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反撃ののろし・3

 バイロンは神妙な顔で、アイザックを見つめた。


「アイザック。お前は今の現状をどう思う」


「今……とは」


「伯父上が裏でこの国を牛耳っていることを、だ。この国は伯父上のものではないのだ。だが、この国の制度上、侯爵位を持つ伯父上を廃することは理由がなければできない。そして、その理由をあぶりだすことができずにいるのが現状だ」


 議会でも約半数を持つ派閥の党首で、国王家の縁戚。彼を追い落とすためには、それなりの覚悟がいる。


「ええ」


「もちろん、尻尾を掴めそうな事例もある。だが、近衛兵は父上の管理下だが、王国警備隊は彼の手中にあるようなものだ。なかなか立件するのは難しい。加えて、父上の詰めが甘く、いつも抑えられてしまう。……父上は基本的にお優しいのだ。伯父上への恩を捨てきれていない」


「はあ、ですが、いつも敵対しているアンスバッハ侯爵へ恩があるのですか?」


「俺たちが生まれる前だよ。父上は十五歳で王位についた。両親を亡くしてのことだ。支えてくれる家臣がいなければ、なにもできなかったろう。義兄である侯爵が力を尽くしてくれたから王としてやってこれたのだ、と父上は私に話してくれた」


 バイロンの声に郷愁が混じる。ザックは不思議な気分でそれを見つめた。

 自分と父親の間にはなかった信頼が、バイロンとの間には感じられた。


 バイロンは直ぐ表情を陰らせる。


「……だから父上は、愚王になると決めたのだろう」


「は?」


 ザックは目を剥いた。意味が分からない。愚王になる、とはどういう意味だ。


「先ほどケネスも言っていただろう。民の不満は高まっている、と。俺の体調が悪くなったことから、父上は政務への意欲を失っていた。あれはなぜなんだろうとずっと考えていたんだが、ここにきて落ち着いて考えられるようになって分かった。父上は、自分で伯父上を排除するのが難しいと考えたんだ。一方で、一部の議員と平民からはアイザックを推す動きが出ている。お前が不利な立場に立てば立つほど、お前を推す人間たちは奮起するだろう。対立構図としては一番美しい。貴族同士が政権争いをするよりも、平民対貴族の構図を作って国に変革をもたらすほうが、後々この国のためになると考えられたのだ」


「……は?」


 バイロンの言うことが信じられなかった。

 民の不満は、国の政治に向かっている。対象は個人ではなく貴族全体だ。当然国王も含まれる。

 変革が実現すれば、侯爵だけじゃない、国王だって粛清の対象となってしまう。


「それじゃあ、父上が……」


「そう。父上は粛清されるべき政権の代表となるつもりなんだ。自らの立場を道連れに、伯父上を追い落とそうとしているのだろう」


「馬鹿な」


 どうしてそんな後ろ向きな策を思いつくのか。ザックには信じられない。だけど妙に父親らしいと感じてしまうのが、なお悔しく感じる。


「父上は、新しい国家の先導役にアイザック、君がなるべきだと思っているのさ」


「は?」


 今日は散々驚かされたが、これが一番の驚きだった。


「なにを考えているんだ。なぜ俺が父上を制しなければならない」


「おまえが適任だからだろう。民の人気があり、王家の血を継いでいる。変革してもなお、王政を存続させられる人物がいるとすれば、それはお前だけだ」


 たしかに、中途半端なザックの血筋がこれ以上活きる場所はない。


「それに、おまえが王となるならば、父上のご寵愛しているカイラ妃もおまえの母親として今の生活を維持できる。父上の憂いは、おまえが王となることで晴れるんだ。父上は俺を死なせる決断をしたときに、自分も死ぬことを覚悟したのだと思う。すべては自分の咎だと考えておられるのさ。伯父上を抑え込むことができなかった、とね。……俺は、それが父上の望みだというなら、叶えて差し上げればいいと思っている。もちろん、命は救ってほしいが」


 バイロンがチラリとケネスを見る。話せ、という意図を受け、ケネスが口を開く。


「俺も賛成だよ。この国は大きくなりすぎたんだ。おかげで国王の采配だけでは動かせなくなった。ナサニエル陛下は暴君にはなれない。それゆえに、臣下をうまく諫めることができないんだ。申し訳ないけれど、俺は彼を愚王だと思う。もっと早く、どんな理由でもいいから、アンスバッハ侯爵を蟄居させるべきだったんだ」


