表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/47

逃走と潜入・2


「……行ってしまいました」


「そうね。こんな形で旅立たせることになるなんて」


 ロザリーは自分を支えていた力が抜けたようだった。立ってはいるけれど、体の芯がふにゃふにゃしている。今ソファに座ったら、立ち上がれなくなってしまいそうだ。


「……ふう」


 それはカイラも同じだったようで、彼女は部屋に戻るとソファに深く座り、背中を預けると、大きなため息をついた。


「とりあえずひと段落ね。これが正しかったのかは、私には納得しかねるけど」


「そうですね」


 それでも、ずっと軟禁されているよりはいいはずだ。

 精神の疲弊は、彼を壊してしまう。病んでいた時代を知っているロザリーには、彼の心の安寧が一番大事だった。


「アイザックは行ったんだな」


 やがて、国王が顔を出した。


 彼は彼で、疲れた顔をしている。

 バイロン王子の葬儀後すぐにカイラを呼び戻し、アイザック王子を擁護し続けたことで、アンスバッハ侯爵派の貴族からは批判的な態度を取られている。

 一部では、『寵妃の息子を次期国王にするために、王自らが王太子を手にかけたのではないか』などという、不敬極まる噂も流れた。

 その時のカイラとの会話は、ロザリーの記憶にはっきりと残っている。


『不思議なものだな。私は昔からバイロンを優遇し続けていたのに、ちょっと状況が変わっただけで、口さがない者たちは直ぐに主張を変える。あの者たちは今まで、なにを見ていたのだろうな』


 苦笑するナサニエルの手を、カイラが、気遣うように握った。

 ふたりの心温まる光景を見たとき、ロザリーが思い出したのは、アイビーヒルで出会った頃のザックだった。


(きっとあのときのザック様も、こんな風に傷ついていたんだ……)


 何を信じればいいのか、分からなくなる。権力に近い場所にいるほど、そんな状況に出会いやすいのかもしれない。

 彼はそれで、心を壊した。そしてアイビーヒルに逃げてきたのだ。

 けれどいつまでも逃げ続けてはいなかった。この国を立て直したいと、王都に戻っていったのだ。そんな彼が、どうして国の中枢から追われなければならないのだろう。


 ロザリーは不思議だった。

 国のことを思う人間が集うべきところが王城であり議会だ。なのに今は反対のことが起きている。己の利ばかりを願う人が集まり政治を回すこの国は、正しく国としてあれるのだろうか。


「あら、あなたがアイザックのことを気にするとは思いませんでしたわ」


 カイラの声に、ロザリーは我に返る。冷たい言葉で迎えられたナサニエルは苦笑していた。ザックの一件以降、彼らの喧嘩は続いているのだ。

 といっても、カイラはもともと主張の強い女性ではない。怒っていてもナサニエルの訪問を断ることはないが、言葉の端々にあの決定に対しての棘がある。


「そう言うな。息子がかわいくないわけないだろう」


「それはそうですわね。あなたの息子はあの子だけではありませんもの」


 カイラにしては尖った言い方に、さすがのナサニエルも苦笑する。


「お前に責められるのは堪える。絶対に悪いようにはしないから、いい加減機嫌を直してくれ、カイラ」


「……知りません」


 ツンとそっぽを向いたが、カイラの意地が長く続かないことは、長年連れ添っているライザはもちろん、ロザリーにもたやすく分かった。


「私達はしばらく隣室に控えております」


 ライザは小さくそう言うと、ロザリーを引っ張って部屋を出た。


「……仲直りなさいますかね」


「そろそろ焦れた陛下が強引にでも仲直りなさいますでしょう」


「ですね」


 ロザリーとライザは微笑みあい、自分たちもお茶をいただこうと、テーブルについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