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44、軽トラのあるお正月(SS)

 明けましておめでとうございます。


 今年も「軽トラ」を宜しくお願い致します。


「ハヤト! お正月よ! 姫始めよ!」


 またクウちゃんがなにかぶっ飛んだことを言っている。



「なあ、何回も言うが、この異世界では今は夏で、地球の日本も夏なんだが?」


「あ~もう! そこは大人の事情なのよ! とにかくお正月なの! お正月をするの!」


 はいはい、わかりました。クウちゃんは言いだしたら人の話を聞かないのだからしょうがない。しかも大人の事情ときたからには、おじさんである俺はその事情を順守しなくてはならないだろう。俺は空気の読める、長い物には巻かれるおじさんなのだ。


「で、お正月って言ってもどうするの? 正月っぽいことでもする?」


「そうね! まずは餅つきからね!」


 いやいやクウちゃん、気持ちは分かるがそれは不可能だ。なにしろここは異世界だ。もち米はおろか、コメの存在もまだこの世界では確認していない。


 

 よくあるラノベ異世界物では、異世界に飛ばされた日本人が食べ慣れたコメを食すべく有力商人とコネを繋いだり、飛行能力を手に入れて他の大陸に渡ったり、東の地にある島国へと長距離移動のゲートを繋いで買い付けたりなどと並々ならぬ努力を繰り広げるさまが描かれている。

 だが俺の場合、軽トラのスキルである『異世界売店』のおかげでコメには不自由していない。だって、銅貨1~2枚というリーズナブルな値段でコンビニおにぎりがいつでも自由に食べられるのだから。



「もち米はどうするんだ? この世界のコメはまだ手に入れてないぞ?」


「もちろん、『異世界売店』で購入するのよ!」


 あ~やっぱりか。そういえばこの人は以前もサンタの衣装を『異世界売店』で買ってたっけ。確かに便利は便利なのだが、それでは異世界の世界観が台無しになってしまう事を理解しているのだろうか?


「なあクウちゃん? 楽で便利だからと言って何でもかんでも『異世界売店』に頼るのは良くないと思うぞ? なんというか、郷に入っては郷に従えというか、この世界にあるものでいろいろ試行錯誤して工夫するからこそ、このジャンルのお話が成り立つっていう大切なことを忘れてはいけないんじゃないかな?」


()()ろん分かっているわよ! ()()だけに!」


 こらこら、おじさんの特権であるおじさんギャグを俺から奪うんじゃない。



「だって、これはただのお正月の餅つきじゃないのよ? 兵糧の試作という大事な側面を持っているのよ!」


「兵糧?」



「説明するわ! わたしたち『解放戦線』はほぼ確実にこれから王都の軍勢との武力衝突が発生するわ。腹が減っては戦ができぬ! というわけで、高栄養で日持ちして持ち運びも便利な『お餅』は兵糧として最適なの! わたしたちの勝利の為に、兵士たちの士気も体力もアゲアゲになるお餅の作り方をみんなで覚えておくためには、このお正月にワイワイガヤガヤみんなで楽しく『餅つき』をするのが最適解なのよ!」


 うん、確かにお餅はコメからできるだけあって炭水化物のエネルギーの塊だ。小さくちぎる事もできるし形を変えるのも自由自在だから、箱でもリュックでもその隅に敷き詰めたり荷物の隙間に忍ばせたりと持ち運びの効率もいい。しかも「干し餅」にすれば1年くらいは日持ちする。まあ、干し餅にすれば食べるときには口の中の水分が根こそぎ取られてしまうのだが。


 確かに兵糧にするには適した食べ物だと俺も思う。若干こじつけのような感じも受けたが空気の読めるおじさんである俺はその疑念をスルーする。



「で、(きね)(うす)はどうするんだ? 今から風魔法で木でも切り倒してくるのか?」


「そっちの準備は万端よ! すでに木工職人に発注しているからね!」


 クウちゃんは先日手に入れたパソコンを使い、杵と臼の詳細な設計図を3Dの製図ソフトで作成して印刷しトランティニャン商会の伝手を通じてすでに制作を職人に依頼していたらしい。なんという行動力。今日思いついたわけではなかったのね。だが、いつも思うのだがその発想力と行動力をもっと建設的な方面で発揮してくれればいいのにな。やっぱり残念な人というのはなにかズレたところがあるのだろう。



