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8、おじさん、ご婦人方に群がられる

ストックがどんどんなくなります><

 



 

 夜が明けた。この異世界に来て初めての朝だ。


 

 

 俺は軽トラから離れると死んでしまうため、宿屋のベッドに泊まることはできず軽トラの中で夜を明かした。

 

 軽トラのシートは狭かった。構造上、背もたれを後方に倒すこともできない。

 シートのすぐ後ろには荷台と運転席を隔てる壁があるのだ。

 

 せめて助手席の方に足をのばして少しでも横になろうとも考えたが、マニュアルのシフトレバーとサイドブレーキのハンドレバーが背中に突き刺さる。

 結局、座った姿勢のまま一夜を過ごすことになった。


 

 幸い、疲れていたのかそれなりには眠ることができた。


 起きて体を伸ばし――


「……ア゛ア゛~、腰が……いた……?痛くない?」



 どう考えても身体の節々が痛むだろうと思い、恐る恐る背伸びをしてみたが予想に反して体のどこも痛くない。

 どうやら「搭乗者保護」の恩恵はこんなところにも生かされるようだ。回復魔法(3)のスキルも搭乗者保護のスキルに何かしら関連があるのかもしれない。

 

 

 体は痛くないが、気分的なもので運転席から降りて目いっぱい背伸びをする。同時に欠伸も出る。

 

「ファーぁ」




「おじちゃん!おはよう!!!!」


「おはようハヤトさん!!!!」



 元気がよくてびっくりした。






 ペトラとアトラが朝食と洗面器を持ってやってきた。朝一番の子供の挨拶は元気をもらえるね、うん。


 ペトラが持ってきてくれた朝食は軽くパンとミルク。おお、この世界にミルクは普通にあるようだ。 


 アトラは水の入った洗面器とタオルを持っている。どうやら顔を洗えという事だろう。その気遣いが有り難い。



 アトラ曰く、昨日俺が収穫を手伝いたいと話したことを父親のザトラさんに伝えてくれたらし

く、朝食と洗顔を終えて身支度したら一緒に畑に向かおうとの事。了承して礼を言う。



 アトラとペトラが家に戻ったあと、有り難く朝食を頂き顔を洗う。

 軽トラのスキルで体は清潔に保たれ風呂に入る必要もないのだが、やはり洗顔によるサッパリとした爽快感はいいものだ。


 

 食器と洗面器は本当は洗って返却しに持って行きたいところだが軽トラから離れられないし、村の中に軽トラでずけずけと入っていくわけにもいかない。

 うーん。礼儀を欠いてしまうが仕方がない。このまま置いておこう。



 さて、身支度だが、俺は着替えを持っていない。

 スーツ上下にワイシャツにネクタイ、革靴といった格好である。どう見ても農作業の恰好ではない。仕方ないのでネクタイは外したままワイシャツのボタンを二つほど開け、ズボンの裾を少しまくって良しとする。

 たぶん、服の汚れも身体同様に軽トラに乗れば清潔になるだろう。


 

 そうこうしているうちに、アトラやザトラさんたちと村人たちが居住区の入り口に集まり始め、こっちを見ていた。



「よろしくお願いします!」


 俺は異世界で初めて、仕事をすることになった。












「おーい、これも積んどいてくれー」


「あいよー」


 

 俺は村人が収穫して木箱に詰めた野菜を次々と軽トラの荷台に積み上げている。


 

 

 よそ者で、変な乗り物魔道具に乗っていて怪しいはずの俺を快く村に迎え入れてくれた皆さんに何かできる事をお返ししたいし、この世界のお金を持っていないのにもかかわらず食事を提供してくれた対価としても何か仕事をさせてほしかった。


 

 ちょうど今は村の畑の収穫期で忙しい時期らしい。

 

 


 俺は日本で農業をしたことはない。田舎に生まれ、先祖から受け継いだ田んぼも畑も所有はしていたが、小さいころに稲刈りの手伝いを少ししたことがある程度だ。親父が亡くなってからは農地のほとんどは他の農家の人に貸し出していた。

 

 

 そんな俺だが、一応は成人男子のはしくれ。何か手伝えることはと意気込んで村の畑に付いてきてはみたものの、俺にできる事はほとんどなかった。


 