「まあそこまで言うな。父上が伯父上や母上をないがしろにできなかったのは私のせいだ。第一王子の後ろ盾をなくすわけにはいかないと、そう思ってくださったのさ」


「それはそうでしょうが」


 バイロンとケネスの会話に、遠慮がなくなっているのを見て、ザックは不思議に思う。

 ケネスはバイロンを嫌っていたはずだったのに。


「……兄上の言い分は分かりました。でも、民を扇動するのは俺でなくてもいいはずです。むしろ、兄上が表に出たほうが、アンスバッハ侯爵との対立構図が明らかになっていいのではないですか? そのほうが父上を救うこともたやすくなる」


「俺に、伯父と母を討てというのか? あいにくそこまで薄情ではない。だからこそ、俺も父上もここまでなにもできずに来てしまったんだ」


「それでは俺が薄情みたいじゃないですか。俺だって嫌です。自分の父親に刃を向けるなど」


「だが他のものがやれば、父上は殺されてしまう!」


 バイロンの声が、いつになく真剣みを帯びた。


「私は第一王子だ。誰からも優遇されて生きてきた。それなのに、愛情をかけてくれたのは父上だけだ。私は父上の望みをかなえてあげたいし、何の責任もなく、ただの男として平穏を過ごさせてあげたいのだ」


 そのためには、政変で殺されて欲しくはない。アイザック第二王子がやるからこそ、甘い判断が許される。彼の父親だから。


「……嘘みたいにお膳立てが整っているってわけだ。誰が仕組んだわけでもないのに」


「私はこういうのを運命と呼ぶのだと思うよ。望むと望まざるとにかかわらず、運命には飲み込まれるものだ。もちろん、お前ひとりを荒波に放り出す気はない。私が差し出せるのは今のところ頭脳だけだが、お前よりは損得計算が上手な自覚はあるよ」


「そうだな」


 ザックからは呆れたような息しか出ない。

 父も、兄も、自分勝手で不器用で、――でも、優しい。


「俺の望みは、この国を平民も貴族も正しく生きる国にすることだ。それぞれの領分で責任をしっかり果たし、支え合える、そして愛する人と平和に暮らせる国に。ケネス、俺に、それができると思うか?」


 ザックはケネスに問いかける。いつだって側にいて、時に前で手を引き、うしろで支えてくれた彼を、ザックは一番信用している。

 ケネスは肩をすくめて笑いかける。


「これだけ協力者がいるんだ。何とかなるんじゃないか? というか、しなきゃ、だろう」


「そうだな。それに、俺は父上のことも見捨てるつもりはない。そんなことしたらまた母上が大変だからな」


「それとクロエのこともお願いしたいね。あの子は家族思いの子だよ。コンラッド様の婚約者になったのも犠牲心からだろうからね」


「もちろんだ」


「ほう、あの令嬢が、コンラッドの婚約者になったのか?」


 バイロンが興味深そうに問いかける。


「俺の妹をご存知で?」


「学園の祭典で家族が来るときがあったろう。俺がアイザックと君に嫌がらせをしたのを見て、『アイザック様をいじめるのは勝手ですが、お兄様に手を出したら許しません』と小さかった彼女に怒られたことがあるよ。ずいぶんと口調のはっきりした令嬢だと感心したものだ。あれでコンラッドより年下だというのだから驚いたとも」


「ふうん。まあ自慢の妹ですよ。あとは結婚さえしてくれればとは思っていましたが、コンラッド様にはやれません。戻ったらどうあっても婚約破棄させますからね」


 ケネスの談に、バイロンは少しばかり頬を緩めた。


「それにしても、ケネスは兄上にどうしてこんなに打ち解けたんだ? こうして会うようになったのはここ最近の話なんだろう?」


 素直に疑問をぶつければ、ケネスはなんてことのないように笑う。


「もう王太子様ではないし? せっかくだから思ったことをすべて言わせていただいただけだよ。叱られるかと思ったら大笑いされて、こっちも毒気が抜けたよね」


 なるほど、いろいろ吐き出した結果のことらしい。なんにせよ、兄とケネスに仲良くなってもらえるのはありがたい。


「じゃあ、先のことを考えようか。みんなの考えを聞かせて欲しい」


 アイザックは笑顔で、仕切り直した。

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