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伯爵令嬢の婚約・2


 ある夜、いつもは静かなアンスバッハ侯爵邸を騒がしい客人が訪れた。


「伯父上!」


「コンラッド……? どうしたんだ? 一体」


 第三王子のお出ましとあって、家人がぞろぞろと出てきたが、コンラッド本人が、「伯父上と話したくて来たのだ。皆下がってくれ」と言ったので、侯爵夫人を筆頭にまた奥へと戻っていく。


 アンスバッハ侯爵は先ほどまでいた執務室へとコンラッドを招いた。今から応接室を温めるより、執務室の方が快適だ。


「急に来るなんて、どうしたんだ、コンラッド」


 ソファの前のローテーブルには、先ほどまで侯爵が飲んでいたウィスキーのグラスが置いてある。

 コンラッドがねだったため、メイドがもうひとつグラスを持ってくる。


「まだ未成年ではなかったか?」


 侯爵は大きなため息をついたが、コンラッドは素知らぬふりだ。


「……何の用だ。普段はこちらが行かなければ顔も見せない癖に。マデリンもぼやいていたぞ。バイロンの葬儀以来、顔も見せないと?」


 マデリンもコンラッドも城暮らしだが、部屋が違うため、会おうとしなければ顔さえ見ない日が何日も続く。普通、生母とは食事の時間を合わせたりするものだが、コンラッドはそれもしないのだと、マデリンはぼやいていた。


「そんなことより! 兄上の葬儀の日、伯父上は俺を王にしてくれると言いましたよね」


 その瞳はぎらついている。


(ほう。野心に火が付いたか?)


 アンスバッハ侯爵は顎に手を当て、ウィスキーを口に含んだ。



 バイロンの葬儀を終えた夜のことだ。

 実の子の早すぎる死に、マデリンはさすがにショックだったのか部屋に閉じこもってしまった。その慰めを妻に頼み、侯爵は第三王子であるコンラッドの部屋を訪れた。


「お疲れ様です。伯父上」


「ああ。……ちょっと話があるんだが。人払いをお願いできるか」


「ええ、かまいません」


 コンラッドが目配せするだけで、従僕や側近たちが部屋を出ていく。コンラッドはといえば、ソファに思い切り背中を預け、だらしなく足を延ばしている。


 コンラッドは第三王子ということもあって、誰からも甘やかされてきた。

 父親のナサニエルはそもそもコンラッドには興味がなく、母親のマデリンは、コンラッドが望むままに物を与えるだけだ。

 アンスバッハ侯爵も、第三王子が十二歳になるまでは興味などなかった。

 傀儡の王にするべきはバイロンで、第三王子は王位に関わるには遠すぎる、と。

 だが、バイロンが自身の考えをあらわにし、ナサニエル陛下を立てる政治をしたいと言ったことから、彼と甥の関係性は破綻した。


 それ以降、侯爵は切り札になるかもしれないとコンラッドに目をかけるようになったのだ。


「お前、王太子になることについてどう思う?」


「は? 王位継承順で言えば、王太子になるのはアイザック兄上でしょう?」


「そうだな。だが、彼はバイロン様の殺害容疑もかけられている。そうでなくとも、平民の血が混じっているんだ。どう考えてもお前の方が王としての正しい血筋だ。自分でもそう思うだろう?」