 そう、俺は軽トラから離れられない。


 収穫をするには畑の中に入っていかなくてはならない。軽トラごと畑に入っていけば、畑の畝をめちゃくちゃにしてしまう。なので、最初は村人たちが一生懸命収穫している姿を畑の端っこで見ている事しかできなかった。

 

 

 

 収穫が進むにつれ、村人たちは木箱に詰めた収穫物を荷車に積み始めた。

 話を聞くと、一定量収穫したらこの荷車で村の中の井戸のところまで運び、村に残っている女性たちが根っこの土を洗ったりするそうだ。

 

 野菜を満載にした荷車はそれなりの重量があって女性や子供では運搬が難しいので、荷車がいっぱいになったら大人の男性たちはいったん収穫を切り上げ運搬するらしい。



 ようやく俺が、いや軽トラが役に立てる場面がやってきた!



「俺に運ばせてくれないか!」






 軽トラに木箱を積み始めたとき、ある事に気が付いた。


 この軽トラには「幌」も何もついていない。荷台がむき出しの、いわゆる「平ボディ」の状態だ。荷物を抑える囲いの「あおり」の高さはせいぜい30センチくらい。

 このまま木箱を積み重ねれば不安定となり、ちょっと揺れただけで荷崩れをおこしてしまう。

 

 いくら荷車を運搬する道があるとはいえ、舗装もされていない道ではかなり車体は揺れるだろう。村人の生活を支える収入源の農作物を傷物にするわけにはいかない。



 そこで俺は思い出した。ここは異世界で、この軽トラは「異世界仕様車」であることを。




『カスタムポイントを「5」使用して、「幌」を付けますか?  Y/N?』




 頭の中で「YES」を選択。軽トラの荷台に、荷台をすっぽりと覆い包むように直方体の「幌」が一瞬で現れ、突然姿を変えた軽トラを見て村人たちが驚いている。




「すっげー!かっこいい!!」



 アトラが興奮して叫ぶ。うん、いきなり変形するメカっぽいのは男の子の心をくすぐる事だとはわかる。

 でも、いいのかアトラ。これは軽トラだぞ? 日本ではダサい車の代表だぞ?




「この『けいとら』というやつは本当に魔道具なんだな。」


 ザトラさんが近づいてきて不思議そうに軽トラの「幌」を眺める。



「ええ、記憶はないのに、なぜかこいつが魔道具で、なにをどうすればどうなるのかってことは不思議と頭にひらめいてくるんですよ。」


 記憶喪失設定が疑われないように嘘を混ぜて応える。


 さて、軽トラの事をあんまりつっこまれるとやっかいなことになるかもしれないので話題を逸らそう。



「これで一度にたくさん運べるようになったので、どんどん収穫して下さい!」

 

 そうして俺は次々に「幌」のついた荷台に木箱を積み上げていく。



 

 荷台が満杯になったので村の井戸のところに運ぶ。


 俺が1人で行ってもいいのだが、みんな昨日見ているとはいえ軽トラが村の中をいきなり走っていけば驚かれてしまうだろう。誰かに付いてきて欲しい所だ。

 

 アトラと目が合う。同じことを考えていたらしい。


 


 

 だが、そこであるひとつの可能性に思い当たる。

 

 俺がこの世界では軽トラの周囲でなければ生きていけない理由。

 この世界は魔力が満ちており、魔力のない世界から来た俺はこの世界に適応できず普通なら死んでしまう。

 俺がこの世界で今生存しているのは、この軽トラが魔力を霧散させている可能性が高い。

 

 ならば。この世界の住人がこの軽トラに近づいた場合、魔力が霧散された空間でなにか影響が出る可能性が高い。

 最悪、俺に起こる現象がこの世界の人間には逆に働き、死んでしまうかもしれない。

 


 安易にこの世界の人を近寄らせるわけにはいかない。アトラは無邪気に好奇心たっぷりな顔で軽トラに近づいてくる。



「ちょっとストップ!!!!」



 アトラはその場に固まり、大声で叫んだ俺の方を見る。周囲の大人たちも同じようにこちらを見る。

 驚かせてしまったようだ。

 

