解放と再会・1
コンラッドとクロエの婚約話を、ザックは面会にやって来たナサニエルから聞かされた。
警備兵は、相手が国王ということもあり、今日は入口付近に控えている。大声を出さなければ、内容をしっかり聞き取られることはなさそうだった。
「なんですって? 解放?」
「ああ。その代わり、お前は王位継承権を放棄することになる」
ザックはナサニエルの話が信じられず、その口もとを何度も見つめた。
彼が取り戻しかけていた父親への信頼は、今まさに粉々に打ち砕かれた。
ザックはその歯がゆさを正直に父親にぶつける。
「……見損ないました、父上。俺に、やってもいない罪を認めろとおっしゃるのですか? 俺が兄上のことを憎んでいたと、父上もそう思っているんですか!」
激高するザックに、ナサニエルは驚いたようだ。
「落ち着け、アイザック。やっていないことは信じているし、お前とバイロンの仲が周りが思っているほど悪くもないことも知っている。この提案が、お前には不満であろうことも。だが今優先すべきことは、お前の命を守ることだ。今、強硬にお前が犯人だと主張しているのは、アンスバッハ侯爵だ。議会の半分を動かす彼を、私も力で抑え込むことはできない。そのためには準備期間が必要だ」
「冤罪を認めるなど嫌です」
「……アイザック」
アイザックのかたくなさに、ナサニエルも困り果てる。だが、ナサニエルも譲る気はない。彼の目をまっすぐに見ながら、息子の説得にかかる。
「今は汚名をかぶっても命を大事にしろと言っているんだ。何が不満だ。お前はもともと、名誉欲は薄いだろうに」
「名誉はいりません。それでも、汚名をかぶるわけにはいきません」
「いつかきっと晴らしてやる。それでもダメなのか」
「ダメです」
「クロエ嬢の決意を無駄にする気か?」
「……クロエ殿が犠牲になる必要などない。婚約話は断ってあげていただきたい」
頑なな様子のアイザックに、ナサニエルは説得をあきらめた。
「少し頭を冷やして考えろ。また来る」
立ち上がって出て行った国王を見送るために、警備兵が部屋を出ていく。
「……頭を冷やせ、か」
軟禁生活はひと月になる。会う人間を制限され、毎日責め立てられる日々に、精神状態はあまりよくない。時々差し入れてもらえる、レイモンド作と思われる菓子が、唯一の救いだ。
本当は出られるものなら出たい。早く楽になりたいと思わずにはいられない。
それでも、屈したくない理由は、いつかロザリーを妻に迎えたいからだ。
(ロザリーを罪人の妻になどさせられるか。たとえ死んだとしても、彼女を不名誉な立場に置くわけにはいかない)
無邪気な笑顔に、軽やかな動き。ザックの脳裏に映るロザリーは、純粋で清廉だ。
沁みひとつない彼女にとって、自らが汚点となることだけは耐えられそうにない。
父は母を本気で愛しているのだろう。それは今となればザックも信じられる。
だが、父が愛しているのは母だけだろうという思いは消えない。自分のことまで愛しているわけではないように思えるのだ。
(だから言えるんだ。罪をかぶれ……などと)
国王とは、常に国の利を考えなければならない。そのために情を捨てることも必要とされるだろう。
ナサニエルはおそらく、それができる王だ。
(……俺には向いていないな)
苦笑しつつ、思いだすのはバイロンのことだ。毒のせいで、姿が見せられる状態ではなかったらしく、実の親であるナサニエルやマデリンでさえも棺の中を見ることはできなかったのだという。
ザックに至っては、葬儀にさえ出られなかった。
粛々と行われる国葬を、自分の部屋から気配だけ窺うのは酷くみじめな気分だった。
(兄上が、生きていてくれたらよかったのに。国をしょって立つ資質も、能力もあった)
昔の仲の悪さや確執などさっさと捨てて、もっと早くに和解するべきだったのだ。
そうすれば、支え合って父を補佐できた。侯爵の対抗勢力として、今よりずっと強固なものが出来上がっていたはずだ。
(俺はしょせん半分は平民だ。王位に未練はない……が)
せめてコンラッドが優秀ならば、王座を譲るのはやぶさかではなかった。なんといっても正妃の息子だ。血統がすべてではないが、こと王家にとって血統は大事だ。が、コンラッドは学園でも評判が悪い。第三王子ということで責任感も薄く、周りも誰も諫めなかった。
(……俺も諫めはしなかったな。同罪か。なまじ王子が三人もいたから、三番手にまで回ることはないだろうと誰もが放置しすぎたんだ)
悔いても過去は変わらない。
アイザックは頭を振って、先のことに目を向ける。
アイザックが最も危惧していることは、こうして国内の利権をめぐって争っているさまを、諸外国が見ているということだ。
領土が広いモーリア国は、常に外国からの侵攻を警戒しなければならない。
こうしている間に、外敵から攻められ国を失ったら、王座など何の意味も無くなるというのに。
「父上も侯爵もそれを分かっているのか……」