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伯爵令嬢の婚約・3


 オードリーがレイモンドとクリスに宛てた手紙を、イートン伯爵は王国警備隊の隊長から受け取った。傍についていたケネスは、それを拝借し、ロザリーのもとへとやって来た。


「まあっ、お兄様!」


「ケネス様。どうされました」


 ケネスの登場に素早く反応するのはクロエだ。ケネスは恭しく腰を折り、まずは第二王妃に挨拶をする。


「ご機嫌麗しく、カイラ様。うちの妹とロザリーはご迷惑をかけていませんか?」


 そのあと、抱き着かんばかりの妹の頬にキスを落とす。


「実はロザリーに用事がありまして。少しお借りしても構いませんか?」


「どうぞ。この部屋でお話しくださって大丈夫よ」


「ではお言葉に甘えて」


 ケネスはカイラに感謝しつつ、一通の手紙を取り出した。


「警備兵から父上に託された、オードリー殿の手紙だ。ロザリーならば本当に本人が書いたか識別できるだろう?」


「はい」


 手紙は、すでに開封されていた。内容は読まず、においだけを確認する。

 ロザリーはその手紙から、六人の人物のにおいを嗅ぎ取った。そのうちのひとつは、間違いなくオードリーのものだ。


「オードリーさんが書いたものに間違いはないと思います。便箋についているのは、オードリーさんを含む三人のにおいです。当然封筒にもついていますね。封筒だけににおいがついているのは、ケネス様とイートン伯爵、それともうひとり……この匂いは嗅いだことがありません」


「内容まで確認しているのは警備兵だろうな。あとひとりは、おそらくオードリー殿が囚われている場所にいる人物だろう。封筒だけについているのは仲介者のにおいだろうな。召使あたりか」