 俺は驚かせたことを謝罪し、先ほどの考察を異世界云々のところはぼやかしながら皆に伝える。


 


 アトラは残念そうに、それでも未練があるような表情で軽トラを眺めている。



「アトラすまん。さっきも言ったように、もしかしたらこの軽トラに乗るとお前に危険が及ぶかもしれない。だが、あくまでも推測に過ぎない。俺もこの魔道具の事はよくわかっていないんだ。だから、できれば大人の人に最初に試してもらいたい。」



 俺がそういうとザトラさんが名乗り出てきた。


「子供を危険にさらすわけにはいかない。自分が試させてもらう。」




 俺はザトラさんに感謝し、助手席のドアを開けて促す。


「昨日も見てもらったと思うが、俺が苦しくなるのは軽トラから一定の距離を離れたときだ。即、命の危険があるとは思わないが、ゆっくりと近づいてきて欲しい。」



 ザトラさんはそろそろと軽トラに近づく。

 俺が軽トラから離れて苦しくなるのは約5メートルくらい。すでにザトラさんは1メートルくらいの距離まで近づいている。

 ザトラさんの手が助手席のドアに触れる。今のところは大丈夫だ。だが、近づいても大丈夫だからと言って乗っても大丈夫とは限らない。

 

 

 ザトラさんは助手席にゆっくりと乗り込む。もし苦しみだしたときのことを考え、すぐに軽トラから引き離せるようにすぐそばで俺は待機する。

 

 そして、ゆっくりと助手席の座席に腰を下ろしたザトラさん。



「なんともないぞ……。」


 よかった。どうやらこの軽トラに異世界の人を乗せても大丈夫そうだ。




 ザトラさんに変わってアトラが乗り込む。

 大丈夫とは思うがいちおう気は付けてゆっくり乗り込んでもらう。




「おいらも大丈夫だ!やった!すげえ!かっこいい!」



 アトラはまるでモビ〇スーツにでも乗ったかのように感動している。軽トラなんだが……。カウ〇タックとか見せたらどうなってしまうのやら。





 ちなみに、その後運転席にも乗り込めるかザトラさんに試してもらったが、何か不思議な力が働いて乗り込むことができなかった。


 やっぱり運転に関しては、ステータスにもあったように俺専用だという事ですな。






 アトラを乗せて、荷台に満載の野菜を積んで村の中に向かう。



「すごい!速い!馬車より揺れない!」



 アトラはやたらと落ち着きなくキョロキョロして前を見たり横を見たり運転席のハンドルやマニュアルのシフトレバーを珍しそうに見まわしている。


 

 どうやら昨日の門番をしている時に見た時点では、軽トラの中に俺以外の人間が乗れるものだとは思っていなかったらしい。


 そりゃそうだよね。アトラとかこの世界の人間から見たら初めて見る得体のしれない物だし。俺のことだって信用していいものか悩むだろう。

 ペトラなんかは俺が魔物に食べられていると思っていたようだし。

 

 アトラは今日、落ち着いて明るい所で改めて軽トラを見て、人の座れるような椅子がもう一つ付いていることに気づいたので自分も乗りたいと思ったようだ。助手席の事だな。


 

 


 村の居住区の中に入り、アトラの案内で速度を落として井戸のところまで向かう。

  

 普段は荷車で収穫物を運んでいる為、軽トラで走る分には道幅に問題はない。


 

 

 井戸の前ではアトラたちの母親であるペーニャさんや、村の奥様達と思われる女性陣が集まっていた。ペトラの姿もある。




「かあちゃん! 野菜たくさん運んできたぞ!」


 アトラが助手席から飛び降りて得意げに叫ぶ。




「アトラが運んできたわけじゃないでしょう。」


 ペーニャさんから冷静なツッコミが入る。




「うう、それはそうだけど。そんなことより見てよこれ! ハヤトさんの『けいとら』! たくさん野菜積めるんだぜ!」


 アトラが男の子って感じでほほえましい。




 聞くと、普段使っている荷車はそれほど多くの木箱は一度に運べず、大人の男性総出で運んでも軽トラの運搬一回分と同じくらいの量らしい。




「あらあら、こんなにたくさん運んできたのね。井戸のそばに降ろしてくれる?」



 ペーニャさんの言葉に従い野菜の詰まった木箱を井戸のそばに降ろして積み上げる。


 これを1人で降ろすとなるとおじさんの腰がやばい事になりそうだ。アトラがいてよかった。




 村の女性たちは井戸水をくみ上げて手際よく収穫された野菜の土を洗っていく。


 一人の女の子がこちらに向かってくる。




「『けいとら』のかたち変わった?」

 

