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伯爵令嬢の婚約・4


 親子の睨み合いはしばらく続いた。そこに割って入ったのはカイラだ。


「クロエさん。アイザックを守ろうとしてくれるのはありがたいわ。でも、結婚は一生のことです。クロエさんが犠牲になる必要などないわ」


 ロザリーも、小さく頷く。ザックを守りたいのはロザリーも同じだが、クロエに犠牲になってほしいわけではない。


「ご心配はありがたいですけれど、私は平気です。もともと結婚する気が無いんですもの。誰としても一緒でしょう? それに、私がコンラッド様の妻になり、アイザック様が継承権を放棄すれば、私は王太子妃です。多少なり権力を持つことができます。マデリン様の言いなりになるだけでなく、自分の派閥を持てるようになれば、きっとお父様のお役にも立てるでしょう」


「……クロエ、お前」


「私は、私を一番うまく使ってみようと思っただけですわ。私の優先事項は、アイザック様ではありませんの。お父様とお兄様。ふたりを守ることです」


 クロエははっきりとそう言った。

 すでに意思を固めたと言わんばかりの態度に、ロザリーは何も言えなくなる。


「あとは、アイザック様が王位継承権を放棄すると署名なさるかどうかです。私はその説得に乗り出す気はありませんから。カイラ様やロザリーの方でお願いいたしますわ」


 淡々と話を進めていくクロエに、伯爵だけは納得できない様子でかぶりを振る。


「駄目だ。絶対にお前をコンラッド様には渡せない。こう言っては何だが、コンラッド様には王者の資質が見えない」


「それはそうですわ。でも、考え方を変えてみてください。王の資質がないコンラッド様はいずれ侯爵の操り人形となるでしょう。誰かがそれを止めなきゃならない。それは、妻となる私にだけ可能なことではありませんか?」


「……どういう意味だ」


「私との縁談を、無理を通してでも望んだのはコンラッド様です。つまり、コンラッド様は私の言うことなら、ある程度聞いてくれるというわけです」


「それはそうだが。だからといって、可愛い娘を信用できない男に渡すわけにはいかん!」


 クロエとイートン伯爵の間で、静かな火花が散る。頑固なところは父親似らしく、どちらも譲る姿勢を見せない。


「お待ちください」


 再び、割って入ったのはカイラだ。


「クロエさんは私の侍女だというのに、今回の話は私も初耳です。おそらく陛下もご存知ないでしょう。一国の王子の結婚が、一部の重臣だけで決められていいはずがありませんわ。このお話は陛下に確認し、ご意見を仰ぎましょう。どうか私に預けてくださいませ」


「カイラ様」


「クロエさん。それまで勝手な行動は慎むこと。いいわね」


「……分かりました」


 渋々といった様子でクロエが頷く。この場はこれでいったん収束した。





 その夜、いつものようにナサニエルがカイラの部屋を訪れると、いつもは自室に下がっているライザとロザリーの姿があった。


「陛下、折り入ってお話がございます」


 カイラは夜着にガウンを羽織っていて、椅子にナサニエルを誘った。


「どうした。なにかあったのか?」


「マデリン様の侍女に気づかれないタイミングでお話したくて」


 そう前置きして、カイラは、ナサニエルを椅子へと誘導した。ロザリーとライザはお茶をいれ、ふたりに差し出す。


「陛下、今日お伺いしたいのは、コンラッド様の婚約についてです」


「なぜそなたが知っている? 結婚したい娘がいるそうだ。まだ喪中だし、コンラッドは学生だ。時間を置いてから紹介してもらうつもりだったのだが」


「そのお相手がクロエさんだということはご存じですか?」


 ナサニエルは驚愕の表情を見せた。


「それは聞いていないぞ? イートン伯爵が了承したのか?」


「伯爵は反対しておられます。ですが、クロエさんは了承しているようです」


「あのふたりはそんな関係だったのか?」


 ナサニエルは考え込んだが、ロザリーは首を振ってこたえた。


「恐れながら……、それはないと思います。少なくともクロエさんには恋愛感情はなさそうでした」


 全てはザックを解放するために組まれた縁談だ。

 ロザリーはクロエが持ち掛けられた取引内容をナサニエルにも話した。ザックに王位継承権を放棄させること。そうすれば無実にして解放すると言われたこと。


「……なるほど。だが、その条件なら、侯爵側のメリットが弱いな。アイザックに罪を着せて王子の座からは転落させたほうが、復権の可能性も無くなる。なぜこんな提案をしてきたんだ?」


「コンラッド様は、クロエさんに好意を持っておられるようでした」


「コンラッドが侯爵にごり押ししたということか? ……ふん、そんなことができたのか」


 ナサニエルは顎に手を当ててしばらく考え込み、やがて頷いた。


「この話、受けたほうが得ではないかな」


「陛下!」


「それじゃあクロエさんが犠牲になります」


「クロエ嬢も了承している話なのだろう? 少なくとも、これでアイザックを救い出すことはできる」


 予想外のナサニエルの言葉に、カイラもロザリーも言葉を失った。


「見損ないましたわ、陛下。私だってアイザックは可愛いですが、イートン伯爵だって娘さんが大事に決まっています。人を犠牲にして助かって、アイザックが喜ぶとでも?」


「今はアイザックを自由にする方が大事だ。生きてさえいれば、勝機はある。私はこの婚約に賛成だ」


 その後カイラがどれだけ説得しようとしても、ナサニエルは主張を崩さなかった。

 その日は喧嘩別れとなり、ナサニエルはすごすごと妃の部屋を出ていったのだ。




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