義と政務を両立させておられたのです。それに比べれば、コンラッド様はもうじき卒業です。全く問題ないでしょう」


「それにしても、伯父上にかしこまられるのは落ち着かないものだな」


 その割に笑顔を浮かべながら、コンラッドが頭を掻く。伯父が公の場面で敬語を使ってくることに、コンラッドは気を良くしていた。


(……我が甥ながら単純なものだ。兄弟でも違うものだな。バイロンはもっと疑り深かったが)


 アンスバッハ侯爵は笑顔を浮かべたまま、内心ではコンラッドにため息をつく。


 バイロン第一王子、アイザック第二王子、そしてナサニエル国王陛下。

 次々と王族が死亡もしくは行方不明になっている現状に疑問を抱くものも少なくない。多くを問われる前に、まずはコンラッドを王に立て、情勢を安定させなければならないだろう。


「伯父上、王になるのならば、婚儀を早めるのはどうだろう」


「クロエ殿とですか?」


「もちろん」


 侯爵は顎に手を当てる。

 クロエをコンラッドの婚約者にしたのは、まだまだ子供気分の抜けないコンラッドをうまく動かすためだった。

 コンラッドが王位を継承する気になったのなら、必要ないと言えばない。


 クロエに関しては、完全にこちら側に入る気があるのか、まだ疑わしいところが多い。念のため見張りをつけているが、彼女はかなり精力的に人脈を広げている。

 陛下にさえ、物おじせずに面会を申し入れていたという報告を聞き、アンスバッハ侯爵はたかが伯爵令嬢という考えを改めた。


(あの娘を、こちらの情報が筒抜けになる立場に置いておいて、本当に大丈夫だろうか)


 もちろん、彼女を押さえておけば、イートン伯爵の動きはある程度抑えられるだろう。だが、それ以上の危険があの娘からもたらされる気がしてならない。


(危険であれば排除したほうがいい。だが、それでコンラッドが暴走するようでも困る。結婚すれば、ある程度抑えられるか。子ができればなおいい)


 さすがに自分の子ができれば、こちらに迎合してくるだろう。今は親が大事で、仕方なくこちら側についているのだろうが、子ができれば我が子が一番可愛いはずだ。


「そうですな。結婚すれば一人前という印象も与えられますし」


「さすが伯父上、話が分かる」


 賛同を得られて、コンラッドの顔が晴れ渡る。

 感情を隠し切れないのも、王族としては甘いところだ。が、様子をうかがう侯爵からすれば、分かりやすいことこの上なく、非常に扱いやすい。


「とはいえ、伯爵家との話し合いを詰めなければなりませんがね。イートン伯爵は反対するでしょうな。卒業後ということでも不満顔だったのだし」


「であれば、先に即位してしまえばいい。王命とあれば、イートン伯爵だって逆らえはしないだろう」


「そうですね。陛下の意向に逆らえるものはいませんからな」


 コンラッドがその気になったのを見て、侯爵はほくそ笑んだ。

 彼にとっては、コンラッドを王にさえつけてしまえばいい。もし本当にクロエが諜報的な動きをしていたのだとすれば、そのときに殺してしまえばいいのだ。

 そのための毒は、オードリーに作らせている。


「では、早く即位の儀を進めましょう」


 アンスバッハ侯爵の黒い笑みに、コンラッドは無邪気に頷く。

 彼にとって、コンラッドは今までで一番理想的な傀儡の王だった。


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