 ペトラが目ざとい。




「ああ、魔道具だからな。たくさん野菜を運べるよう、荷物をたくさん積めるように形を変える事が出来たんだ。」



 

 木箱を全部降ろしてアトラが乗り込み畑に戻ろうとしていると、ペトラが仲間になりたそうにこちらを見ている。

 

 だが、ペトラはペーニャさんに呼ばれ、こちらをチラチラ見ながら野菜洗いの方に向かっていった。うん。あとで乗せてあげるからね。



 


 昼の休憩もとりつつ、畑と村の井戸を数回往復して今日の作業は終わりだと話しをされた。

 

 まだ日は高い時間だが、どうやら俺が軽トラで野菜を運んだおかげで運搬に取られる時間が短縮されて普段の2倍くらい作業が進んだそうだ。








「ちょっといいだろうか?」


 ザトラさんが話し掛けてくる。




「実は、自分は昨日の収穫の時に腰を痛めてしまったのだが、さっきこの『けいとら』に少し乗った後、腰が少し楽になっていたのだ。なにか心当たりはないだろうか?」



 うん? 軽トラに乗ったら腰痛が治っただと?


 そういえば、昨夜狭い運転席で一夜を明かした俺の腰も全然痛んでいなかった。


 

 そうか。軽トラのステータスには「搭乗者保護」と書いてあった。「運転者」ではなく「搭乗者」 

 これはつまり、乗った人すべてに「保護」が適用されるということか?




「そういえば、おいらが挫いた足首も痛くなくなってる!」


 アトラも怪我が治っていたようだ。




 俺は、この軽トラにはどうやら乗った人の軽いケガならば治す効果があるらしいという推測を皆に伝える。

 検証も兼ねて、腰や足の痛い村人に交互に助手席に座ってもらう。




「おお、腰が痛くない!!」「鎌で切った傷が治ったぞ!!」「肩こりがなくなった!肩が軽いぞ!」「座っても痛くない!長年苦しんだおれの痔が!」



 なんか余計なものまで治ってしまった気がするが、村人の皆から喜ばれて感謝された。

 


 どうやら助手席だけでなく荷台に乗った人でも回復できるようだ。ちなみに怪我の度合いが重ければ回復には時間がかかるらしい。ザトラさんの腰も改めて時間をかけて乗る事で全快したようだ。







 驚きはそれだけで終わらなかった。


 



 村人みんなで村の居住区に戻ると女性たちが駆け寄ってきた。




「ちょっと!今日の野菜が素晴らしいんだけど!」



 話を聞いていると、昨日収穫したものに比べて段違いに新鮮だったらしい。

 キャベツや白菜はつやっつやで葉脈が光り輝いているようだとか、ジャガ芋なんかは芋なのに果実並みに瑞々しいとかそんな話があちこちから聞こえてきた。


 

 

 周りが静かになり、ふと見ると村のみんながこっちを見ている。


 うーん、この軽トラは乗せた「人」だけじゃなく「物」にまで保護効果? があるのか。このままだとまったり農業スローライフ異世界かな?



 


 この後は軽トラの噂を聞いた女性たちが腰痛や野菜洗いでできたあかぎれを治したいなどと荷台に殺到した。

 若い女性に群がられるのはうれしいがご婦人方は怖かった。


 

 

 その夜、ペーニャさんが持ってきてくれた夕食は今日収穫した野菜を使って作ったとのことで、日本で食べていた野菜よりも段違いにうまかった。肉より野菜がメインって感じだね。おじさんは好き嫌いなく野菜をしっかり食べるのだ。






いつもありがとうございます。

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