「またなにか失礼なこと考えているでしょ!」


「ソンナコトハアリマセン」


 あぶないあぶない。なにはともあれ、この突然始まったお正月騒ぎで『餅つき』を行う事はすでに決定事項のようだ。今日使うもち米は『異世界売店』から購入するのはやむなしとして、今後、俺は『検索』機能を使って自生している稲を探して見つけ、メオン男爵領のどこかの村とかで土魔法で水田を整地して稲作を推奨する未来が見えてきた。まあ、男爵領の食糧生産力を上げて国力増強につながるのは確かなので特に異論はない。



 



 ということで、餅つき大会を行う事となってしまった。


 今は孤児院の庭の中で待機中だ。孤児院の中ではクウちゃんからレクチャーを受けた領主様の館のメイドさんたちが院長さんやシスターさん、年長の女の子たちと共にもち米を蒸かして準備中だ。


 

 準備ができるまでの間、孤児院の庭ではお正月らしい遊びが繰り広げられていた。


 まずはコマ回し。意外と子供好きな戦士長のガエタンさんが子供たちと一緒に悪戦苦闘している。コマの製作は杵と臼同様にクウちゃんが木工職人に依頼してはいたのだが、この異世界の木工技術では「真円」のものを短期間に大量に作るのはまだ難しいようだったので軽トラを使って俺も少し手伝った。

 軽トラをジャッキアップしてタイヤを浮かせ、タイヤの回転を「サンダー (研磨版)」の工具として木材を削っていく。本来はゴムタイヤで木材など削れるはずもないのだが、「車体不壊」の恩恵を受けている軽トラのタイヤは硬度抜群だった。おそらくはダイヤモンドですら傷つける事がかなわないゴムタイヤ。それなのにゴムの特性をいかし走行中は柔軟に路面の凹凸をいなすゴムタイヤ。なんて不思議なゴムタイヤなんだ。

 だが、それで真円を作るのは難しかった。木材のほうを研磨版(タイヤ)にあてているのでどうしても研磨面にいびつな所ができてしまいなかなか真円の綺麗な形が出せない。そこで発想の転換だ。軽トラのタイヤの回転軸に加工して棒を伸ばし、コマの本体に穴をあけて棒に固定する。やすりではなくコマのほうを回転させながらやすりで削ることによってきれいな真円を作ることができた。あとは穴の部分に木で出来た棒をはめて固定すればコマの出来上がりだ。

 ちなみに「サンダー」の機能を使って羽子板も作成した。こちらは表面を滑らかに平らに加工するだけなのでコマよりもスムーズに完成した。





「チュド――ン!!」


 庭の端のほうから何かが爆発した音が聞こえた。リンシールが髪と衣服を黒く焦がして呆然と立っている。ランシールはリンシールと「羽根つき」で遊んでいたはずだったがなぜそうなった。

 

 どうやら、羽根突きで使う「矢羽根」に問題があったようだ。矢羽根は丸い球のようなものに鳥の羽を数本突きさしたような形をしている。

 この異世界でも矢羽根を作るにあたり何か丸い物に「角クジャク」の羽根を指して作成したらしいが、その「丸い物」に問題があったらしい。

 話を聞いたところ丁度良い丸い物が見当たらなかったのでミネットが商会の倉庫に転がっていた魔石を使ったらしいのだ。そこにリンシールが勝負が白熱して思わず羽子板に魔力を込めてしまったところ魔石が爆発してしまったらしい。

 はい、その矢羽根は使用禁止な。ミネットはちゃんとした材料である「無患子(ムクロジ)の実」を探してきなさい。それまで子供たちは危ないから他のもので遊ぶように。凧あげでもするか? おじさんが風魔法を使って高い所まで上げてあげよう。


 

 で、回復魔法をかけられたリンシールはカミナリ様のように焼け縮れた髪の毛は元に戻ったものの、その衣服はかなり大きな穴が開いておりかなりきわどい格好になってしまっている。そこに爛々(らんらん)とした目で墨汁と筆を持ったランシールがにじり寄っていく。