「そうですね。おそらく」


 ロザリーが嗅いだことのないにおいは三人分。もしこのにおいの人物に出会ったとき、すぐに分かるようににおいをよく覚えておく。


「ありがとう、ロザリー。ところで、君たちには変わりはないかい?」


「はい! 侍女さんたちに嫌味を言われても、クロエさんが助けてくれるので大丈夫です」


「へぇ。すごいじゃないか、クロエ」


 ケネスに褒められるのはまんざらでもないのか、クロエは少し頬を染めて、ぷいとそっぽを向く。


「ロザリーがあまりに言われっぱなしになっているからよ。それに、助けたわけじゃないわ。私は事実を言っているだけだもの」


「そうか。でもロザリーが助かっているなら、やはりクロエのお手柄だろう」


「そうですよ! クロエさんがいてくれるだけですっごく安心します!」


 ふたりがかりで褒められ、クロエは耳まで赤い。でも、それを表に見せないところがまた可愛い。ロザリーの胸がほっこりと温かくなる。


「ところで、実はしばらく顔を出せなくなるんだ」


 ケネスのその一言に、クロエの表情がふっと陰る。


「どうかなさったの? お兄様」


「ちょっと調べたいことが出てきてね。しばらく国外に出る。その間は父上が様子を見に来るから、細かに報告してあげてくれ」


「国外へ? どうして?」


 クロエはショックを受けたように、ケネスに縋り付いた。


「まだ確証はないから公にはできないが、……不穏な噂を掴んでね。それが正しいものか、調査してくる」


「危険はないんですか?」


「そうよ! 他の人に行かせるんじゃダメなの?」


 ケネスが今、国を離れるとは、余程のことがあるに違いない。ロザリーも心配だったが、クロエはそれ以上に狼狽していた。


「大丈夫。俺がそんなヘマするわけないだろう?」


 ぱちりとウインクをして、笑ってみせたケネスに、クロエはそれ以上追及するのをやめた。

 けれど、彼女が真一文字に閉じた口もとが、納得していないのを示していた。



 ケネスが姿を見せなくなって一週間、ロザリーはクロエの様子が気にかかっていた。

 考え込むように黙っていることが多くなり、話しかけてもいつも上の空だ。なにかあったかと聞いても明確な返事はないので、ロザリーとしてもそれ以上は追及できない。


 同時期に、マデリンの侍女たちによる嫌味の応酬も鳴りを潜めていた。

 何度やってもクロエに言い返されるから、飽きたのかもしれない。そんな単純な理由かどうかは謎だが、嫌がらせが無いのは楽なので喜んでいる。


 ある日、血相を変えて第二妃の部屋を訪れた人物がいた。イートン伯爵だ。


「クロエ!」


「まあ、お父様。カイラ様にきちんとご挨拶なさってくださいな」


 突然入ってきた伯爵に、カイラもライザも驚いて言葉も無くなっている。


「これは失礼。カイラ様、ご機嫌いかがですか。不肖の娘が面倒をかけておりませんでしょうか」


「伯爵。クロエさんはよく働いていらっしゃいます。ロザリーさんとも苦手を補い合っていて、とてもいいコンビですわ」


「そう、それは良かった。……ではなくてですね。カイラ様はご存知ですか? 娘に、コンラッド殿からの求婚話があることを」


 貴族の婚姻は、本人たちの意思というよりは、親同士の意思の方が強い。結婚に関する条件がすべて決まってから、当人たちに話がいくことだって少なくないのだ。

 なのに、今回の話は、イートン伯爵にとって寝耳に水の話だった。しかも、相手方からはクロエから了承は得ていると言われた。まずは確認をと慌ててやって来たのだ。


 問われたクロエは飄々としている。


「お父様、誤解なさらないで。結婚ではなく婚約の打診でしょう? コンラッド様はまだ学生ですもの。学術院を卒業されるまでは、結婚などしませんと明言してあります」


「一体誰とそんな話をしたのだ! 娘の結婚だぞ? 私を通すのが筋だろう」


「お父様を通したら、私に話が来る前に断られるとあちらには分かっていたのでしょう。この婚約には、条件があるんです」


 クロエはぴしりと言うと、全員に近くに寄るように手招きした。


「先日、カイラ様がお使いになる化粧品を取りに備品庫に向かったとき、マデリン様の侍女に呼び出されました。向かった先には、マデリン様とアンスバッハ侯爵様がいましたわ。そこで、このお話を伝えられました。まずは私の意向を確認したい、と言われて。その時はお断りしましたが、交換条件を出されて考えなおしたのです」


「交換条件?」


「はい。……あちらは、私とアイザック様が恋愛関係にあると思っていらっしゃるようです。アイザック様の御命と秤にかけられました。私がコンラッド様との婚約を了承するならば、バイロン様の死は不慮の事故の結果とし、アイザック様を解放すると。ただ、アイザック様にはその際、王位継承権を放棄していただくということです」


「アイザック殿は犯人ではない。そんなものに屈しなくとも、いずれは無実が解明されるはずだ。お前が犠牲になる必要などないのだ、クロエ!」


「本当に、無実が証明されるとお思いですか?」


 クロエは、呆れたように父親を見つめる。


「国王陛下が味方に付いてなお、アイザック様を解放できない現状を、お父様たちはどうお考えですか。はっきり申し上げれば、今の王城で最も権力を持っているのはアンスバッハ侯爵です。陛下の意見だって彼には抑えられてしまう。警備隊だって、アンスバッハ侯爵の言いなりです。この先、アイザック様が無実の罪を着せられるのは必至です。でしたら、まずはお命だけでも救わなければ……そうでしょう?」


「だが。……こう言ってはなんだが、お前はアイザック殿のことは嫌いではなかったのか……?」


 戸惑う父に、クロエは優雅に笑って見せる。


「嫌いですわ」


「ではなぜ?」


「それでも、アイザック様を救わなければ、お兄様が泣いてしまいますもの」


 伯爵が、ぐっと息を飲んだ。「だが……」と言い返そうとするものの、適当な言葉が見つからないらしく、黙ってしまう。

 

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