新しい王・1
情報をもとにザックとケネスはカラザの街に向かった。
しかし門番によると、南から入ってきた馬車は商人のものと乗合馬車しかなかったという。
「カラザには入っていないのか……?」
「かもしれないね。目的が殺害なら、人目のつかないところ……林か山に入るかもしれないね。でも、道がそれれば早々に気づかれるだろうし」
ケネスは地図をたどりながら、馬車の入り込みそうな場所を探す。
馬車はある程度整備された道が無ければ走れない。加えて、あまりに道が外れた時点で中にいる人間も警戒するだろう。
「このあたりが怪しいかな。でももうひとつ前の街で事が起こっている可能性もある」
「別れて探すか」
ザックとケネスはカラザの街周辺の街道からほど近い森林を見て回ることにした。護衛の数を半分に減らし、残りの護衛たちは、王都までの間に不審な点が無いか調べさせることにする。
ほどなくして、ザックはすでに事を収めた父親を発見する。
「父上……」
「アイザック。どうしてお前がここに」
「生きてることに驚きはないのですか」
「ジョザイアから聞いている。ただ、カイラは本気でお前が死んでいるかもしれないと心配しているんだ。早く顔を見せてやって欲しい」
「そうですか。では母上はどこに?」
淡々と言われ、感激の再会も何もないなと思いながら辺りを見渡す。見たところ、カイラの姿はないし、彼女が乗れるような馬車もない。
「アレンに安全なところまで逃がすように言ってあるが……」
「……戻ってくる馬がいますが、あれがアレンでは……?」
ザックの指摘に、ナサニエルの顔色が変わる。
「アレン、カイラはどうした?」
「申し訳ありません。山道に入り、手綱を取ろうとした瞬間に、馬車の重みで傾いで……」
そのまま、馬車ごと傾斜を駆け下りていったとアレンは言った。下りて探すにも、アレンひとりでは二次遭難になるだけだ、と応援を頼みに来たところだという。
「こいつらにかまっている場合ではないな。アイザック探しに行くぞ」
「もちろんです。ロザリーも一緒ですよね」
「陛下。こいつらはどうすればいいんです?」
ケネスが問いかける。盗賊を装った男たちは、ナサニエルやその護衛によって、縛られていた。
「記憶をなくすくらいぼこぼこにしておいてくれ。侯爵には私が死んだと思わせねばならないのだ。誰か、金で言うことを聞きそうなやつをひとりだけ残しておいてくれ」
「はあ」
その返答に、「俺が報告に戻る」と縛られた男たちが次々に言う。侯爵の人望の無さにケネスは少し呆れた。
「いくぞ、アイザック」
そのまま馬にまたがり行ってしまう父親を、ザックは慌てて追いかける。
「悪いがケネス……」
「了解了解。陛下のお望みどおりにしておくよ」
安請け合いをしてくれるケネスをありがたく感じながら、アイザックは父の後を追った。
*
アレンに連れてこられた山道は、たしかに道が一部崩れていた。
「ここから落ちたのか」
思ったほど木々は密集していない。ただ途中までは傾斜がきつく、一気に落ちたのだろうというあたりに、馬車の破片が散らばっていた。
「下りてみましょう」
ザックは馬の手綱を枝に結ぶと、躊躇なく傾斜に向かって足を踏み出した。
「お待ちください、我々が先見を……って、陛下?」
ザックのすぐ後を、ナサニエルが追ってくる。
それが意外で、ザックは瞬きをした。
「……身軽ですね、父上。お加減がすぐれないから政務が滞っていると聞いた気がしたのですが」
「ああ、そういう設定だったな」
さらりと言ってのける父親に、この人はどのくらいの秘密を抱え込んでいるのだろうと疑問がわいた。
「意外と策士ですね。なにを企んでらっしゃるんです。兄上のこと……驚きすぎて腰が抜けそうでしたよ」
「ジョザイアから聞かなかったか? 民の不満を高めて、政変を起こさせようと思っている」
「そんなことをしなくても、父上が正しい政治をすればいいじゃないですか」
さもあたり前のように言うザックに、ナサニエルは目を細める。迷いもなく、自分が信じる道を進めばいいと思える純粋さが、まぶしかった。
「それができていれば問題なかったのだがな」と苦笑するのが精いっぱいだ。
傾斜が緩くなったところで、ザックは散らばった木片を見る。馬車はここで大きく打ち付けられ、一気にさらに下まで落ちていったようだ。扉の部分は飛ばされたのか、この場に落ちている。
そこからさらに下に行くと、川が流れていた。ぬかるんだ土には、足跡が残っている。
「足跡がありますね」
「ふたり分だな。であれば生きているし、動ける状態なのだな」
ふたりが同時に安堵の息を零す。と、顔を見合わせて、ザックは笑ってしまった。
「……父上とこうして話すのは初めてですね」
国王と第二王妃の息子の間にはいつも壁があった。ザックは父親に無邪気にすがった覚えはないし、構われた覚えもない。
「そうだな。私はお前に、謝らねばならないのだろうな」
「謝る?」
足跡をたどりながら、ふたりはぽつりぽつりと会話する。
「私には三人の息子がいた。本来、同様に愛情をかけるのが父親として正しい姿なんだろう。だが、私はバイロンにしか愛情をかけてはこなかった」
「兄上は第一王妃の子で、王位継承者です。それは当然で……」
「……私は、早くに両親を亡くし、その後は侯爵の手のひらの上で転がされ続けた。第一王妃であるマデリンは兄の侯爵を妄信している。彼女は子を産むことで義務を果たしたと思っているだろう。私を気遣うことはなかった」
「父上」
「私は、カイラに癒しを求めた。しかしそのカイラも、周囲の軋轢に負け、イートン伯爵の屋敷にかくまわれた。多くの人間に囲まれていながら、孤独だった私にとって、唯一、自分の言葉を素直に吸収し、応えてくれたのがバイロンだったのだ」
ナサニエルが口にする悔恨を、ザックはただ黙って受け止める。
「私はバイロンが可愛かった。あの子を次期王にしたかった。そのために、マデリンや侯爵を処罰することができなかったんだ」
母親やその親族が罪を犯せば、第一王子の立場は危うくなる。
「そのために政治は荒れた。義兄上の暴挙を止められなかった。そして私は自分の身勝手さに呆れ、お前に手を伸ばすこともできなかった。気が付けば国は荒れ、私は愚王になっていたのだ。どこかで変えなければいけないと考えたときに、頼れるのはお前しかいなかった。……すまない、アイザック。愛してやれもせず、そして今また責任を押し付けようとしている」
「なにを」
ぱしゃん、と音がした。なにかが落ちたような水音に、ザックの意識はそちらに向かう。