「それは……まあ、そうですが」


 コンラッドは戸惑っているようだった。彼は勉強も剣術も得意ではない。それが今まで許されていたのは、責任の軽い第三王子の立場だからだ。


「お前が王になるのならば、政治に関しては私がサポートできる。だから難しいことは考えなくてもいいのだ。考えておいてくれ。私はこの国とお前をいい方向に導きたいのだ」


「そうですよね。……それはありがたい」


 コンラッドはホッとしたように顔をほころばせた。



 あのときの戸惑った様子とは一変して、今の彼の瞳は野心でぎらついている。コンラッドが自分の思うように動きだしたようだと、侯爵は内心でほくそ笑んだ。


「それで、あの、……王となる者であれば、どんな望みも叶いますよね。そうでしょう?」


「まあ、そうだな」


 コンラッドはマデリンによって甘やかされて育っている。欲しいものは何でも手に入れなきゃ気が済まない。

 やや俗物すぎるところは問題だが、欲がはっきりしている人間は、扱いやすい。与えているうちは言うことを聞くのだから。

 そのうち、自分ひとりでは王の椅子に座り続けられないということに気づけば、従順にもなるだろう。

 だが彼が続けた言葉は、侯爵の予想を超えていた。


「では、伯父上。私にイートン伯爵令嬢をください」


「馬鹿な。イートン伯爵は、アイザック王子の後ろ盾だぞ? いわば敵方の娘だ。お前にふさわしい相手ではない」


 アンスバッハ侯爵は、この機会にアイザックに無実の罪を着せ、それを擁護していたイートン伯爵を没落させるつもりでいたのだ。

 その娘を王子妃に迎えるなど、冗談じゃない。


「ですが私は、クロエ殿が良いのです」


「よく考えるんだ。他にもふさわしい令嬢はいる。このままアイザック王子が犯人となり、死刑となれば、彼を支援していたイートン伯爵は死に体だ。ふさわしい家柄とは言い難い」


「兄上が犯人でなければいいのでしょう? その上で、兄上が王位継承権を放棄すればいい」


 さも簡単そうに言うコンラッドが信じられない。どうしてあのアイザックが継承権を放棄すると思うのか。アンスバッハ侯爵は唇を噛みしめた。


「生かしておけば、いつか寝首を掻かれる。それくらいのことが、お前には分からないのか?」


「兄上にそんな力があるとは思えません。あちらだって命あっての物種でしょう」


「馬鹿な……」


 アンスバッハ侯爵は、異物を見るような目でコンラッドを見た。だが、コンラッドは本気のようだ。


「どうせ、バイロン兄上は長くはなかったでしょう。アイザック兄上には、バイロン兄上を殺す理由などなかった。ですから、あれは事故だということにすればいいのです。アイザック兄上は、毒と知らずにバイロン兄上に毒を渡してしまった。故意ではないのだから、命まで取る必要はないでしょう。継承権の放棄という形で落ち着けるのです。そうすれば、イートン伯爵だって掲げる旗頭を失う。路頭に迷っているところに、伯父上が救いの手を伸ばすのです。クロエ嬢を俺の妻にすることで、家名を支えることができると」


「それにイートン伯爵が従うと思っているのか?」


「娘が次期王妃になるのです。喜ばない親などいないでしょう」


 侯爵には、あまりに単純に考えるコンラッドが末恐ろしくも感じられた。

 イートン伯爵は清廉な人物として前の代から有名だ。権力に膝を屈するようなタイプではない。


「……勝算はあるのか。お前……クロエ殿とそういった親交があるのか?」


「グラマースクールの後輩です。一緒に茶を飲んだり、多少なり交流はあります」


 では、全く脈なしというわけでもないのか。


 アンスバッハ侯爵は、腕を組んで考えを巡らせた。

 クロエ嬢とアイザック王子は、婚約の話もあったような気がする。実際に婚約はしていないようだが、時折パーティの相手役として、ふたりで夜会に出ることもある。


(むしろ、アイザック王子を救うためといえば抑え込むことはできるのかもしれないな。問題は彼女が御しやすいタイプかどうかだ。うまくクロエ嬢を操れれば、コンラッドを動かすのはよりたやすくなるだろう)


「……一度、クロエ嬢に会わせてもらえないか?」


「伯父上、彼女を俺の妻に迎えてくれますか?」


「会ってみないとわからん。とにかく一度話してみたい」


「分かりました。母上のお力をお借りしてもよろしいでしょうか」


「ああ。マデリンならうまくやるだろう。頼んだぞ」


 バタバタと騒がしくコンラッドが帰って行く。アンスバッハ侯爵は深いため息をついた。



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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば某推理漫画で誰かが言っていた。 馬鹿ほど手強い相手はいない、みたいな事を(~_~;)
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