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解放と再会・2


 それから数日後、国王陛下から、コンラッドとクロエの婚約の許可が出た。

 国王の許可が出れば、一伯爵家であるイートン伯爵もそれ以上の反論はできない。まだ喪中であることを踏まえ、城勤めの貴族にだけ披露されたものではあるが、これにより、イートン伯爵令嬢と第三王子の婚約は周知の事実となる。


 同時に、アイザックは王位継承権放棄に関する書類への署名と同時に、釈放されることになった。


 それをザックは、警備兵から聞かされた。ザックの主張は、父には聞き入れられなかったのだ。


 公式に発表された釈放理由はこうだ。


【バイロン王太子の死因はたしかに毒によるものだが、王国警備隊の調べとアイザック王子殿下への取り調べの結果、事故によるものだと判明した。

アイザック王子は自身が殺害されそうになった輝安鉱について調べるために、調査用としてそれを保持していた。しかし欠けやすいそれが、自分のポケットに入り込んだことには気づいていなかった。

その輝安鉱が、見舞いの際にバイロン王太子の部屋に紛れてしまい、王太子を死へと追いやってしまったのだ。

調査中に、自分が兄の死のきっかけを作ったことに気づいたアイザック王子は非常に落ち込んでおり、偉大な兄を失わせた責は自分にあると、王位継承権を放棄し、一伯爵に臣籍降下することを決めた】


 その発表を、ザックは他人事のように聞いた。

 結果として、無罪ではある。が、これではアイザックがバイロンを殺したと認めたような内容だ。

 勝手に罪をなすりつけられたときと同様に、勝手に今後を決められたことは、彼の精神に非常にダメージを与えた。


(あのときと同じだな)


 以前、ザックは心を壊し、アイビーヒルに逃げた。あのときと同じ息苦しさを感じ、絶望が胸を占めていた。


(俺は、やはり政治には向いていないんだろうな)


 あのまま、逃げていれば良かったのかもしれない。国のためなど考えずに、ロザリーの手を取って、片田舎でのんびりと暮らすのだ。


(……何をして?)


 そこまで考えて、ザックは苦笑する。

 あそこに自分ひとりで築いたものなどなにひとつない。

 イートン伯爵の屋敷で、彼らの好意に甘えて、プラプラとしていただけだ。礼のつもりで足湯を引く計画を立てたりと領地経営に口は出してみたが、所詮あれだって、イートン伯爵の経済力と普段からの領地経営の確かさが基盤としてあるからうまくいっただけだ。


 この身に宿っているのは、王子としての経験と学術院で学んだ経営学や政治学だ。

 例えばレイモンドのような料理の腕も、温泉宿を経営する腕も持っていない。


(……向いていなくても、これしかないというのにな)


 泣きたい気分でうつむいたザックに、警備兵は不思議そうに問いかけた。


「アイザック殿、聞いておられますか? これであなたは解放となります。ですが、基本許可が下りるまでは城内にいらしてください」


「ああ、分かった」


 警備兵の話が終わると、コンラッドとクロエがそろって入ってきた。


「コンラッド。……クロエ嬢も?」


 呆けて名を呼ぶと、コンラッドは見せつけるように彼女の腰を引き寄せる。

 コンラッドは勝ち誇った表情をザックに向け、にやりとほほ笑んだ。


「そういうわけだから、兄上。ド田舎の領地に引っ込んでいただきます」


「どういうことだ?」


「兄上のご執心のクロエ嬢は、私の婚約者となりました。もちろん、本当に結婚するのはまだ先ですがね。あなたが王都からいなくなっても、彼女の親であるイートン伯爵家も今後は安泰です。どうぞ気を安らかにご隠居ください」


