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脱走・2


 オードリーとレイモンドは、その後何度か本を使ってやり取りした。

 レイモンドは、南方出身の料理人と言って侯爵邸に入り込んだらしい。

 クリスはイートン伯爵邸で面倒を見てもらっていること、ザックが軟禁状態から解放されたことなど、レイモンドとのやり取りで、状況はある程度分かってきた。


(でも、だとすれば私をここにとどめておく理由は無くなる?)


 侯爵がオードリーを保護した理由は大きく分けてふたつだ。

 ひとつは、これまで要求されたように毒性鉱物の採掘へ協力すること。もうひとつは、軟禁されているアイザック王子に、圧力をかける人質としての存在だ。


 実際、オードリーはザックに対して影響力はないが、彼がイートン伯爵家と深いつながりがあることはよく知られているし、ふたりが拘束されたときにいたのは親しい間柄の人間だけだ。侯爵がオードリーを、アイザック王子を揺さぶる手段として考えてもおかしくはない。


 でもザックが解放されたのなら、オードリーの価値は毒物に関する協力のみだ。そして、それはオードリー自身が頑なに断っている。


(侯爵が毒物に関心があるという事実を知ってしまった以上、簡単には解放してもらえない)


 用済みだと判断されたとき、オードリーは自分の命があるとはとても思えなかった。


「おや、ここにいたのか」


 突然背後から発せられた声に、オードリーは驚いて振り向く。

 そこにいたのはアンスバッハ侯爵本人だ。普段夜中にならなければ帰ってこない彼が、この時間に屋敷にいるのは珍しい。


 料理本を戻した後で良かったと思いながら、オードリーは平然と続ける。


「これは侯爵様」


「どうだね。鉱物採集への協力は」


「……それに関しては本当に知らないのです」


 何度目か分からない同じ返事を繰り返したところで、侯爵がはあと大きなため息をつく。


「では、君には他の仕事をしてもらおう。黙らせたい令嬢がいる。即効性の毒を作ってほしい」


「私がそんなことを知るわけがないでしょう」


 その瞬間、頬に衝撃が走ったとともに頭が真っ白になった。痛みを感じて、頬を叩かれた拍子に本棚に倒れ込んだことが分かる。

 ここまで手荒い扱いを受けたのは初めてで、オードリーは目を瞠った。


「分かっていないようだな。これは命令だ。……君は保護されている立場にも関わらず、少しも協力的ではない。そんな人間を生かしておくほど、私も暇ではないのでな」


 そして、軽くしゃがむと、オードリーの顎に手をかけ軽く引き上げる。


「ここで私の役に立てば、命は助けてやれるが……どうする?」


 オードリーは体が震えるのを止められない。歯がカチカチとなり、頷くことでしか返事ができなかった。


「ならいい。必要なものは揃えよう。グランウィルに言ってくれ。そうそう。そんなに時間をかける余裕はないことくらいは、君にも分かるだろう」


 威圧的な笑みに、オードリーは瞬きさえできずにいた。



 ザックとケネスは、別荘を拠点としながら、ザックの軟禁期間にケネスが知り合った人物たちと会った。

 まずは隣国ネオロスとの間の話をつける。彼らの主張は、ネオロスに毒を持ち込んだ首謀者を暴き、罪人としてネオロスに差し出せというもので、それが飲めなければ開戦も考えているようだ。


 ザックは、毒物輸出の実行者であるウィストン伯爵はすでに死亡していること。裏で動いている首謀者を捕まえた暁にはそちらの要望を飲むということで話を付けた。

 これで、すぐに開戦ということにはならない。


 それから、王都に戻るまでの計画を練る。

 しばらくは行方不明ということにして、内密に平民や下級貴族の支持者を増やすべきという考えはザックもケネスも一致していたが。


「平民とのつながりはやはり弱いな」


「そうだね。君を推して……という声はあれど、まとまるというところまではいかないよね」


 バーナード侯爵派閥の伯爵家はこのあたりに多く土地を持っているが、平民が掲げている主はやはり土地を収めるべき領主だ。その領主が支持する王族ということでザックへのあたりは柔らかいが、どうしてもザックを押し上げるという熱意はない。


「少なくとも王都の平民層はまとまっていますよ。ナサニエル陛下の命で、ずいぶん前から私達が動いているのです」


 そう言うのはジョザイアだ。

 ザックが水道設備の整備をしていたころから、平民層の第二王子への支持は徐々に高まっている。

 ジョザイアは平民が力をつけるためには、数が必要で、まとまることとまとめ上げる人物が必要だと説き続けてきたのだという。


「今はゴードンという富裕層の男が中心となって思想をまとめ上げています。平民が議会に参加できるよう、嘆願すると言っています」


「それは悪くないな。貴族だけで物事を決めるのはおかしいと前から思っていた。……だが、父上がそのような思想を許すのは意外だ」


「陛下はもうずっと前から、機を狙っています。先日発令された税法により、平民たちの不満は最高潮に高まっていますから、実行するにはいい頃合いでしょうね」


「税法?」


 詳しく聞くと、平民の税率を上げる法令らしい。どうやら外貨の下落に伴う緊急措置で、ザックの軟禁中に審議されたものらしい。


「それの許可を父上が出したのか?」


 再び、ザックの中にナサニエルへの不信感が湧き上がる。

 彼の意図がどうにもつかめない。ザックを守るような行動をしたかと思えば、正反対の暴君のようなこともする。


「……陛下のご意思は、いずれご本人の口から明かされると思います」


 ジョザイアは控えめに笑って言うと、それ以上を口にすることはなかった。


 そうして地盤を固めている間に、ケネスに早馬が届いた。彼は手紙を受け取ると、その場で読み始めた。

 ジョザイアとザックが見守っていると、ケネスは「へぇ?」と意外そうな声を上げた。


「……なんて書いてあったんだ?」


「君、記憶喪失状態で目撃されたらしいよ」


「は?」


「父上から急ぎの報告だ。アンスバッハ侯爵の情報で、カイラ様がおびき出されたらしい。訪問地が北のカラザの街以外の情報は分からないそうだ。クロエが入手してくれた情報だそうだよ」


 どう考えても罠だ。それに乗るような母親か……と言われると、素直に乗るだろうという予測しかザックには立たない。


「……母上はよくも悪くも平民気質だ。人を疑うのは最も苦手だろう」


 善良さが彼女の取り柄なのだ。そしてナサニエルが彼女に惹かれたのも、その素直さと善良さにある。


「まずいな」


「まずいね。その場合、君の大事なロザリーも侍女として着いて来るだろうしね」


「まず過ぎるじゃないか、向かうぞ、カラザに」


 幸いにして、カラザはここから北方街道を南下したところにあり、ふたりが今いる位置からはそう遠くはない。

 ふたりは早速馬に乗り、護衛と共にカラザへと向かった。



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