囚われの王子様・2
「……というわけなんです」
ロザリーの声に、ケネスとイートン伯爵は目を見合わせる。クロエはふたりの動向に興味があるようで、視線だけを向けて発言を待っている。
先に口を開いたのはケネスの方だ。
「まあ、君の安全を考えるならやめておけと言うけれど、残念ながら俺の優先事項はザックの精神状態の安泰の方なので、君には城に行ってもらった方が助かるかな」
「そうだね。まずはザック殿の容疑を晴らしたいところだ。何せ彼は本当にやってはいないのだからね」
「だったら、私が行った方が何かと役に立つかもしれないですよねっ? 良いですか、伯爵様っ」
だが、イートン伯爵は顔を曇らせる。
「そうだろうね。だが、私は君のおじい様から君を預かっている責任もある。例えば娘が……クロエが危険な場所に行くというなら、私は迷いなく止めるだろう。そう思えば、君を行かせるわけには行かないよ」
「そんな!」
予想外の反対に、ロザリーは声を上げた。
「お願いします。危険があったってかまわないんです。私、ザック様もカイラ様もお守りしたいんですもの」
「君はおじい様……ルイス男爵の気持ちを考えたことはあるか? 妻と息子夫妻に先立たれるなんて、これ以上ない不幸だ。彼は君が幸せに生きることを願って、私に託したのだろう? ここでもし、君になにかあれば、彼の残りの人生を苦しめることになるとは思わないのか?」
「それは……そうですが」
それでも、ロザリーは諦めきれない。なんとかして伯爵を説得しようと、考えを巡らせる。
……が、助けは意外なところからやって来た。
「お父様がそこまで心配なさるのなら、私が一緒に参りましょう。屋敷で暇を持て余しているくらいなら、陰謀渦巻く王城で侍女の真似事でもしているほうが、楽しそうですし。ロザリーが危険なことをしでかさないよう、私がしっかり見張って差し上げます」
「クロエ?」
その発言に目を見張ったのは、ケネスと伯爵だ。
「なにを馬鹿なことを。クロエ。お前に城仕えなど無理だよ」
「そうだ。お前は話を聞いていたのか? 私は可愛い娘を危険なところにやるつもりなどない」
こぞって反対してくる父と兄を見て、クロエは満足そうに微笑む。
「あら。だからこそですわよ。私が一緒にいれば、お父様もお兄様もロザリーを死に物狂いで守りますわよね? 下手にこの屋敷に置き去りにするよりも、目が届くというものでしょう。それに、常に互いの目があるのは防犯上効果的だとは思いませんこと?」
「……まあ、たしかにそうだが」
納得するケネスに、いまだ反対の姿勢を見せるのは伯爵だ。
「駄目だ! お前になにかあったら、私はどうすればいいんだ」
「どうもこうも。そのときは私になにかした人間を捕まえて罰してくださればいいのです。お父様は過保護過ぎるわ。結婚する気がない以上、私も働かなければと思っていたところです。ちょうどいいわ」
クロエがにっこりと笑う。ロザリーは思わず彼女に抱き着いた。
「いいんですか? クロエさん」
「ええ。でも侍女経験は私にはないわ。あなたが私の先生になって、いろいろ教えてね」
「もちろんですっ」
まだ許可を出していないというのに、盛り上がりだしたふたりに、伯爵は呆気に取られて言葉もない。
「では俺も、お目付け役を兼ねて、しばらく父上の側近として城に上がらせてもらいましょうか。よろしいですか? 父上」
「……仕方ない。だが皆、自分の命を一番に考えるんだ。それができなければ、すぐにでもカイラ様の侍女を辞めさせるからな」
「ありがとうございますっ」
ふわふわの髪を揺らして、ぺこりと頭を下げるロザリーに、イートン伯爵はやれやれとため息をついた。
「……あの」
おずおずと、レイモンドが手を上げる。
「できれば、オードリーがどうしているかも調べて欲しい。あれから全く連絡が無くて、クリスだって俺だって心配だ。可能なら俺だって一緒に連れて行ってほしんだが」
「レイモンドは無理だよ。国王からでも呼び出されない限りは、一介の料理人を連れていくことはできない」
「ですよね……」
はぁーと深いため息をつくレイモンド。不安そうにしがみつくのはクリスだ。
「できる限り調べてきますから、待っててください、レイモンドさん!」
「……悪いな。ロザリーに頼りっぱなしだ」
「いいえ。私が一番大変だったときに助けてくれたのはレイモンドさんですよ。これは恩返しです。だから、そんなに負担に思わないでくださいね」
笑いかけるロザリーのそばに、クリスがとことことやってくる。
「ロザリーちゃん、クリスも行きたい。ママを助けたいの」
サラサラのこげ茶色の前髪の合間から上目づかいで見つめられると、その要望をなんでも叶えたくなってしまうが、クリスを連れていくのはレイモンドを連れていくよりも無理だ。
「本当に危険なので、クリスさんは申し訳ないけど駄目です。代わりに約束したケーキの練習をしていてください。オードリーさんが帰ってきたら、みんなでお茶会をしましょう?」
「でも」
「オードリーさんが一番悲しむのは、クリスさんになにかあったときですよ」
「……はぁい」
渋々と言った様子でクリスは首を垂れる。
ホッとしたロザリーの背中に、「私が同じ気持ちでいることは、常に心に置いてほしいところだね」とイートン伯爵が釘を刺す。
「あ、……はは。はい。もちろんです」
「分かってるわよ、お父様。私が自分を犠牲にするわけないの分かっているでしょう?」
クロエにきっぱりと言われ、逆にイートン伯爵はホッとしたようだ。
気が強く、物事をはっきり伝えるクロエは、ある意味で彼らに万全の信頼を置かれているらしい。