「……そういうわけですの。アイザック様、やはり私たち、ご縁がありませんでしたのね。今度こそはと思っていたのですが」


 クロエはしおらしく頬に手を当て、コンラッドから見えないようにしてウインクする。

 言われていることはチンプンカンプンだったが、彼女に何らかの意図があることは分かった。


「後ほど、正式に父上から話があると思います。グリゼリン領をいただけるそうですよ。未開の土地も多いですが、開拓に力を尽くせば一生などすぐに過ぎていきますとも」


 この言いぶりから、父までもグルとなって、自分を王都から追い出そうとしていることがうかがえた。

 ザックの中でのナサニエルの信用度がどんどん下がっていく。


 それに対し、好きではないが信用度だけは抜群だったクロエの、今回の意図が分からない。


 ザックの知るクロエは、ケネス第一主義者だ。ザックを救うために、しおらしく好きでもない男と婚約するような娘ではない。なによりもケネスに利が無ければ動かないだろう。


(俺に見切りをつけ、伯爵家を守るために第三王子に嫁ぐ気か? だが、それを伯爵が了承するとも思えないが)


「……クロエ嬢。この婚約、ケネスは知っているのか?」


 クロエは目を伏せ、声を落として言う。


「いいえ。お兄様は今遊学中ですの。諸外国を見てくるといって」


「いないのか? クロエ嬢、ケネスにも言わずにこんな大事なことを決めていいのか」


「おっと、兄上。昔あなた方がどういう関係だったかは知りませんが、今の彼女は私の婚約者です。気やすく呼びかけないでいただきたい」


「コンラッド。お前……」


 四歳下の弟の、こんな勝ち誇った顔は初めて見る。

 同腹の王太子がいることもあって、コンラッドは昔から奔放で、諫める人間もいなかった。本人も特に王位に固執してはいなかった。むしろ勉強嫌いで、兄が二人もいるのだから自分には必要ないというスタンスだったように思う。


「お前、クロエ嬢が好きだったのか?」


 クロエとコンラッドは一歳差だ。王都の貴族の子は皆同じ学校に通うのだから、嫌でも面識はあるだろう。

 アイザックは言動のきつさを苦手としているが、クロエは話さなければ気品ある美しい令嬢だ。

 コンラッドが彼女に恋をしたとしても不思議はないと思う。だがクロエの方はどうだろう。あのケネスを理想の男と掲げている彼女にとっては、コンラッドなど子供のように見えるだろうに。


「兄上にとっても大事な人だったのは存じています。俺に任せてください。必ずや彼女を幸せにしてみせます」


「……そうですわ。いつまでもアイザック様が無実の罪で捕まっているなど、耐えられませんもの。どうか、落ち着いた幸せを探してくださいませ」


 クロエは、健気な言動をして、切なげな視線をアイザックに送り続ける。どうやら彼に恋をしている演技をしているようだ。


(ここは乗っかるべきなのかな。しかしなんだか気持ちが悪いな。……普段は敵を見るような目つきで睨まれるのに……)


「ということで、兄上の軟禁はこれで終了です。警備兵ももう退出しますから、まずはゆっくりお休みください」


「待て、コンラッド。ひとつ聞くが、アンスバッハ侯爵は何かおっしゃっているのか?」


「伯父上ですか? なぜ? 今回の話、決定されたのは父上ですよ」


「侯爵が口を出さないわけはないだろう」


「伯父上はどうあっても王にはなりえないのです。これからは私を重用しないわけにはいかないのですよ」


「ああ、……そういうことか」


 好きなことばかりやっている愚弟だと思っていたが、意外にも頭は悪くないのだろうか。

 彼はこの状況で、自分の価値に気が付いたのだ。


 ナサニエル王とうまくいっていないアンスバッハ侯爵が利権を握るには、バイロンかコンラッドを王に立てるしかない。だが、バイロンは死んでしまった。とすれば、侯爵はコンラッドの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。

 もちろん、コンラッドにとっても、侯爵は頼るべき親族であるはずだ。彼に協力してもらわなければ、能力的な意味でコンラッドが王として君臨することなどできない。

 そこは持ちつ持たれつのはずだが、コンラッドは自分がのちに苦労するであろうことまで考えが及んでいないのだろう。


「では失礼します」


 コンラッドとクロエが揃って部屋を出ると、本当に誰もいなくなった。



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