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47、メオンの街、発展する

 

 メオンの街での『領民皆教育』に着手してから2か月が経過した。

 教師役となる人材も育ち、今ではメオンの街のみならず、領内にある13の村全てに教師が派遣されて読み書き計算の基本教育から戦闘訓練、魔法や職業訓練、冒険者の心得といったものまでまんべんなく教室が開かれている。


 そんな中、ようやくと言っていいのだろうか、クウちゃんが設計図を描いた『街のインフラ公共事業』がいよいよ始まる事となった。


 当初は設計図ができてすぐにでも街の上下水道整備工事を行うつもりだったのだが、「先に人を育てるべし」というバンジャマからの進言で先送りとなっていたのである。結果としてバンジャマは正しかった。


 領民ほぼ全ての人に教育という名の手ほどきを行った結果、領民たちの潜在能力はそれまでとは比較にならないほど上昇し多様化した。

 療護院に入っていた人々の事を例を挙げてみる。

 療護院に入っていた者たちは、怪我や身体部位の欠損で冒険者や兵士の引退を余儀なくされた者、作業中の事故で手指や視力などが奪われノウハウはあっても肉体的な制約で細緻な技術を発揮できない者や、病気、虚弱で働くという行為そのものができなかった人たちが少ない援助金で細々と生命のみをつなぐ生活を送っていた。

 当然、そのような生活を続けていてはかつてのように冒険者として魔物と戦おうとか、技術者として高度な武器を作ろう等といった意欲は時間と共に失われてしまう。生きるための意欲、人間としての魂の充実を追い求めようなどというものはなく、ただただ抜け殻の様にしてその寿命が終わるのを待ち望むような状態であった。

 そんなとき、彼らは軽トラの荷台に乗って『成長可能性保持』の恩恵を受けた。彼らは目の覚めるような感覚を覚え、これまで毎日のなんの変化もない、何の変化も起こそうとしなかった日々を過ごしてきた自分を嘆き、明日からの心震える活動を切望した。

 左腕がなくても右腕があるじゃないか。足は動かなくとも両手は使えるではないか。寝台から体を起こすことはかなわなくとも自分の脳は思考を行い、その内容を言葉で紡ぐことができるではないかと。 

 

 これまでは「できないこと」といった欠如、「できなくなったこと」といった喪失のみに心のすべてをとらわれていたが、「自分でもできる事」があることに意識が向いたのだ。

 そのように意欲を取り戻した彼らの人生は文字通り激変した。かつては「自分には才能がない」と決めつけて学ぶことすらしなかった勉学、ギルドから「適性がない」といわれて一顧だにしなかった魔法、それら過去に自分で閉ざしてしまった可能性の扉を追い求め、適切な教育を受ける事でそれらを開花させた者が次々と現れたのである。


 ある者は勉学を治め、その体は寝台の上にありながらも通ってくる孤児院の子供たちに助けられながら基礎的な読み書きを教える教師となり、またある者はかつて冒険者として鳴らした経験をもとに冒険者を志す初心者たちに様々な魔物の注意点や攻略法、素材採取のノウハウを教える。そして、魔法の才能を開花させた者たちの多くはその才を戦いではなく領民の生活水準させることに用いた。土魔法を使い、建材となるレンガなどをほぼノーコストで量産したり、かつて技術者だったものはその経験からくる精緻さで、微妙な勾配が必要とされる水路の角度を土魔法で削っていく。


 

 バンジャマの進言により、「教育」を先に行って領民の潜在能力が上昇したことにより、街の上下水道工事は非常に速いペースで進み、工事にかかる費用も大幅に削減されたのである。もし、当初の予定どおり領民の教育を後回しにして工事を2か月前に着工していたら、工事の進捗状況は2か月間という時間のアドバンテージの恩恵を受けてもなお、今よりもはるかに遅れていたであろう。まさに一気呵成に工事は進んでいるのだ。


 


 上下水道工事にあたり、街中全ての下水道に「浄化ろ過槽」をつなぐことにした。これは以前からも行政府や領主の館、貴族たちが住む街の中心部には設置されていたのだがそれ以外のところには設置する事が出来なかったのだ。その理由は金銭的なものというよりも、安全面にあった。

 「浄化ろ過槽」には野生のスライムが用いられていた。もちろん、スライムが逃げ出さないようにスライム槽には目の細かい鉄の格子が用いられてはいたのだが、こういった装置というものに完璧といえることはなく、たまに進化を遂げたスライムが細かい格子をすり抜ける能力を持ってしまったり、分裂を繰り返すうちに体積の小さくなった個体がすり抜けてしまうことが発生していたのだ。

 行政府に詰めている領の兵士や貴族の私兵ならば問題なくそれらを速やかに駆除できるのだが、いかに弱いスライムとはいえ、通常の領民にとってはれっきとした魔物であり命を脅かす危険があったのだ。そのため、戦う力をもたない領民たちの住む区画にはスライム槽は設置されず、各家庭の汚水や汚物は一か所に堆積させ、ある程度堆積したらスラムなどに住むものが仕事として槽まで運び、その際に万が一スライムが脱走しても対応できるように実力のある冒険者が付き添ってそれを行うといった方法しか取れなかったのだ。


