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反撃ののろし・1


 アンスバッハ侯爵派の議員から提出されていた平民への課税法案が、議会で賛成多数で可決された。日を改めて、国王の承認が下される。


 翌日、法案を国王に提出したアンスバッハ侯爵は、書面に軽く目を通しただけで、国璽を押すナサニエルを見て、口もとを緩めた。


(すっかり意欲を無くしたようだな。いい傾向だ)


「……これが通れば国民からは不満が噴出するだろうな」


 自分で法案の最終許可を出しておきながら、ナサニエルがぼそりと言う。


「何をおっしゃいます、陛下。国家を維持するのに必要な費用を確保しているだけです」


「我々貴族の懐は痛まないのに?」


「我々には多くの責任と義務があります。そうして築き上げたこの国で、平民たちを生活させてやってるんですよ?」


 ナサニエルは目を眇めて、印を押したその書類をアンスバッハ侯爵に渡す。


「もういい。下がってくれ」


「はっ」


 ナサニエルの態度に腑に落ちないものを感じたが、侯爵はこれ以上余計なことは言わず、退出した。

 それにしても彼がなにを考えているのか、最近はよくわからない。アイザック王子の捜索についても、もう少し口出ししてくるかと思ったが、まだ見つからないという報告に「そうか」と告げただけだった。


(一体どうしたんだ? ついになにもかもやる気がなくなったのか? ふん。だったら最初からやる気など出さなければ良かったのだ。そうすればこんなに時間をかけることなどなかった)


 ナサニエルが王位についたのは、まだ十五歳の少年のときだ。

 そのとき、二十四歳だった侯爵は、十七歳の妹のマデリンを彼の妻とし、王の後ろ盾となった。


(あれから三十年……)


 信頼のまなざしを向け続けていた彼が、侯爵に反抗するようになるのは五年ほどしてからだ。

 そこから、ナサニエルからすべての権力を奪うための侯爵の長く静かな戦いが始まった。


 議会の第一党を率いるようになり、実際に政治をまわしているのは侯爵だ。本来、王を蹴落とすことにそこまで執着する必要はないのかもしれない。


(私も、意地になっているのかもしれないな)


 不意に侯爵はそんなことを思った。



 ザックが連れてこられたのは、王都からグリゼリン領に向かう途中のケントリア領の別荘だった。隣国との交通の要所でもあるので、街は栄えていて、領内の東には王国の直轄地が飛び地である。そこに、ナサニエルが所有する別荘があるのだ。


「あまり手入れはされていないので、お見苦しい点はご了承ください」


「ここを使っているということは、父上の命か」


「ご明察です」


 他国への移動の中間地点として、もしくは単純に休暇の際に使われる落ち着いた屋敷だ。ナサニエルはあまり慰労旅行をしない王なので、ザックもここには一度しか来たことが無い。

 カイラが呼び戻されたとき、王城に入る前に先にここでナサニエルと対面した。

 ザックは、自分が王の子だということを、そのときに初めて知らされたので、あまりいい思い出ではないがよく覚えている。


 応接室に迎えられ、出されたお茶を口にして、ザックはようやく人心地ついた。


「……で、ケネスはいったいどうしていたんだ?」


「俺は君が軟禁状態になってから、ここ数年で辞めた造幣局員を当たっていたんだ。全てをウィストン伯爵の首謀とするにはやっていることが大掛かりだからね。なにか見落としていることがあるだろうと思って。皆、口は堅かったが、輝安鉱を他国に流す役どころを担っていた男と接触できた。もう取引は終わったしこれ以上手を染める気はないと言って、なかなか情報は出してくれなかったけどね」


 事件は死んだウィストン伯爵に全責任が負わせられ、造幣局員は通貨偽造に関わっていたメンバーこそ退職を迫られたが、逮捕まではされなかった。

 ずいぶん甘い処置だと思えたが、アンスバッハ侯爵がうまく取り計らったのか、それ以上追及された様子はない。


「彼に聞いた輝安鉱の売却ルートをたどって、隣国ネオロスに向かったんだ。そこで、あちらの高官と知り合った。国内でたびたび起きる毒殺事件を追っているそうだ」


 つまり、モーリア国から売られた輝安鉱を入手して、隣国ネオロスでは別の事件が起こっているということだ。


「俺は彼に協力することにした」


「ケネス!」


 それは、人道的には正しい行為だ。だが同時に、国を売るような行為でもある。

 毒物の不正輸出を咎められれば、当然、モーリア国側の方が悪い。ネオロス国との友好関係には亀裂が生じ、損害や賠償などの問題が生じるだろう。


 ザックの咎めるような声に、ケネスは穏やかに笑った。


「何がいけない? このまま、政治家の不正が横行するような国に、君は本当に未来があるとでも? 平民だって馬鹿じゃない。国を動かす貴族たちが平民のことを全く考えていないことくらいは気づいている。それでも、国を国として維持するために、貴族が必要だから従っているんだ。それが外国から非を指摘されるような事態になればどうすると思う?」


 ザックの背筋に冷たいものが走った。

 民衆の不満が高まり、国の維持に貴族が必要ないと思われれば、起こるのは反乱だ。

 だが民は後ろ盾や蜂起の旗頭を欲しがるだろう。それが他国の人間であれば、いずれはモーリア国が他国に侵食される。


「いいかい、ザック。これはいつかは起こることだよ。我々貴族は、今まであまりにも平民をないがしろにしすぎた。父上や君がそれを正そうとしても、蒔いた種が芽を吹きだしたところで摘み取られてきたんだ。やがては大きなうねりが起こる。そうなったときに、俺はもう、自国の貴族を守ろうとは思わない」


「しかし、そうなれば父は……」


 貴族の筆頭は国王であるナサニエルだ。民の反乱に協力することは、彼と決裂することと同義だ。

 ザックは、ちらりと同席しているジョザイアを見る。父の側近である彼に、こんな話を聞かせるべきではないと思ったのだ。


「大丈夫だよ。ジョザイア様はすべてご存知だ。俺が密売ルートを探っているとき、偶然この街で出会ったんだ。最初は探り合いながらだったが、やがて思想を同じくしていることが分かった。それで今は協力者になってもらっている。……彼は、君もびっくりの情報を持っているよ。聞いてみるといい」


 そう言ってケネスは、ジョザイアを促す。

 アイザックが視線を送ると、ジョザイアは穏やかにほほ笑んで、立ち上がる。


「アイザック様にお会いしてほしい方がおります」


「俺に……? 誰だ?」


「まだお加減がよろしくないので、アイザック様にご足労いただいても?」


「ああ……」


 ザックはジョザイアについて歩いた。向かったのは別荘の一番奥の部屋で、ひとつの扉を抜けてもさらに廊下が続いている。


「失礼します。お連れいたしましたよ」


「ああ、入ってくれ」


 声をきいた瞬間、ザックは信じられなかった。

 思わずジョザイアを押しのけ、ベッドで上半身を起こしているその姿を食い入るように見つめる。


「あ、兄上……」


 そこにいたのは、死んだはずの第一王子。バイロン・ボールドウィンだったのだ。



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