 羽根突きではミスをした罰として顔に墨を塗られるという風習がある。どうやらランシールはきわどい格好をしたリンシールを見て何かに目覚めてしまったようだ。

 ランシールは筆に墨を含ませ、そのあらわになった柔肌に筆を這わせる。リンシールは体を小刻みに振るわせながら唇の端から声にならない吐息を漏らす。

 ひととおり筆がリンシールの身体をまさぐったところでミネットが新しい羽根を持ってくるとようやくゲームが再開する。すると、かなりわざとらしい動きでランシールはミスを連発。どうやら自分の身体にも筆を這わせてもらいたいようだ。

 衣類をたくし上げ首筋からわきの下、内腿に次々と墨をたっぷりと含んだ筆を招き入れ、たちまちその体は墨の黒さで覆われていく。筆先が身体をまさぐるたびにランシールは恍惚の表情を浮かべ、下唇を噛んで漏れる吐息を抑えている。筆が下着の内側に侵入し、胸の突起のあたりで蠢くとその吐息をもはや抑え込むことはできず体を小刻みに何度も震わせる。

 墨を塗るのにはリンシールだけでなくいつの間にかミネットまで参加している。ミネットの目はまるで猫が鼠を甚振るかの如く嗜虐に満ちており一生懸命に筆先の細く滑らかな部分でリンシールの下腹部の奥を撫でまわしている。どうやらこの猫獣人も何かに目覚めてしまったようだ。

 ちなみにここは孤児院の庭である。子供の教育上よくないので途中からは軽トラの「隠蔽」スキルをこの3人に掛けて周りから認識できないようにしている。おまえら場所と時間をわきまえろ。まあ、「隠蔽」をかけていてもおじさんにはばっちり見えるようにしておいたのでいい目の保養にさせてもらった。正月万歳。



 そうこうしているうちに無事もち米が蒸けあがった。餅つき会場として軽トラの荷台に『簡易ステージ』を発現させておいた。軽トラの荷台の上にセットしてある臼のなかにもち米が投入され、いよいよ餅つきが始まる。

 最初の突き手はもちろん日本での餅つき経験がある俺だ。おじさんは子供が小さい時は子供会の会長として毎年のように餅つきをしていたのだ。


 まずは杵の付け根を持って、臼のなかの米を潰していく。いきなり突くと米が飛び散ったりするのでまずは米を潰して全体を混ぜ合わせるのだ。そして威勢よく杵を振り上げ餅を突いて行く。

 餅の返し手の最初はクウちゃんからだ。クウちゃんの手を杵で突くというお約束もなく無事にお餅が出来上がる。付き手は男性陣、返し手は女性陣で交代していき、次々とあたたかいつきたてのお餅が出来上がっていく。それをメイドさんたちが小さくちぎってお皿に盛って子供たちに振舞われる。


 味付けは悩んだところだ。きなこの原料の大豆はこの世界にもあったし、先日サトウキビから精製した砂糖もあるので問題はない。お汁粉にするための小豆と砂糖も同じように問題はなかったのだが、やはりお餅といえば砂糖醤油。そう、異世界物の定番としてこの世界にまだ醤油の存在は確認できていない。

 結果的に、不本意ではありながらも『異世界売店』から醤油を購入したのだが、今後は米作りと相まって醤油づくりも手掛けていかなければならないようだ。醤油の材料である大豆や小麦は問題ないが、発酵に使う麹が問題だ。これも『異世界売店』から種麹を買えばいい話なのだが、やはりここはこだわりたい。種麹のもととなる「コウジカビ」をどうにかして作成するか、「検索」の機能を使ってこの世界で自然発生したものを探していくか。まあ、まだ見通しは立たないがどうにかなるだろう。



 ということで、闇の勢力の支配下にある王都との戦いに備え、街の復興や領内の生産力増強、領民たちの教育や訓練での能力向上といった諸々のほか、新年早々米作りや醤油づくりという「今年の目標」ができてしまった。


 日本にいては決して体験できないこの異世界での出来事。元の世界に戻れるのはいつのことになるかは分からないが、それまでは軽トラやクウちゃんら仲間たちと一緒にこの異世界ライフを楽しんでいきたいと思う。どうか皆さま、今年もよろしくお願いします。




「みんな~、お餅は美味しいかい?」


「「「「「「は~い!」」」」」」



「それはよかった! じゃあ、みんなで新年の挨拶だ!」


「「「「「「「「あけましておめでとう!!」」」」」」」」



いつもありがとうございます。

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今後ともよろしくお願い致します。



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