 だが、今では事情が違う。領民の多くが戦闘や魔法の訓練を受けたため、もしスライムが逃げ出しても危なげなく対処ができる。しかし、住民区画にスライム槽を安全に設置できるようになった理由はそれだけではない。

 多様な教育カリキュラムで新たな才能を開花させた者たちがいた。その才能とは、魔物を従え使役する事ができる力、すなわち「テイム」だ。

 この能力を得たのは、やはりというか魔物と触れ合う事の多い冒険者たちに多かったのだが、意外なことに子育てを経験した熟年のご婦人方にも多かったのだ。これは予想の域をでないが、おそらくは子育てを通じて子供たちに注いだ愛情や慈愛、そのような温かい感情を魔物とも通わせることができるようになったのではないだろうか。もちろん高レベルの魔物などには通用しないが、スライム程度ならば問題はない。一人がテイムできるスライムは、ご婦人方であれば一匹が限度であり、1つの集落の槽に必要なスライムは約5匹ほど。こういったご婦人方はスライム槽のスライムをテイムし、共同で槽の管理を行う者として現代日本で云うところのごみ収集所を管理する地域の婦人会のような立場となったのである。


 ちなみにスライムを確保するにあたり、俺も軽トラで協力した。スライムの管理をする予定の者と一緒に街の外に出かけ、『魔呼びの魔笛』で一匹ずつスライムを呼び寄せテイムしてもらう。テイムの終わったスライムは荷台に収容する事を繰り返す。テイムしたスライムは、テイムされたことが客観的に分かるように「ぼく悪いスライムじゃないよ」と書かれた札を貼付けている。スライム層の中でその札が貼られたスライムたちがうごめく様は魔物でありながら可愛らしくも感じられる。



 かたや上水道の整備にあたっては、水路の整備はもちろんであるが、水路に流す水を高い所に汲み上げるという工程も必要である。重量のある水を低所から高所にくみ上げるにはそれなりの力が要る。とても人力では賄いきれない。

 ここで水車の登場である。川の流れを利用して水車を回し、川に流れる水をくみ上げる。地球でもおなじみの手法である。街外縁部にある川からはもちろん、街の中にある井戸からは風車を使って井戸水をくみ上げる。風が吹かずに水不足になりそうなときは、風魔法を覚えた領民たちの出番だ。それなりに魔力は消費するが、井戸が枯れない限りはノーコストで水の確保が可能である。

 だが、領民たちの魔法ランクは決して高いものばかりではない。そよ風のような風魔法では大きな風車を回すエネルギーに足りないことも想定された。

 そこで目を付けたのはマニュアルシフトである軽トラの変速機ギアの仕組みである。ギア比を変える事によって少ない力でも風車を回し始める事ができ、いったん回り始めてからはそれほど多くの風力は必要としない。適切にギアを変えて必要な回転運動の運動エネルギーに変換させる。

 ギアの使い道は風車を回すことに留まらす、得られたエネルギーを効率よく分配するのにも役だっている。水車の側には大規模な鍛冶場が用意され、回転エネルギーを変換して大きなふいごを操る事によりこれまでは不可能だった炉の高温を出し、熱い鉄を冷やす清廉な川の水もまた水車によってくみ上げられる。これによってこの街では純度の高い良質の鉄や鋼が量産され、武器防具はもちろん生活に必要な鉄製品も充実していく。もちろん、水車や風車は地球でもおなじみの麦の脱穀などにも幅広く利用されている。


 このように街の上下水道の工事が進む中、街の各所で開かれている教室にも変化が訪れていた。短期集中ともいえる教師を育成する過程や各職業訓練がひと段落し、いまや教室に集って学ぶのは子供たちがほとんどとなった。多くの子供たちは、これまでのように生活の為の仕事や親の手伝いから解放され、一日を通して教室にその姿を置くことが多くなる。

 そうなると昼食の問題が発生する。裕福な家庭の者ならば外食したり弁当を準備する事もできようが、半数以上はその余裕がない。親も共稼ぎか片親の家庭も多く、そもそも孤児院の子供たちには親という存在もなく、孤児院の院長先生やシスターたちに全員分の弁当を作る余裕などあるはずもない。

 そんな中で自然発生したのが領民たちの互助組織で行う昼の炊き出し、給食である。火魔法などの魔法を使えるようになった主婦たちが、子供たち大人数分の食事の準備を効率的に行えるようになったことにより、水車を使った鍛冶技術で作られた大鍋を使って自分たちの子供が通う教室の子供たちすべての昼食をまとめて作ろうと言い出したことが始まりだった。最初は有志のボランティアのようにして始まったこの活動は、いまや立派に領からの給金がでる「調理人」としての職種を確立させた。異世界給食おばさんの爆誕である。


 ちなみに、地球では昔は一日2食で昼食を食べるという文化はなかったそうであるが、ある時電気を発明した人が昼の食事を推奨し、昼の調理にかかる電力を見込んでより多くの電気を売ろうとしてそれが広まり一日3食になったという経緯がある。こちらの世界も地球と同様、拝金主義の闇の勢力に毒されているとはいえ、どうやらこちらの世界の昼食という習慣はそういった闇の思惑とは無縁のようである。


 

 ともかく、『領民皆教育』の作戦通り、領民たちの能力は強化され、街のインフラ整備もそれに伴い順調すぎるほどに進捗し、メオンの街はその国力をどんどんと貯えていくのである。




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